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迷いの森で、迷わす係  作者: なかの千五
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 英雄の指輪を預けたあの伯爵が襲撃にあった。


 ゴナンからのその報告に、モリィは手で顔を(おお)ってうつむきながら、深いため息をついた。


「……指輪、渡さなければ良かったのかな」


 気落ちしたモリィの言葉に、ゴナンとロリーゼがすぐに返した。


「言うな。それを言うなら俺の判断が甘かった。

 指輪の重要性や狙う者の多さを理解していない奴に預けちまったこと、味方同士で殺し合うほどに奴らが狂っていること、すべて俺が読み違えた」


「それを言ったらおしまいなのだ。

 狂っている連中は、狂っているから読めないのだ」


 ソファーに座ってそれぞれうなだれた三人の真ん中の、ローテーブルに置かれた紅茶。

 そこに家妖精が、甘めに焼いたクッキーをそっと追加した。


 それをすぐに手に取る三人。

 疲れた心に、甘いものはとても()み渡る……疲れてなくても、いつもおいしいが。


 紅茶で(のど)(うるお)して、再びゴナンが口を開いた。


「一応、報告だが。

 あの伯爵は生き残った。襲撃を読んでいたのか、かなり上等な回復薬を携帯していたらしい。

 …なんていうか、あれだ、こういうのは珍しいことでも無いんだよ」


「そうなのだ。モリィも気落ちしちゃだめなのだ」

「…二人とも、(なぐさ)めてくれてありがとう。おじさんの冥福を祈ります」


 余談だが、(くだん)の伯爵は死に際に回復薬を飲んだせいか、ついでに健康になって胃痛も治ったのだという。

 …そして、薬を頭(頭髪)にもかけてみるべきだったと少し後悔したのだとか。


 そんなどうでも良い噂のほうは口をつぐんで、ゴナンは続けた。


「いや、俺も、襲撃以外のところに関しちゃ、ある程度の展開は想定していたんだが、な…」

「何を想定していたのだ?」


「……」


 ロリーゼの問いかけに言葉を詰まらせるゴナン。


 テーブルの上のクッキーに再び手を伸ばそうとしたその時、スッとゴナンの目の前に燻製肉を置いた家妖精。

 その原材料を思い出して一瞬だけ(ひる)んだゴナンだったが、すぐに口の中に放り込んだ。


 しばしの沈黙の間、肉を噛み終えたゴナンは再び口を開いた。


「…いずれはこうなる、とは思っていたんだ」


 そこに存在するなら手に入れるだろうし、手に入れたなら使うだろう。


「指輪を手に入れたから大事に保管、ってことにはならないのは分かってた。

 あれは兵器だ。遅かれ早かれ誰かの手に渡って、どう使うかって話にはなるんだろう。

 それに、発端はあの自称勇者の件だ。

 そいつらに力を渡すか、渡さないか、どっちかの結論になるまで騒ぎは収まらないだろう、とは思っていた」


 その言葉に対して、クッキーを口にしたロリーゼが続く。


「使うというより、手に入れるまで止まらないのだ。

 勇者になるのが目的で、なったあとのことは考えていないのだ」

「そうなの?」


 モリィの疑問にロリーゼが続けた。


「そうなのだ。魔王とは休戦中なのに誰と闘うつもりなのだ? 本物の勇者はもういるのに、もう一人つくってどうするのだ?

