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迷いの森で、迷わす係  作者: なかの千五
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ちょっぴりホラーあり。エンディング後編。


「きっと伯爵位くらいは用意してくるにゃ」

「…伯爵って、ものすごく高い地位じゃなかったっけ?」


「名誉伯爵までなら大金積めば買えるんだよ」


「ゴナンの言う通りなのだ。ここ百年くらいで乱発された一代限りの伯爵がいっぱいいるのだ」


「何をするにも権力があってなんぼだからな。

 領都一つ分の金を払ってでも爵位を手に入れる価値はあるってことだ」


「…みんな高いお金を払って、(きら)びやかな首輪を買うのだ」


「…ふーん。 …それで? ロリーゼは()()()()()欲しいの?」

「おい、バカやめろモリィ。 お前らは本当にやりかねん」


「……王族程度なら、またあんな目に合うだけだから、もういらないにゃ」


「お前ら……国でも取るつもりなのか?」



「…フフっ。ここで神様の使徒に守ってもらった方が、毎日が楽しいってことなのだ!」




 ◆ ◆ ◆


 高位貴族達の密会と発狂事件の翌日、王都には激しい雨が降っていた。


 事件の原因や背後関係は別として、王都で好き放題に暴れた犯人を逃がすわけにはいかなかった。

 可能性のある全ての容疑者達に、王都の警備隊や騎士団が表から裏から張り付いていた。

 あるいは被害者側の一族が、家のメンツを保つために犯人に懸賞金をかけて、あるいはかけるのを見越して、追跡する者達の姿もあった。


 もちろん、その渦中にはモリィ名誉公爵もいた。


 叙爵式の直後の事件であったが、被害者との関係性から彼は容疑者の筆頭であった。

 たとえ事件と同時刻に彼の姿が宿で目撃されていたとしても、彼が渡り人で幻術の使い手である以上は、どこにいようが不審者確定であった。


 そして豪雨。


 さすがに雨までは彼、あるいは別の容疑者の犯行だとは思わなかったが、この雨に紛れて関係ある者や関係ない者達が王都の外へと逃走するのは断固として阻止しなければならない。


 雨は()まない。


 むしろ日暮れを待っていたかのように、その曇天は一層激しく闇と霧と雨音で王都を隅々まで埋め尽くした。

 …それは同じく、各所で張り込む者達の心をどんよりと()えさせた。


 彼らがしおしおになりながら味気ない携帯食料で夕食を済ませて残業したり、夜番担当と交代したりしているうちに夜も深まってきた。

 もともと雨で少なかった人通りも深夜ともなればいよいよ静かに、ただただ暗闇と雨音だけの世界になっていく。


 そんな夜へと旅立とうとするモリィ名誉公爵。

 もう、不審者確定だった。


 むしろこそこそと出かければ良いものを、宿の前で空をぼんやりと見つめて立ち尽くして、十二分に人目を引いたうえでのご出立だった。

 この時間に移動? しかも徒歩? それは無いだろ。

 観光も散歩もあり得ない、時刻も天候も彼の外出を拒んでいる。


 すべての城門や転移門は、深夜の通行は禁止あるいは制限されている。


 何より、彼が馬車も呼ばず雨除けの魔道具も使わずに、一人すたすたと雨の中を歩いて行く場所は中央広場の方向で、外よりもむしろ内へと向かって移動している。


 不審というよりも、もう、嫌な予感がひしひし、あるいはビシビシと(せま)って来ている。


 こんな時間に護衛もつけずに貴族が一人で外を歩けば職務質問の一つくらいしても何ら問題ない案件なのだが、土砂降(どしゃぶ)りの雨の中、見回りの衛兵とすれ違ったりしないどころか、近づいたところで気づかなくてもおかしくない程に音も視界も最悪だった。。


 それもあって気が付くのが遅れたが、彼の服装は旅装でもなく礼服だった。

 びしょ濡れのそれは、まさに叙爵の時の服装と同じものだった。

 ここまでくれば、もはや正気の沙汰では無い。


 先日の襲撃事件、その被害者達が発狂していたという話が頭をよぎり、見張りに立っていた各組織の者達――国所属の警備隊から他家からの刺客、裏の組織の雇われ者までさまざま――は、何か口の中に苦みが広がっていくような嫌な悪寒に(しび)れていく。



