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迷いの森で、迷わす係  作者: なかの千五
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 真っ白な空間にモリィはいた。


「申し訳ありません」


 そう言って頭を下げる白いローブ姿の美しい女性は、真っ白空間のせいもあってひどく非現実的な存在に見えた。


 そんな第一印象の通り、彼女はモリィのいた世界とは別の世界の神だという。


 女神様が言うには、モリィは今まさに「元の世界(こっち)」から「異世界(そっち)」へと誘拐されている最中で、そこをこの女神様が途中で横取り(インターセプト)している真っ只中(ただなか)なのだとか。


 モリィが「異世界人(そいつら)」に誘拐されたのは、そいつらの(アンカー)が偶然その周辺の位置、時代に突き立てられてしまった影響によるもので、モリィで無ければならなかった理由はなど無いまったくの偶然らしく……何を言っているのかさっぱり分からないというモリィの心も読んだ上で、色々と申し訳ありませんと女神様が再び謝った。


 そもそもモリィは思い出せない。

 モリィ? 誰、それ?


 彼自身の名が森だったのか、大森、中森、小森のうちのどれかだったのか、あるいはそのまま森井だったのかが思い出せない。中途半端にその記憶に()()がかかっているようだ……モリィはひとまず自分の名前を漢字で書くのを(あきら)めた。


 そんなモリィに女神は続けた。


 どうしても思い出したい場合は後日渡すが、正直なところあまりオススメできない記憶らしく、いまは時間が無いから先に話を進めさせて欲しいと女神様は言うので、モリィはその続きをうながした。

 …なんとなく、あまりその記憶に未練を感じないような気がしたモリィは少し複雑な気分になってしまった。


 それでは、と女神様がやや早口ぎみに説明を続けた。


 人族は【神の使徒】である【勇者】を求めてモリィを【召喚】したわけなのだが、そもそも勇者を担当する女神がそれを(こば)んでいるのだから、モリィはもちろん【勇者】ではない。


 では目の前の女神様は何者かといえば、【揺蕩(たゆた)泡影(ほうえい)】という名の別の女神様で、今からモリィに彼女のその力を分け与えるので、モリィもまた【揺蕩(たゆた)泡影(ほうえい)】を名乗る【神の使徒】になるのだという。


 その分けてくれる【スキル】の名は【夢幻(むげん)】。幻術をかけることに特化した神の御業(みわざ)らしい。


 具体的には、幻術の力によっておにぎりを食べた気分になったりさせたりができるようだ。

 だが、それは(まぼろし)のおにぎりなので、その瞬間だけ空腹を(だま)すことはできても実際に栄養になったりはしない。

 使い方には十分に気をつけるようにと女神様は言った。


 女神様が望むもの、それは彼女の使徒であるモリィの幸せであり、余力があれば人族の蛮行(ばんこう)を阻止してくれるともっとうれしいと彼女は言った。


 もう、術が切れる。


 どうにかモリィが召喚されたその「瞬間」に割って入り(インターセプトし)つつ「三分間」まで引き延ばしてみせた彼女にも限界がきたと眉をひそめた。

 神のわりにはしょぼい気がするという言葉を飲み込んだモリィの顔をジトっと女神様はにらんだので、やっぱり女神様は心読んでる、すごいカッコイイ美人メガミさまバンザイ! とモリィはすぐに心の中で叫んでおいた。


 悲痛な顔で再び謝罪した女神様に対してモリィは「悪いのは女神様では無さそうなので、いいですよ」なんて軽く受け入れた。

 非常事態の中でも案外、自分は(きも)が座っているタイプの人間なのかな? と少し場違いな自己分析をしているモリィの目の前で――



 ――その白い景色が、一気に向こうへと遠ざかっていく――



 ――はるか彼方(かなた)で女神様が「あっ、あと! 食べられるものが分かるように【鑑定】スキルと、食べ物をしまえるように【収納】スキルも――」とこちらに向かって叫んでいた。