 勇者って称号が欲しいやつらが、勇者を手に入れるために騒いでいるだけなのだ。

 ゴナンの言う、結論が出るまで止まらない、っていう点には私もさんせーなのだ」


「へー、そうなんだー」


 なんだかどこの世界も世知辛(せちがら)いなー、なんて考えながらお茶をすするモリィの(かたわ)らで、二人の男女が暗い瞳でぶつぶつと言い合う。


「つまり、結局はこうなるんだ」

「臭い匂いは元から絶つまで消えないのだ」


「元凶である自称勇者が」

「消えれば」


「片が」

「つくのだ」


「んん!?」


 お茶をつまらせてモリィが激しく咳込(せきこ)んだ。


「問題はどう消すかなのだ」

「いや、もうじき来る」

「ゴホッ、ちょ、ちょっと待って二人とも!?」


 勇者、来る、消す。

 なんだか恐ろしい話が目の前で、


「問題はいつ来るように()()()()かだ」

「早めの方が、()()()()()()のだ」


 トントン拍子で殺害計画が進行していき、モリィが叫んだ。


「ちょっとー!?」

「「?」」


 どうしたの? とでも言いたげに振り向く二人に、むしろそっちがどうした!? と言い返したいモリィ。


「勇者、来る、消す、操作、仕向けて、カラっと揚げる!」

「落ち着くのだモリィ、ほらほらー、大丈夫なのだー」


 ロリーゼに(あご)の下をゴロゴロされて大人しくなったモリィに、ゴナンはため息をついた。


「…ハァ。俺だって別に、考えなしに()れって言ってるわけじゃねぇんだ。

 だが、困ったことに情報を集めれば集めるほどに、なんつーか……選択肢が、減ってくんだよな」


「こっちが増えるとか減るとかの問題じゃないのだ」


 モリィの頭と顎をわしゃわしゃしながらロリーゼが言う。


「こっちに盾があっても無くても、向こうがあると決めつけている限りは終わらないのだ」

「そうなのかにゃー?」

「…いつもと逆になってるぞ、お前ら?」


 あの夜会で、彼らは盾は「森にある」と決めつけた。

 たとえ「盾など無い」と否定したところで、彼らは「無い事を証明する」までやって来る……無い証明など不可能だ。


 そもそも、こちらの都合を無視して三度も奪いにやって来ている。

 そしてモリィは、絶対に渡さないと言いきった。


 結局、彼らは森に盾を奪いに来る。


「いっそ迎え撃った方がまだマシなのだ」

「ロリーゼさんはカッコイイにゃー」

「……」


 夜会を手配して指輪を渡す算段までつけてくれたゴナンは十分に奮闘してくれた。

 あの王子を森に連れて来ざるを得なくなったあの時から、どう「埋め合わせをする」か考えていたはずだ。ゴナンの義理堅さにはロリーゼもモリィも感謝している。


 それでも止まらない。

 彼らは、相手が格下だと思っている間は決して、止まらない。

 下が相手ならば何をやっても許されると思っている。


 いちいち上下をつけるために、相手の弱点を探してねじ伏せる。

 何か考えるのは、ねじ伏せた後で良い。

 殺した後でも、良い。


 私も、あの時。



「ロリーゼ?」

「だけど、モリィの方が強いのだ」


 王子だろうが勇者だろうが、モリィなら。

 モリィなら、絶対に負けない…


「「……」」


 …そんなロリーゼの瞳をじっと見つめて、モリィは告げた。


「……

 …そうだよ。

 僕は強いんだ、ロリーゼ」



 君が望むなら、どんな幻でも見せてあげる。



 そんなじっと見つめ合う二人を前に、あーあー、はいはい、爆発しろ爆発しろ、と特に気にもせず紅茶を(たしな)むゴナンの姿が視界の隅に入ったのか、ロリーゼの顔がシュッと赤く沸騰(ふっとう)した。


「…コホン! …モリィに足りないのは、やる気だけなのだ」

「あっれぇ~~!?」


 カッコいい感じに答えたはずなのに、ダメ出しをされてしまったモリィ。

 そんな彼の肩にしな()れかかって、邪悪に誘惑するようにモリィの(ほほ)()でながらロリーゼが甘く(ささや)いた。


「本気のモリィが、この森で負けるわけが無いのだ」


 そしてチラッとゴナンに送られた、ロリーゼの視線。



 だから、やる気を出すのに協力しろ。



 本気でやってしまって良い、その大義名分を作るのに、協力するのだ。



「視線で命令して来るな、貴族令嬢」


「ちょっとぉー、僕の前で目で会話しないでよー」

「そうか、今のが会話に見えたのなら幸せ者だな。そのまま(けが)れないままのお前でいろ」

「にゅふふ」


 モリィに抱き着いて上機嫌でニコニコしているロリーゼに、ゴナンはやれやれといった様子でため息をついた後……苦々しい顔で、もともと話す予定だった報告へと移ることにした。


「…あくまで噂だ。裏を取る必要はあるが、自称勇者の悪評はひどいものだ」


 とはいえ勇者だ。自称でも、強者だ。指輪もそいつに渡ってしまった。

 なんだかんだで結局、そいつと闘うことになってしまった。


 それでもまるで敵に(ひる)む様子の無い二人の姿に、頼もしいやら恐ろしいやら複雑な気持ちで話を続けたゴナンであった。






 そして、勇者は迷いの森へとやって来た。



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