17
夜会は半分は皮肉であった。
森で大勢の死傷者が出た。
それの後処理に駆り出されてしまった三家の領主達がその訃報を知らぬわけが無い中で、あえての夜会。
だが、領主達からすれば再三にわたる抗議を無視された上でのこの惨劇だ。
夜会に対して文句を言うなら、まずはこちらの抗議に対して反応しろ。
特に仲が良いわけではない三家の領主達も、この森の一件に関しては心は一つになっていた。
まるで森への侵攻の失敗を祝うかのように、暗い空気の払拭という名目で三家がそれぞれ夜会を開くという暴挙に出た。
そこにさらに、国のトップである宰相まで呼んだのはゴナンの差し金だった。
これに関しては彼の家でもかなり揉めたのだが、強気のゴナンが「他の家の夜会で呼んでも構わない、むしろこの家への気遣いと解釈して頂きたい」と彼の一族をけしかけた。
伯爵家ならば中央の高官達を呼んでもギリギリおかしくは無いし、むしろ呼んでも無い連中が森の一件で怒鳴り込んで来た時のための牽制にもなるだろう、というゴナンのおまけの説明に、結局、ドイール家から招待状を出すに至った。
そもそも夜会の三家開催自体が、ゴナンが裏で根回しした結果なのだが。
かくして、森の東でも夜会が行われる手はずとなった。
◆ ◆ ◆
扉から現れたその男女二人に、場は騒然とした。
見たことの無い令嬢。
絶世の美女の正体は、夢魔だった。
もともとは貴族の娘として徹底的に鍛え上げられてきたロリーゼである。
幼少時から叩き込まれた立ち振る舞いに、遊び心を学んだこの二年間、そこに少し大き目の猫をかぶり直したのが今の彼女の姿であった。
深窓の令嬢か、天真爛漫な乙女か。
不思議な少女が目を見開いた男女の視線をものともせずに、輝きながら歩いて行く。
夜色のシンプルなドレスと、それに合わせた深い藍色のアクセサリーが夜会の照明を静かに受け止め瞬いて、小柄ながらも妖美なロリーゼの体躯を上品に魅せつけつつ、愛らしく燃えるストロベリーヘアの色香をさらに引き立てた。
このドレスなら勝てるのだ、というロリーゼに「だろう?」と答えたゴナンである。
彼は彼で、少々やり過ぎなくらいの資金を投じてロリーゼのためのこの戦闘服を用意してみせた。
そんなこんなで、思いもよらない形で「この舞台」へと戻って来てしまったロリーゼ。
ちょっと感慨深げに彼女がフッとその目を細めれば……なんの関係もない周囲の男達が次々と勝手に撃ち抜かれてふらついていく。
ロリーゼとゴナンの思惑通りに、二人は見事に勝利してみせた。
そしてその隣のモリィ。
もともと素の顔は悪くない……どころか、なんの神の悪戯なのか、黙っていればかなりの美男子に入る品質の彼である。
神などというものは古今東西、美男美女好き浮気好きだ。彼の無自覚な造型もまた、渡り人である彼に与えられた神々の恩恵だったのだろう。
だが彼自身が目立つような真似はしない。控えめな黒の衣装ともともと目立つことを嫌う彼の本能が、自然とロリーゼの存在を引き立てた。
その上で、彼の【夢幻】。
いつも森の奥にひっそり暮らしていた彼にも、試してみたいが試せない幻術はいくつもあった。
人の深層心理に訴えかけるような幻。
相手に魔法と気付かせないギリギリの濃度で思考を誘導していく技。
彼はそれを、試したかった。
そもそも上品な服の色合いや装飾の配置、柔らかな香水といった演出の数々は周囲の者達にさりげなく訴えかけるものだ。
人はそれを気品や粋と呼んだりもする。
とりあえずロリーゼの背景としてさりげなく、幻術で花をぶわりと咲き乱れさせてみるモリィ。
(…モリィっ!? やりすぎだにャーーッ!?)