 …たしかに食べ物はとても大事だけれど、他にも色々と大事な説明もあったでは…? と首をかしげながらモリィの意識は遠のいていった……




 ◆ ◆ ◆


「失敗です。【勇者】ではありません」


 失敗かいー! とツッコめそうな雰囲気では無さそうだった。

 薄闇(うすやみ)の中、モリィは魔方陣(?)らしき何かの上で座り込んでいた。


 数人の大人達によって囲まれていた。

 なんとなく高価そうな、肌ざわり良さげな光沢ある衣装に身を包んだお貴族様っぽい人達と、モリィを片眼鏡(モノクル)の向こうから(のぞ)き込んで落胆する金の刺繡(いしゅう)入りの長いローブを着た「失敗です」おじさんと……とにかく、冗談が通じそうな人達には見えなかった。


 下は石床で周囲は石壁。

 周囲に()らめく照明は燭台(しょくだい)のようでいて、発光する石ころのような何かがその光源になっていた。

 そこそこ大きな広間であろうその場所に、モリィはビルとか屋敷とかの言葉よりも「城」という単語を連想した。


 その中のなんだか一番偉そうな感じの人が、淡々(たんたん)とモリィにこの状況を説明した。

 要約すれば、世界を救うために頑張って欲しいというものだった。


 どちらかと言えば、それはモリィに対する説明というよりも周囲にいる人達に対して「こいつは我々によって召喚された準勇者という栄誉ある少年…という設定だからな!」と念を押しているようにも見える光景だった。口裏を合わせろというやつだ。


 モリィにはハイもイイエも言わせぬままに、その失敗儀式は粛々(しゅくしゅく)と終了してしまった。



 美人のメイドさんに、別室に案内された。


 メイドといっても、下からのぞけば下着が見えそうなスカート(たけ)のメイドさんではなく、もっとシュッとして(りん)とした感じの普通の使用人(メイド)さん(?)だった。


 そんな美人さんはツンデレからデレを引き算したようなメイドさんである。「あんたなんか早く死ねば良いんだからねっ!」とか言ってそうだ、心の中で。

 そんな勝手な偏見を感じてしまう程にモリィに対して塩対応のままのメイドさんは、一切の質問も口答えも許さないからなオーラを出しつつ無言で彼を引き連れ歩いて、長い廊下を歩き回った末にその部屋へとたどり着いた。



 別室。

 そこそこの広さの部屋に、刺繍(ししゅう)入りの高価そうなベッド、打合せ出来そうなふかふかソファーとローテーブルに、収納とかの基本的な家具、は良いとして……


 …窓に、鉄格子(てつごうし)


 そこは客室というよりも、ちょっと豪華な牢屋だった。

 今後の予定も告げることなく、ツン・メイドさんは退室して、「施錠(せじょう)した」。



 ……高そうなベッドに横になるモリィ。

 良い匂いがしたから、やっぱり高価なベッドっぽい。



 静まり返った部屋の中で、密着したベッドごしに感じる冷たさと早まる胸の鼓動。

 ときめきではない、ピンチである。


 この状況、(ドラゴン)探訪(クエスト)したり最後(ファイナル)幻想(ファンタジー)してみるようなワクワクする主人公のそれではなく、謎の組織に拉致(らち)されたあげくに『失敗だ』と言われたモブっぽい何かの末路(まつろ)まっしぐらだ。

 オープニングよりもエンディングのそれに近い気がする、自分が「謎の組織の側の人」だったならば、ではその失敗作に対して次はどうするか? という話だ。

 ファイナルファイトかデスペナルティが待っている。


 やたら高価そうでサイズがでかい枕を抱きしめてふて寝している場合ではない、モリィはベッドから起き上がった。


 部屋のすみに姿見があったので、ふとそれを(のぞ)いて見れば、黒髪黒目の美しい少年が立っていた。


「…こ、これが私…!?」なんて自身に隠れた新たな美にふれてしまった変身前・後のヒロインの気分でつぶやいたりしてみたが、ここは独房、誰も「そうだよ」とは言ってくれない。


