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大勢が見守る中で、どこぞのおじさんに指輪を贈らねばならないという謎の仕打ち。
これが初めての指輪贈呈なのだとふと気付いた時に、モリィは愕然とした。
とはいえ、そんな役を尚更ロリーゼにやらせてはいけない。
慌ててゴナンに相談すれば、「あ? そんなものならその辺にいっぱい転がってるだろ?」と呆れられてしまい、ますます混乱するモリィであった。
…ちなみにゴナンは意地悪でそう言ったわけでは無い。
商人である彼が用意できる最高品質の指輪よりも、迷いの森のどこかに眠る品々の方がはるかに立派な代物なのは明白である。
それこそ「英雄の指輪」のようなものが、言葉通り「その辺に転がっている」と返したのだ。
必要なのは、お前の気持ちだ。
ゴナンは生温かい目で、焦るモリィを見守るのだった。
◆ ◆ ◆
貴族が貴族を招くための邸宅だ。
屋内だけではなく屋外だって、それなりに立派なものである。
庭園と呼ぶには少し殺風景ながらも良く整えられたその広い芝生は、館の正面玄関から少し離れた場所にあった。
来賓達には送迎したり仕えたりする者達がそれぞれにいるので、そんな者達の待機場所としてこの広場は解放されていた。
いくらかの低木が植えられている他は花壇のような色鮮やかな装飾もなく、きれいに刈られた芝生だけが広がっている。
そんな庭の隅の方にぱらぱらと、何台もの馬車が止まっていた。
伝令の声か通信用の魔法か道具で呼ばれた御者達は馬車に飛び乗り、すぐに正面玄関へと主人を迎えに移動する。
そして出番が来るまで彼らはここで時間を潰して待つのである。
夜の広場に数件の屋台の明かりが灯っている。
御者や使用人達が軽食を取ったり骨休めしたりするための出店である。
さすがに仕事中の彼らに酒は出せないが、粗野であっても味は保証できる品々で屋台はささやかながらも賑わっていた。
そこにやって来たモリィとロリーゼ。
夜会を途中で抜け出して、彼らを送迎してくれる帽子人の姿を探しにここへやって来たところで、ロリーゼが屋台の光に懐かし気に目を細めた
そんな彼女にモリィは言った。
「…そういえば、ロリーゼは昔はこういう夜会にも来ていたんだっけ?」
襲撃から逃げ延びる前までは公爵令嬢だったロリーゼだ。
木々しかない森と比べて、今日の夜会はさぞかし懐かしさを感じるものであっただろう。
…だけど、今? 懐かしがるなら「さっき」では?
少し違和感を感じたモリィに、ロリーゼは少し眉を下げつつかつての自分を思い出した。
「よく、夜会を終えた後に使用人達が屋台の食べ物を出してくれたのだ」
「えっ、屋台? 美味しそうな食べ物なら、中にいっぱいあったよね?」
今日はぜんぜん食べられなかったけど、と付け足したモリィは同時に「おや?」と何かに気づいた。
その顔を見て、ロリーゼがうなずいた。
「爵位が上がれば上がる程、食べたいものは食べられないのだ。
決まった時に、決まった流れで、決まった数だけ咀嚼して飲み込んで、決まった台詞を言わなくちゃいけない。
夜会はあくまで、お仕事なのだ」
自由に食事を楽しめるのは、社交に参加しない、参加できない爵位の低い者達だけだ。
社交に来た者達にとっては食事も仕事だ。
食べたくなくても口に入れて、褒めたくなくても褒めなくちゃいけない。
正解の料理を絶賛して、不正解の料理は二口目を口にしてはいけない、家の威信をかけた抜き打ち試験のようなものだ。そんな試練に、楽しさなんて欠片も無い。
「屋台の方がおいしいのだ」
「…ゴメンね、ロリーゼ」
「ん?」
屋台を見て喜ぶロリーゼにモリィは謝罪した。
「…今日の夜会みたいな生活の方が良いかって、聞こうと思っていたんだ。
だからロリーゼのその話を聞いて、ホッとしちゃった。
ロリーゼが苦労していることを喜んでるみたいで、本当に、ごめん」
「何も謝ることなんて無いのだ。モリィの作ったおにぎりの方が好きなのだ!」
「わぁ、またがんばって作らなくちゃ! いま食べる? それとも屋台で何か買っていく?」
「んー… やっぱり家で食べた方が落ち着くのだ。それより、帽子人さんに…あ…」
「うん、帽子人さんは何も食べないね?」
彼らへのお土産は何か別のものを用意しようと二人は話した。
二人が芝生を歩いていくと、むこうの方で「ここですなー」と手を振る小さな影が見えた。
そこにあるのは馬車ではなく、自動車みたいな何かである。
研究者である帽子人達が技術を結集してつくった自走式の車、つまり、やっぱり自動車だ。
この庭の中で一ケ所だけ世界観がなんだかずれた空間がそこにあった。
「ロリーゼ」
そこに着く前に、モリィが呼び止めた。
振向いたのは、夢魔だった。
…女神様や湖の妖精はもちろん人外の美しさを放っていたけれど、ここにいるロリーゼさんはモリィの脳内で日々開催される「ロリーゼ杯」においてぶっちぎりの覇者である。
ゴナンの奴も、ひどい奴だ。なんだよこの濃紺のキラキラしたカッコかわいい不思議ドレスは! 僕のロリーゼをどうする気だ!? 尊さに目が潰れるだろう、よしむしろ潰そう、恋は盲目だっていうし!