 やがて辿り着いたその場所は、いつもは噴水広場と呼ばれる(いこ)いの場であった。



 だが、(いこ)いどころか、今は悪夢だ。


 天からの(なげ)きをたらふく()み込み増水した、噴水あらため水害が、闇夜の中でゴボゴボと濁流を吐き出しながら広場に波紋を広げ続けていた。

 所々で小さく渦巻き、波打ち、闇の中でテラテラと(にぶ)い光を放っている。

 近づけば(から)めとられて()み込まれてしまいそうな、液状の何かがのたうっているその様は――化け物、という言葉を連想してしまう光景だった。



 そんな禍々(まがまが)しい噴水に、スキップでもするかのように軽やかに歩み寄っていく礼服姿の狂った少年。


 足下でかき分けられる濁流は軽やかには程遠い荒々しさで、続く豪雨に音は潰され、時おり横殴る雨が白い幕をサッと引くので視界すらも怪しくなって、少年の有無を(おぼろ)げにする。


 だが、恐らく、噴水の前にたどり着いたのだろう。


 ついに少年の足が止まる。



 …立ち尽くす。



 ……彼はじっと、立ち尽くし、そして。



 おもむろに、振り返り、

 観客達に挨拶するように、

 手を胸に深々と一礼してから、




 両腕を広げて―――(はじ)け飛んだ。




「「!?!?」」


 見る者すべての理解を超えたその光景は、間違いなく、人が爆発する姿であった。


 衝撃的過ぎて脳内でスローモーションになるそれは、血煙が、それを包む衣類ごと炸裂して同心円状に広がり消えゆく姿であった。


 後から追いかけてきた血と肉と、汚物、臓物のまとわりつくような汚臭が、あれは(まぎ)れもなく人の爆死だからなと念押ししてくる。


 ……目を奪われた、だけでは無い。

 その衝撃的な光景を見張っていたのが自分の組織だけでは無いはずであること、それどころか、他の誰かの攻撃の結果である可能性だって捨てきれなかった。


 だから初動が遅れた。

 …遅れたことに気づいた誰かが、ついに叫んだ。



「――遺体をっ、証拠を確保しろ!!」



 全員が一斉に目を見開いて、徒競走のように駆け出した。

 どの組織の誰かなどは、もう関係なかった。


 絶え間ない雨と濁流が、モリィであったはずのそれを跡形もなく消し去っていく。

 幻術使いとの情報があったそれが、爆死なのか幻術なのか、その証拠がみるみるうちに流されていく。


 服の切れ端よりも、肉、毛髪、せめて血液、彼であった何かを欠片(かけら)だけでもつかみ取らなければならないと、全員が水の中を必死になって()い回る。


 だが、遅かった。遅すぎた。

 例えるなら流水に落とされたその一滴が、血だったか、紅茶だったか、あるいは何も落ちなかったのかを「三秒後に見て」から当てろと言われるような難題だ。

 いっそ雨のせいだと断言したい。

 証拠をつかむのならばあの爆死の前に走り出さなければ、水の洗い流す速さには勝てるはずなど無かったのだ。


 このままでは、彼が死んだ、幻術で逃げた、どちらの答えも想像の域を出なくなる!


 せめて手持ちの小型水筒(キットル)に証拠の水を入れようとした男が、別の男に「酒と体液が混ざるからやめろ!」と止められた。

 …きれいな空き瓶をなぜ持ち歩いていなかった! なんて錬金術師みたいな後悔の中で、彼らは大雨の中を()い回ったが――



 ――その奮闘も(むな)しく、すべてきれいに流れ去った。



 目撃者達の目と鼻に、忘れられない思い出を刻み込んで、叙爵からわずか二日でモリィ名誉公爵は華々(はなばな)しく「退場」したのだった。



「…爆死、だと…!?」

「ほらね?」


 銀髪の魔女の隣で、王様は肩をすくめたのでした。


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