 それに、さっきの女神様やツン・メイドさんだって十分すぎるほどに美人さんだった。

 そういう意味では、この世界では美男美女が標準なのかもしれないなんて考え出すモリィであったが、今はそんなことを現実逃避ぎみに考察している場合ではなかった。


 部屋にある家具を(あさ)ってみたけど、何かこの状況を分析したり打開したりする助けになりそうなアイテムは見つからなかった。

 リレミ〇! とかテレ〇! とか「有名な脱出呪文」を唱えてみたけど、やっぱり何も起こらなかったし、壁や床を調べても隠し通路は見当たらなくて、その石床のひんやりした感触に物悲(ものがな)しさを発見してみただけだった。


 やれることが無くなって再び枕を抱きしめてゴロゴロしたモリィ。

 ベッドがあるから寝転がってみる、他には何も思い浮かばなかった。



 そのまま2、3時間が経過して、鉄格子の窓の向こうが赤く染まり始めてきた。



 扉をノックする音。

 それに対するモリィの返事を待たずに、おじさん達が三人入って来た。


 その姿にモリィはゾッとした。


 三人のうちの左右二人は帯剣をした騎士っぽい護衛。

 中央は、謎の杖と首輪を(にぎ)った男。


 その首輪は禍々(まがまが)しい黒地に赤字で、さっき見た「召喚失敗の魔方陣」のような薄気味悪い模様がびっしりと描かれていた。


 そんな三人の目。


 実験動物(モルモット)でも見るような、その目。

 あるいは、魔物を経験値か素材にでも変える瞬間のような目。


(なんじ)、渡り人、モリィに命ずる」


 剣と魔法と、死の世界。

 杖を差し向けて命令する男を前に、

 モリィの生存本能が彼の右手を、無意識に突き動かした。



 モリィの異世界での戦いが開幕した。



 ◆ ◆ ◆


 その三人は決して油断などしていないつもりだった。

 警戒しているからこそ、まだこの世界について何も知らぬはずの少年を相手に抗魔の護符(アミュレット)で身を固めて、呪言の杖を持ち出してまでこの場へと(のぞ)んだのだ。


 力ずくでこの隷属(れいぞく)の首輪を付けさせてしまえば何も問題ない話だ、それでも念には念を入れた上で、この部屋へとやって来たはずだったが――



 ――三人は今、水底(みなそこ)にいた。



 対するモリィは、必死だった。


 【夢幻】という名の神の御業(スキル)

 初めてのそれが一発で成功するなどとは思っておらず、ただただ全力でそれを目の前の三人相手に叩きつけた。


 まったく遠慮(えんりょ)の無かった一撃ゆえに、相手の抗魔の護符の力をもねじ伏せて、相手を幻の水の中へと沈め落とすことに成功した。


 慣れないスキルの過剰行使によって割れるような頭痛を受けたモリィ。

 それでも、その痛みはむしろ恐怖心を薄めることに役立ったくらいであったのだが……


 そんなモリィに足りないものは覚悟よりも、経験あるいは想像力だった。


 過去に溺死(できし)したこともさせたことも無いモリィ。

 水の中の苦しさや恐怖を、その【夢幻】の幻術の中で再現するのが足りなかった。


 とどめを刺し切れなかった幻の中で(おぼ)れる中央の男が、その杖を振り上げながらついに叫んだ。


「この【呪言】の杖をもって我はモリィに命じる! この隷属の首輪を受け入れて、我、ロード・ルアーガに死ぬまで仕えよ!」


 その言葉にモリィの心と身体が縛られたような感触に(おちい)った。それは【呪言】という「真名(なまえ)に命令を下す」魔法だった。


 モリィの頭からサッと血の気が引いたが、既にモリィは抵抗できない。

 それでもモリィがその命令を即座に遂行「できなかった」のは、幸か不幸か、頭痛ですぐには動けなかったせいだった。


 さらに男は繰り返す。


「どうしたモリィ!!」


 その恫喝(どうかつ)に、意思に反して動き出した自分の身体に、モリィは死に物狂いで考える――


 ――だめだ、この男の言葉に逆らえない!

