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一部、残忍な表現あり。苦手な方はご注意ください。
優れた者が優遇されるのは当たり前のことであって、これが無ければ新たな才能は生まれない。
報酬は、それを求める者達を育て集める希望の光となるのである。
だから目の前に立ち並ぶ半裸の女達を物色する私は正しいと、自称勇者は自己を肯定した。
お前達の献身が次の勇者の光となるのに、なぜそんなにも怯える?
などとは、思わない。
怯える顔が嗜虐心をそそるのが、むしろ良い。
…敵の中には弱々しさや憐れみを見せてこちらを欺こうとする者達が大勢いるのだから騙されてはいけないのだ、と勇者は以下略。
並び立つ女達の中から一人を選べば、そいつは涙目で絶望した。良い、当たりを引いた。
聞けば来週結婚する婚約者がいる娘らしい。最高だ、大当たりだ!
まだ処女かどうか調べてやろうと手を伸ばせば、そいつが逃げ出した……最っ高だ! 素晴らしいっ!!
愉悦に高鳴る胸の鼓動にトキメキながら、自称勇者は死に物狂いで逃げ出す彼女の後を追ったのだった。
「…え? 勇者様なら一人で走って行きましたよ?
どこに? あっちですよ、森のある方角なんですが……
はぁ!? 連れ戻せって、無理に決まってるじゃないですか、迷いの森ですよ!?
この街の者達なら誰だって、絶対に断りますって!?」
…まぁ、勇者様なら、大丈夫じゃないんですか?
勇者だし。
◆ ◆ ◆
その女の婚約者という男が泣きついてきたから、斬り殺した。
最初は説得しようとした、その決まりは私ではなく上が決めたことだから、私には従う事しかできないのだと。
私も仕方なしに、彼女を抱くのだ。
文句があるなら上を通せと言ってなお納得しないその男だから、斬り捨てた。
勇者法という、業務を効率化するための法律に、次期勇者である私も従わねばならない、斬り殺さねばならないのだ。
そんな諭すような口調とは裏腹に、優越感と嗜虐の笑みが隠せないその男を前に、女は自分の舌を噛み切った。
口をこじ開け、男はその口に回復魔法を叩き込んだ。
女は絶叫し、暴れたから、男は何度か殴って再び回復魔法を叩き込む。
フツリと女の目の焦点が合わなくなった。壊れたようだ。
…ひとまず先に脱がせて縛った後に、回復魔法をかけてみよう。
女の服に手をかけたところで、森の奥から声がかかった。
「何も疑問に感じないの?」
深緑色の頭巾付きの外套に身を包んだ少年の言葉。
そちらには振り向きもせず、濁った瞳の男は吐露した。
「…魔王だぞ?
魔王相手に殺し合わなくちゃならないのに、まともでいられるかよ……
たったの十数人、私が嬲ったところで何が悪い…!!」
…そして何事も無かったかのようにスッと表情を戻した、自称、次期勇者。
ため息をついて、女の服から手を放し、森の奥から現れた少年に冷え切った笑みを浮かべながら命令した。
「迷いの森の魔物、森守ですね?
『英雄の盾』の在処を教えなさい」
それに対して無言で首を横に振ったモリィに対して――勇者が振り抜く『英雄の剣』が襲い掛かり、モリィが即座に飛びのいた。
「――ッチ! 身体強化か、それとも風の魔法か!」
「…いきなり、ひどいな」
はるか後方へと着地したモリィに対して、勇者が吐き捨てた。
「ここではもう誰の目も無い。もはや取り繕う必要も無いのですがね。
死にたくなければ、早く盾を出しなさい」
「殺る気まんまんじゃないか」
「……」
無言で再び剣を振り下ろそうとした勇者よりも早く、背を向けて走り出したモリィ。
…あれだけ皆に恐れられていた魔物が、あっさり逃げだすその拍子抜けな姿に呆気にとられた勇者であったが……どうやら虚仮にされているのだと解釈して、
「やはり死にたいようですね」
その背中を追って、走り出した。
彼は「仮」とは言え勇者である。
その突破力はまさに勇者のそれで、ここが森守の庭である「迷いの森」でなければ即座にその首を刎ね終えていただろう。
対する森守。
勇者に次々と襲い掛かる木々の枝は、樹魔ではなく森守が放つ魔法か何かの技なのだろう。
そうでなければ勇者の速度を捕らえることも、すべてを斬るという英雄の剣の斬撃に手ごたえを残すことも、あり得ない。
勇者は森守に対する警戒心を、一段階上げることにした……のだが…
いつまでたっても逃げ続けるばかりの森守の背中。
あれだけの力があれば善戦とまではいかないまでも、一矢報いる可能性くらいはあるはずなのに、勇者に対して一瞥もくれずにひたすら背を向けて走り続けている。
その潔さの無さが、卑劣さが、勇者はますます許せなくなった。
石が飛んできた。
初級の魔法使いが唱える「石弾」ほどの威力もない投石だ。
始めは避けていた勇者も、ついには当たるのを無視して森守を追いかけることに専念しだした――
――実際のところ、この時間と距離を勇者の全力疾走に付き合い続けている森守も、どこからともなく襲い掛かって来る木の枝や石も、そのすべてが異常ではあったのだ。
それでも、これまで苦戦らしい苦戦に遭遇した事がなかった勇者は、考える隙を与えずに繰り出され続けるモリィの挑発によって思考を失い、どんどんその森の奥へと「連れて行かれて」しまっていたのだ――
――そして、
「お前ぇ!! いい加減にしろ!!」
モリィが振り向きもせずに当ててくるその嫌がらせの投石が、単発から連射へと切り替わったその時、勇者が怒鳴り声と共にその足を止めた。
もはや追わない、この森ごと英雄の剣の力で斬り滅ぼしてやるという意気込みと殺気である。
それに対してモリィもようやく足を止めて振り返り、そして……問いかけた。
「…あなたが本当に勇者ならば」
「あ゛?」
「なぜ、さっきの人達を助けてあげなかったのですか?」
「助ける? 悪しき者達を懲らしめるのが法であり、勇者だろう!」
「彼らは悪人だったんですか?」
「当然だ! 人には為すべき役割がある!
