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ルナ・レナリンは宮廷魔術師団の副団長で、王の護衛である。
副団長としてこの王都を、王の盾として人族の王を、長年守り続けてきた。
人族と森人族との混血である彼女は半魔――半分魔物――などと陰口をたたかれることも少なくない。
それでも彼女は、その美貌と実力で愚か者達を黙らせてきた。
輝く銀髪、尖った耳に凛とした表情、小さな口から放たれる「黙れ」という『詠唱』。
会議に出席したからには意見を出せ半魔の魔女め、と言われたから、いつも通りにボロカスに意見とやらを出してやったら全員が石のように口をつぐんだから、はじめから沈黙の魔法など必要なかったのだが、ついイラっときて、やってしまった。
無意味な調査、無意味な出兵、内容の半分以上が虚偽の無意味な報告書に加えて、新しく迎える養子王子が支持している新しい勇者の為の新しい神器の盾が、欲しかっただと? 公費を投じて新たな火種を作りに作ったその挙句に、その火消しを、私にやれ、だと? フフフ…それなりの覚悟の上でその冗談を……と忌憚のない意見をさぁ今から出してやろうとする、その前に、すでに怯えきった子犬のように半泣きの連中に何を言っても無駄と分かって……
…退席した。
驚くほどに、いつも通りの会議だった。
どこぞの愚か者どもの権力争いに宮廷魔術師団を巻き込もうとする、各派閥の愚か者達。
彼女は辟易していた。
王の養子だの次代の勇者だのは、どうでも良い。
そもそも王も勇者も健在だ。
なのに、なぜ騒ぐ。
気に入らなければ投げ捨てれば良いと思っている者達。
なぜ現役の彼らに助力しない? 支える者達を育てない? 実績を積み重ねない?
今の王や勇者と利害が一致しない連中が、民ではなく自分のための都合の良い駒が欲しいだけ。
よしんば利己心で始めたとて、それでも国や民の未来の利益に繋がるのならばまだしも、誰一人として後のことなど考えていない。
いまに始まった話では無いが、いつまで経っても改善の兆しが無い。
回廊を歩くルナ・レナリンは一人、ため息をついた。
「レナリン様」
視界の隅には見えていた。この回廊でわざわざ彼女を待ち伏せしていたその男。
「異世界勇者召喚担当殿」
「おやめ下さい、その役職名は」
存在意義が疑わしい役職に、まったく関係が無いのに強制的に任命されて、栄誉ある職務を全うせよと言われてしまった気の毒な男である。組織の恐怖がここにあった。
それでも真面目に取り組もうとしている彼に対しては、同情もあった彼女。
男がルナ・レナリンに問いかけた。
「歩きながら、お話をして構いませんか?」
「どうぞ」
ルナ・レナリンにうながされて、男は隣を歩きながら報告を始めた。
「先日お話しした、英雄の盾があるという森の件ですが」
「調査団が失敗したという報告は、聞いています」
周囲には二人の他は誰もいないとはいえ、立ち話できる内容では無い話が続く。
「その後、四百の兵が進軍し、全滅しました」
「…そうですか」
驚きよりも呆れの顔でルナは返した。
あの森の件、調査結果を受けて即座に進軍すべしという動きがあることは彼女も知っていた。
まだ神器は誰の手にも渡っていない、ならば急いで自分達もそこに一枚噛むべきだ、とでも思った者が大勢いたのだろう。
だが、四百。加えて、すでに全滅とは……無計画にも、拙速にも、ほどがある。
彼女は思わず返してしまった。当然の結果だ、と。
「その森の守り手は幻術使いだと分かっていたのでしょう?
私が彼の者の立場であれば、どうとでも罠を張って迎撃できます……なんですか、その書類は?」
眉をひそめたルナ・レナリンに、書類を差し出した男は言った。
「ご覧頂いた方が早いかと、揉み消される前の報告書です」
とても不満そうに受け取りながらも、さっと目を通していくルナ。
二人の歩みは止まっていた。
そしてルナの整った眉の間にさらに深いしわが刻まれた。
「…途中で幻術は解けたものの、引っ込みがつかずに、互いに殺し合った末に全滅」
「…はい」
ルナは報告書の内容に、男はルナの読解の速さに、それぞれ驚き合った。
驚きながらも男が補足した。
「その報告は逃走した兵達の証言にもとづくものです。
表向きは、脱走を正当化しては軍として成り立たなくなるという理由で、この報告は破棄されました。
迷いの森の魔物達によって兵団は虐殺されたという報告になる予定です」
迷いの森の森守は幻術使いだ。
たった一人の幻術使いに、複数の有力貴族家から派遣されたという兵団が無様をさらしたなどと、記録に残せるわけがない。
…という政治的な背景を察したルナは冷え切った目で書類を返して、吐き捨てた。
「そんなもの、逃走では無く逃げろと命令した、とでも誤魔化せば良いでしょう。
敗北の原因を隠してどうする? また同じ手法で敗北するだけだ。
守るべき真実と、つくべき嘘が、まるで逆だ」
嘘の報告を作って、次の犠牲者を誘発してどうする?