 なんだよ、その命令は!? 魔法!? 杖? 首輪!?

 きっとあの首輪をつけたら()()()()なのに、

 うぅ、どうしても……逆らえない――ならっ!!



 (うつ)ろに(にご)った目で頭を抱えたモリィに向かって、今もなお幻の中で溺れ続けながも男はモリィに向けて命令を重ねていく。


「はっ、早くしろ!! ゲホッ!? く、首輪をつけて、さっさと、この水の魔法を解け!!」



 どうした!!

 やれっ!

 早くしろ! 遠慮するな!

 Hey(ヘイ), Come(カモ) on()っ!



 そして血走った目で、モリィは叫んだ。



()()()()()()()命令するなぁ!!」

「な゛っ!?」



 モリィの(こぶし)が男の顔面を打ち抜いて、(ひる)む男に、さらにモリィが飛び()かる。


 ()()()()が命じるままに、目の前の本物の男を、モリィは何度も殴って、殴って、(すね)()った。


 その左右の拳に感じた痛みによって正気に戻ったモリィは即座に、脛をおさえて(うずくま)っていた男に向けてさらに、三度目の幻術を(たた)みかけた。



「もう()()()()()()()! そして(せま)(つぼ)の中にいるお前達二人は、互いを食らい合う巨大な人食い蜘蛛(ぐも)だっ!!」



 ついに、三人を幻術の中に()とし切った。


 互いに組み合い殴り合う二人と、床でスィーっと平泳ぎし続ける一人をそのままに、落ちていた剣を握ったモリィは部屋を飛び出した。



 そのあとは、必死だった。



 出会う者、すれ違う者達に(ざつ)に幻術をかけながら走り逃げた。


 本当は逃走した証拠を残さないような矛盾の無い幻を慎重(しんちょう)にかけるべきだったが、そんな考えよりも(あせ)りと恐怖が上回り、とにかく急いで()け抜けた。



 途中、城壁の上から見下ろす男が居た。



 すぐさまその男にも幻術をかけようとしたのだが、城壁の男は首を静かに横に振って、モリィの進行方向とは別の通路を指さした……それは複数ある城門の一つ、いまだこの騒ぎに気づいていない一角にある、出口への道だった。


 逡巡(しゅんじゅん)したが、モリィはその男の指示に従って、走り出した。


 そしてなぜか開いたままになっていた城門を抜けて、モリィはついに、草原へと飛び出したのだった。




 (すで)に夜。


 一面の緑の中で吹き抜ける風は冷たく、殴った時に相手の歯で手を切り、突き指もした、ボロボロの手がズキズキとモリィに痛みを主張してきた。


 その手には剣。無我夢中で手に取ったそれだったが、モリィは剣など使えない。


 わけも分からず、追手におびえて、疲労と恐怖がじわじわとモリィのその背へと()しかかって来てもまだ、その足の歩みを止めることなど許されない。



 その全てが、神の使徒【揺蕩(たゆた)泡影(ほうえい)】であるモリィの目の前にある、現実だった。




【ツン・メイド】

 そもそも私は伯爵夫人のもとに行儀見習いとしてやってきた側仕えなのであって、「どうせ暇だろ」なんて言われながら急な接客を押し付けられる使用人などでは、断じて無い。

 愛想が無いですって? 無意味にニヤニヤ笑っているような小娘なんて、子爵令嬢どころか使用人にすらいるものか。信じられん。

 さらに接客どころか、どこかから誘拐されてきた子供を監禁部屋へご案内なんて、私の仕事とは一体……笑えない。笑える要素がまったくない。

 そして、子供を監禁させた直後に未婚の令嬢相手にニヤニヤ笑いかけてくる変態野郎がやってきた。

「君も、奴隷相手の接客なんてさせてしまってご苦労だったね?」

「いいえ、問題ございません(ニッコリ)」


 その2時間45分後、あの少年が脱走したという。

 まったく笑えない状況に大騒ぎになっている城内で、他の使用人達と一緒に目を丸めていた彼女は……人知れず、フッと笑ったのだった。


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