さりげなくなかった、やりすぎである。
ロリーゼは貼り付けた笑顔の裏で、絶叫した。
それでも心の内のその焦りなど一切見せずに、花々を背負ったままさらに大輪の笑顔まで上乗せしてみせたロリーゼは、まさにピンチをチャンスに変えてみせる女であった。
かっこいい。そんな彼女の雄姿にモリィはますます惚れ直した、人の迷惑も知らずに。
そんな二人のジャブのつもりのロケットパンチが、周りの男女を見境なくKOしていった。
大惨事である。ふらつくご令嬢やご令息たちを護衛や給仕の者達が会場の隅へ外へと次々に搬出していく異様な光景がそこにあった。
二人に群がってくる貴族達を、ロリーゼはその巧みな話術でさりげなく、モリィは神の使徒のスキルによってあからさまに、次々と当たり障りのないようにさばいたり、かわしたり、時にKOし続けていく。
最も話題の中心でありながら、最もつかみどころのない不思議な幻のような空間が夜会のど真ん中に存在した。
…そんな二人の姿に、もう少し上手くやれよとは思いつつ、ゴナンは次の計画へと移るために姿を消した。
◆ ◆ ◆
やがてその時はやって来た。
爵位や身分の順番で夜会への出席者達が入場してきたそれも終わって、夜会主催者からの簡単なご挨拶やらの基本的な定型行事が終わった頃。
人の群れを割るようにこちらへと歩いてきた二人の男。
一方はゴナンで、そしてもう一方の男が目を見開いた。
「…ロザリー嬢…!?」
「…クローニ卿、でよろしかったでしょうか?
はじめまして、ロリーゼと申します」
初対面で押し通すべく、ロリーゼがそっとドレスの端に手を添えて挨拶をする。
男は何も言い返せない。ロリーゼと、そしてモリィを見て目を泳がせて絶句していた。
モリィも覚えていた。
あの時、城壁の上でモリィに出口を示した彼であった。
命がけの、いまだに悪夢に出てくるあの日のできごとを、モリィが忘れる訳が無かった。
男は、立っているのが精いっぱいだった。
レナリンの「死相が出ている」という予言の意味を、いま噛みしめていた。
それでも二人と一人は、あくまで初対面の者同士として、話を進める。
ゴナンに目配せされて、事前の計画通りに、モリィは挨拶も無しに切り出した。
「単刀直入に申し上げます。こちらをご覧ください。
先に【鑑定】して頂いても構いません」
モリィの懐から取り出された小さな箱が開かれて、揺れていた男の目の焦点がそこへ行く。
「これは?」
「神器 『英雄の指輪』です」
その言葉に、男のみならず周囲の皆が息を飲んだ。
彼の言葉に、その手の上の小さな箱を、皆が二度見した。
英雄の剣、英雄の盾は有名であったが、指輪の存在は歴史や魔道具に関わる学者達くらいにしか知られていない存在だった。
そんなものがこの場で出てくるはずがない、偽物だろうと疑う者も数人はいたが、そんなものは【鑑定】スキルの保持者にでも見せてしまえばすぐに判明してしまう。
こんな夜会の場で、わざわざ嘘をつく意味が無い。
「さしあげます」
「…いま、なんと?」
「導かれし者達の手へと、正しく託して差し上げて下さい」
どよめく会場。引きつる男。
その高貴な指輪を献上する謎の少年の心意気、そして未来の勇者の導き手に選ばれた宰相…の代理、その双方に敬意を表して、周囲から感嘆の拍手が湧きあがった。
…もちろん、その拍手の口火をきったのはゴナンである。
そんな中で、指輪をやりとりする男二人。
渡した者、渡された者ともにそれが「厄介もの」を押し付け合っているという認識だった。
「この国を支えて下さっている方にお渡しできて光栄です」
モリィにとってはこんな物騒なものは持っていたところで百害あって一利もない。
森へとやって来る有象無象どものそのエサの一つを手放せるのなら、願ったり叶ったりであった。
「国を支える貴君の貢献に感謝する」
宰相代理としては、受け取らざるを得なかった。
他の誰かの手に渡って良い代物ではない。
この危険物をどう扱って、誰に渡すのかとかはもう、宰相本人に丸投げだ。
なぜ受け取ったなどと叱責されるか、なぜ受け取らなかったと叱責されるか、若干マシなのは前者のはずだと、もう諦めるしか無い状況だった。
「「ははは」」
二人はまるで心がこもっていないカラカラに乾ききった互いの笑い声を交換し合った。
「ならば、英雄の盾も供出するのが筋であろう!!」
横から割り込んできた怒鳴り声の男。
それはかつて、王子と共にやってきてモリィに石化の幻術をかけられた護衛騎士だった。
だが彼は正装姿のモリィとロリーゼがあの時の同一人物とは気づいておらず、せいぜいその「関係者」くらいだと思っていた。
ゴナンはあからさまに顔をしかめた。
望まぬ客、あるいは招待して無いはずの出席者なのだろうその男が、声を荒げる。