高貴な者達が魔王を倒す! 高貴な者達に奉仕する! その義務を果たさない者は悪だ!」
「魔王を倒すのは、なぜですか?」
「すべての者達の為に、悪しき魔物の王である魔王を倒す、そんな常識も分からないのか!?」
「魔物を、支配する王?」
「そうだ!」
「すべての?」
「当然だっ!!」
「…ふぅん?」
「もう黙れ!! 愚か者がっ!!」
「なるほど、良く分かりました」
「ッチ、分かったならば、さっさと盾を――」
睨みつける勇者を前に、深緑色の頭巾の下で視線を落としていた森守が、その顔を起こして、口角を上げる。
「――主語を大きく、目的を気高く、世界の誰かの、正義ために、当たり前の、義務……なんてすり替えて正当化しながらすべてを断言していく……まるで詐欺師だね、フフッ」
揺らめき出した霧の奥から、こちらをじっと覗き見ている、これまでとは別人のような、獰猛でいやらしい笑顔。
獲物を狙う猛禽のように、魔法の青を宿す眼光が、問いかける。
「騙し合いでこの僕に?
神の使徒【揺蕩う泡影】に、本気で勝つつもりなの?」
それは地震というより天変地異か、天罰か。
崩れだす地面から現れ出した、石の壁、城壁。
視界一面、森から砦へ、城砦から大迷宮へとみるみるうちに生まれ変わる。
揺れる大地もむせ返る土埃も、既に遠景を潰してしまった見渡す限りの高い石壁も、ただただ「異変」の一言だった。
ただ目を瞠り、為す術もない勇者の目の前で、全てが森守の領域へと塗り替えられていく。
……予想をはるかに超えてきた無詠唱での大魔法を前に、勇者がその剣を握りしめた。
聞いてない。
…だがっ! 恐れることはない!! この「英雄の剣」と「英雄の指輪」がある!!
必死に勇気を絞り出す。
ここでこの森守に森の奥へと逃げられたなら、奴の増援の魔物が駆けつけて来れば、手遅れになる、ここで決着をつけねばならぬと、勇者が再び殺気をまとう。
勇者がゆらりと、その剣を見せつけるように横に、大上段に構えを取ってみせたその時、
モリィがそれと同じ構えを、同じ剣で、鏡のように取って見せながら、
「それは君の力では無い。
指輪と、剣と、借り物の虚栄で何ができるの?」
その言葉に、勇者の怒りが頂点に達した。
「舐ぁめるなぁぁぁ!!!」
そして二人が、同時にそれを詠唱しながら走り出し、激突した。
「「我が声にその力を示せ!! 英雄の――」」
光の向こうで、
二人の少年少女が突き出した、
砕け散る盾と、
折れた剣が、
キラキラと輝きながら、
粉々になり、
消えていき、
すぐさま少年を、ひょいと、
お姫様抱っこした少女が、
お尻をむけて走り去り、
そんな彼女に抱えられて、
その肩越しにこちらを見つめる少年は、
勝ち誇るでもなく挑発するでもなく、
ただ、勇者を、
車窓の向こうに遠ざかる景色でも見るように、
ぼんやりと眺めながら、
はるか向こうに、
小さく、
去って――――
「――…なっ。
なぁああ゛ァーーーっ!!!」
「うわっ、壊れた!」
「怒ったのだ!?」
いまだかつてないほどにやる気の無い敵が、神の剣を、そして「盾までも」破壊した上に、逃げて行く。
その事実にようやく追いついてきた勇者が、
「あ゛、ぎさmjklpqwsdrftgyhhhh!!!」
声にならない何かを喚き散らしながら、獣と化して再び彼らに襲いかかる!!
一目散に逃げる敵。
先程の地形と世界を変えて見せた、大魔法は、何だったんだ!?
戦え、せめて戦え!!
逃げる仇に勇者が叫ぶ。
そして扇情的な身なりの少女に運ばれながら、尚もボンヤリしている、あの荷物。
戦いは終わった、ですらない。
無気力な顔。
…あれが、森守、だと?
王国からの軍を何度も退けたという、伝承の、化物?
……あんなのがっ、俺の剣を、盾を…っ!!
気の抜けきった少年の顔は、もう、こちらを見てすらいない。
その眼中に勇者はいない。
ここはいつもの、彼の森と、彼女の日常。
目の前で見せつけられている二人のそれは、
ちょっと駆け足のお散歩だった。
「今日は何食べたい、ロリーゼ?」
「モリィの作ったものならなんでも好きなのだ!」
ふざ、けぇるなぁあぁあっっ…!!!
叩き潰さねばならぬ二人を追って、鬼の形相で勇者が走る。
途中でぶつかる木々も身体でへし折って、
刺さった枝も「英雄の指輪」の治癒力任せに、
血まみれになりながら絶叫しながら、
ただただ二人を猛追し、
手を伸ばし、
踏みしめ、
そして、跳躍。
振向いた二人に空から襲い掛かる彼の、
視界が晴れて、
霧の向こう、
彼の落下地点に待っていたものは、
霧と一緒にかき消えた二人の姿、ではなく、
煮え滾る油の浴槽だった。