「ちょっ、モリィ!? 何で泣いているのだ!?」
「あ、うん、ちょっと目に染みちゃって。
そうだ、言いそびれていたことがあったんだ」
本当は最初に言いたかった言葉があった。
だけどロリーゼは夜会を前にイメージトレーニング中だったから、邪魔にならないように今ではなく後で言おうと決めていた。
モリィはようやく、それを口にできた。
「きれいだ。ロリーゼ」
「んんっ!?」
「可愛すぎてドキドキする、かっこ良すぎてクラクラする、尊い、天上天下唯我独尊い、ありがとう、ありがたや」
「なんで拝んでるのだモリィ!?」
思えば、滅多に目撃できないロリーゼが着飾った姿である。
ありがたや、ありがたやと日々のロリーゼ様の尊さに手を合わせてから、モリィは、
「それと、これをロリーゼに」
「?」
モリィが【収納】スキルから取り出したそれは指輪だった。
銀のリングに、黒の石と、中に淡く輝く青の光。
先程の英雄の指輪にも負けない美しさのそれに、ロリーゼが目を丸めた。
「…わっ。どうしたのだ、それ!?」
「森のみんなに話して、ロリーゼになら渡して良いって許可をもらってきた」
その指輪の名は『祝福の指輪』であるとモリィは告げる。
「そしてこの指輪の機能は…防刃、抗魔、耐毒、未病、破邪、幸運、攻撃力UP――」
「ちょ、ちょっと待つのだ!?
付けたらなんか、無駄に高揚しそうで怖いのだ!?」
ちなみに「英雄の指輪」の方の機能は、勇者の能力と同じ「諦めぬ限り不死」の一つだけだ。
毒を飲んだら死ぬほど苦しむが、諦めなければ死なない、諦めたら死ぬ、そういう機能の指輪である。
毒が効かなくなるこっちの指輪の方が、ある意味、機能面では上をいく。
「これはもうロリーゼのものなのだけれど」
「う、うん?」
そんな過保護な指輪を持つ手と反対の手で、モリィが再び【収納】から取りだした青い小さな箱は指輪入れ。
ゴナンに頼んで手配してもらったその箱に、指輪をそっと入れて、
「!?」
ハッとしたロリーゼに向けて捧げるようにその箱を持ち、モリィは跪いた。
「それとは別に、願わくば僕のために、この指輪を受け取って欲しい」
穏やかな星空と屋台の光の照らす夜会の庭で、黒いスーツに黒髪の少年が捧げる、淡い祝福の光を放つ指輪を見つめてロリーゼは言った。
「…漆黒の中に青蛍が灯るみたい。幻術を使ったときのモリィの瞳と同じ色」
「うっ!? そ、れは…まったくの偶然、だけど! 僕の幻術で君のすべてを守ってみせる!!」
モリィの真剣な眼差しの奥に宿る青い光に、ロリーゼは思わず息を飲んだ。
…もしかして、もしかしなくても、やっぱりプロポーズ的なあれである。
ロリーゼの小さな口元がふるふる震えて、顔がみるみるうちに赤く染まる。
だが、このまま黙っていると追撃してくるのがモリィである。
そして、ここは夜会。元公爵令嬢の力を再び身にまとい、彼女はすぐさま立て直した。
今まさに開きかけたモリィの唇にそっと指を添えて、もう片方の手で指輪を持つ手を胸元へと優しく引き寄せながら……悪戯っぽく夢魔っぽく、微笑みながらロリーゼが告げた。
「モリィも同じ指輪をつけるなら、受け取ってあげるにゃ」
ワッと巻き起こった歓声。
二人が驚き見回せば、固唾を飲んで見守っていた大勢の御者や使用人達が、二人の告白劇を祝福していた。
夜会の上品さとは少し違った粗野な雰囲気で、指笛を鳴らして「幸せにしてやれよ!」と叫ぶ野次馬達の熱のこもった祝いの言葉が二人の頬を一気に焼き上げて……モリィもロリーゼも、しばらくの間、立て直すことができなかったのだった。
【過保護な指輪(祝福の指輪)】
英雄の指輪を渡す前に色々と気付いてしまったモリィが慌てて夜な夜な森を駆け回って手に入れた、すごい指輪。
悪ノリした湖の妖精をはじめとした森の住人達に「ならば試練を乗り越えてみせろ!」と色んな遊びに付き合わされたモリィは連日寝不足になりながらも、どうにかそれを手に入れたのだが……
問題は「その後」だった。
見た目にせよ、機能にせよ、ロリーゼの要求通りの「同じ指輪」はそうそう見つかる訳が無い。これまで以上に夜の森をさまよう羽目になったモリィの姿に、ロリーゼはあわあわしながらゴナンに「見た目が同じ指輪」を発注したのだった。
「…お前、いつも肝心なところで抜けてるよな」「…返す言葉がないのだ」