「魔王の討伐はすべての者達にとっての悲願。
それを叶える我らこそ、我ら以外にその盾を所持する資格を持つものなど、あり得ない!」
男のその言葉にモリィが返した。
「なんのことですか?」
「とぼけるなっ!! 『盾の守り手が迷いの森へとそれを持ち込んだ』のは、我らの中では周知の事実だっ!」
その言葉にゴナンは密かに舌打ちをした。
その事実とやらの真偽のほどは分からないが、彼らの中では森に盾があることは確定してしまったらしい。
代わりに指輪を渡して有耶無耶にしてしまう計画は、どうやら失敗したようだ。
そして、モリィの目に……ゴナンはギョッとした。
何が不味かったのか男の言葉をきっかけに、普段は見せない色に変わっている。
魔力に灼けた、青白い、怒りの眼光だ。
広間の壁際に控える護衛達が動き出そうとした姿にゴナンは背に冷や汗をかきながらも即座に「待て」と手信号を送る。
そして、動き出そうとしたモリィの、その手にそっと重ねられた「彼女」の手。
「控えろ、下郎」
冷たい声の主は、ロリーゼだった。
花のように立っていた美女からの思わぬ冷徹な声に、乱入男と観客は息を飲んだ。
可憐な少女が居たはずの場所に、高貴な令嬢が、さらに高貴な男のための側仕えとして立ち塞がっていた。
あまりの声と姿の変わりように、周囲の者達が瞬きをして、下郎と呼ばれた男も目を丸めて固まった。
その一方で、怒りが爆発する直前に冷や水を浴びせらたモリィが、隣を見れば、いつものロリーゼが「どうしたかにゃ?」とでも言わんばかりに首をかしげて微笑んだ。
助けられた。
怒りに任せて放とうとした幻術を引っ込めて、言おうとした言葉を咀嚼しなおしてから、モリィは言葉を口にする。
「盾は、処分を望んだ老魔法使いの手によって森の奥へと持ち込まれたものです。
あなた達にだけは渡せぬと、彼がその命と引き換えに、我が森へと持ち込んだ」
はっきりとした拒絶。
何より、我が森。
そっと肩を寄せた妖艶な美女の隣で、受けて立つと決めた森守がその言葉を告げた。
「我が森は、追われし者達にとっての最後の楽園。
何人たりとも、我が森の奥には触れさせぬ」
それは警告、そして敵対表明だった。
周囲の者達は彼が何者であるのかを今、知った。
森の恩恵に触れた者ならば、誰もが知っている「森守」だ。
そして拒絶、森の守り手がはっきりとそれを明言した。
敵は誰だ? 周囲の者達の冷たい視線が一斉に怒鳴り男の方へと集まる。
怯んだ男。
だが、彼の背後にいるのは王族と勇者になる予定の者達だ。
劣勢を怒りで乗り越えようと、再び怒鳴ろうとする直前に別の声が重ねられた。
「森守様が退場されます」
ゴナンが出席者達に素早く鋭く告げてしまった。
その言葉とほぼ同時に、足下にうっすらと霧がかかっていく。
ざわつく会場。
それでも壁際に立っていた警備の者達は動かない。
これは事前に打ち合わせ済みの展開だ。
事前の計画――言うだけ言って、さっさと逃げよう――の通りに三人は息ぴったりに行動した。
怒鳴りそびれた口をパクパクとさせる男の前で、モリィとロリーゼの姿が「薄くなっていく」その状況に、慌てて確認する声が横から上がった、
「では、指輪ならば我らにも資格はあるのかね!?」
指輪を押し付けられてしまった男の声に、森守は返した。
「…それは指輪が判断します。それをよくよく理解した上で処分して下さい」
処分。
指輪が判断すると言いつつも、答えは半分言ったようなものである。
その言葉に指輪を受けた男の顔が引きつった。
そこにさらに、ロリーゼが言葉を重ねた。
「身に余る力はその身を滅ぼします。
危険、ゆえに、あなたに全てを託しに来ました。
それでも届かぬのならば、その時は、直接話をつけるしかございませんね?」
「直接!?」
「誰とだッ!?」
どういう意味だ!? 何をする気だ!?
驚きながら聞き返そうとするも、二人の姿は……すでに消えてしまっていた。
男とゴナンが目を見開く中で、モリィとロリーゼの二人の夜会デビューは終了してしまったのだった。
【壁の上のおじさん】
わりと高い地位にはいたのだが、国の命運をかけた異世界誘拐事件を阻止できるほどの権力はなかった文官であるおじさん。
不運にも事故現場に居合わせて、しかもそれは誘拐された渡り人の逃走現場。彼は決断を迫られた。
…そこから【火魔法】で撃ち仕留めるべきこの瞬間を『国の財産である渡り人を勝手にを殺せない』と言い訳しながら見逃して、その指で、出口の方を指さした……逃がすことだけで精一杯の彼だった。
彼の決断は、愚行とか英断とか後に色々評価されることになるのだが……いずれにせよ、彼は歴史上の人物の一人となってしまったのだった。
【夢魔の尻尾】
今日は外しています。
…服の下でピコピコ動くとまずいので。