敵が森の魔物である場合と、罠を張って待つ魔法使いである場合とでは、まるで事情が違う。
ルナ・レナリンは苦々しく続ける。
「仮に、百歩譲ってその『英雄の盾』とやらを手に入れる必要があったとしても、他にやりようはあるでしょう?」
交渉にせよ根回しにせよ、それこそ周辺領主や住民達を懐柔することも含めて、試すべき手はいくらでもあるはずだ。
四百の兵を動かすだけの予算、そして命。それらを消費して残ったものは、不和である。
「数ある手の中でよりにもよって、暴力、暴力、そして隠蔽。
なぜ真っ先に悪手を選ぶ? 身の毛もよだつ度し難さだ」
「身の毛もよだつ…」
王国最強の魔法使いと呼ばれるレナリンに恐ろしいと言わせるほどの愚かさ。
この国の文官の一人として、痛い頭を軽く振り払い、男は続けた。
「…コホン。
現在、周辺各領で遺体の回収作業を行っており、中央に対して猛烈な抗議の書簡が次々と、時報の鐘のように届いているそうです」
「それ以前から、調査の段階で山のように苦情が届いていたでしょう?
あの周辺の三領と商人組合、薬師組合を敵に回してまで、何がやりたいのです?」
「よ、よくご存じで」
森を囲むのは東南、西、北の三つの貴族家。
そして森でとれる貴重な素材が主に薬の素材として珍重されているというのが、この森の周辺事情である。
そんな森を守っているのが、二年前の「召喚した渡り人の逃走事件」と同時に現れたという「森守」だ。
宮廷魔術師団として、ルナ・レナリン個人として、それぞれの情報網から彼女は事情を知っていた。
そこに、まだ彼女が得ていない情報を男が話す。
「そして、森の東の領主であるドイール伯が夜会を開くそうです」
「夜会?」
「はい。自領に近い森で続く惨劇について、暗い空気を払拭したい、という名目らしく」
よそ者達が勝手に死んだ森の騒動に、自分達は関わっていないということを内外に見せたい意図らしい、表向きは。
「そこに私も招待されております」
「あなたが?」
「正確には私の上司や、上のお偉方の代理や代表として、私が送り込まれることになりました」
文官の上層部をわざわざ辺境領の夜会に呼ぶ。
転送門で行くのだから距離は問題にはならないが、中央の兵が大量死した直後に、公爵でも侯爵でも無い、伯爵が中央から人を招く。しかも急に。
いろいろと無理がある中、それでもあえて呼んでいる。
「間違いなく森の件で呼んでいますね」
「…レナリン様も、そう思われますよね」
夜会の目的自体が、中央から高官を呼ぶことなのかもしれない。
そしてこの男がルナ・レナリンに話したかった本題も、これだった。
「…宮廷魔術師レナリン様。忠告や警告があれば、度し難き文官達の一人である私に、ぜひ助言を頂きたい」
男は恭しく頭を下げた。
さほど仲が良い二人でもないし、王の盾と呼ばれる大魔法使いから見れば彼は有象無象の一人だろう。
それでも男は必死だった。
彼なりの取引のつもりで、機密であるはずの情報も含めてそれなりの誠意を見せたのだろう、とルナ・レナリンは判断した。
すでに知っていたものが大半だったが……それでも対価に見合うものを返すべく、彼女は彼をじっと見つめて、回答した。
「死相が出ていますよ」
なんとなくだが、その夜会には嫌な匂いがする。
ここまでの報告以上の、想定外の何かが起こる予感がする。
長年の経験からくる彼女の直感がそう告げていた。
「…不思議と私も、そう思うのです」
疲れたように笑う男は、こう続けた。
「それでも、私にツケが回って来たのでしょう。
…あの森には、誰が居るか、ご存知ですか?」
「……」
ルナは口をつぐんだ。
知っている。むしろこの男がどこまで知っているのか。
そして、まだ「片方の一人」しか知らない男は懺悔を続けた。
「立場上、国益のために渡り人を召喚しない理由など無かった。それに代わる案など私には無かった。
それでも、彼を逃がしてしまった。逃がすことしかできなかった。
何もかもが中途半端だった」
壁の上から、出口に向かって指をさす。それが彼にできた全てであった。
「逃がすくらいなら始めから誘拐などしなければ良いものを……きっとそのツケを払わされる、そんな予感がするんです」
そして二年後、あの少年が待つという森に吸い寄せられる事態となった。恐怖以外のなにものでもない。
だがせめて、つい先日全滅したという四百近い兵に無駄に「1足す」だけの結果は避けたい。せめて国の利益になれば……と、彼は自虐めいた疲れた笑顔で、ハハハと嗤った。
ルナは静かに首を振った。
彼らの愚行を肯定する気は全く無いが、分かっていながら拒めない境遇にあるこの男を糾弾しても意味は無い。
ゆえに彼女にできる提案を、差し伸べた。
「回復薬をご用意しましょう」
死んで来い。そう受け取れる辛辣な言葉だが、意外な彼女の提案に男は目を丸めた。
「…よろしいので?」
「死ぬ前に飲めば、一度だけなら持ち直せます」
レナリンの薬ならば、死者でも蘇りかねないだろう。
思わぬ申し出に、男は苦笑しながら別のものも強請ってみた。
「それならば胃か頭髪に効く薬ってありませんかね? 両方ともボロボロなので」
「わがままですね。命があれば十分でしょう」
「とんでもない、切実ですよ、ハハハ」
見た目は少女の魔法使いが中年男に生意気なことを言っているように見える光景だったが、ルナ・レナリンの方が彼よりもはるかに年上である。
そんな彼女が、老婆心ながら彼に用意した回復薬によって、彼は本当に「持ち直す」ことになるのであった。
【レナリン】
最強の魔法使いと呼ばれる一族。
宮廷魔術師団の「団長」は、いざという時に責任を取ってクビになるための役職なので、レナリンの一族が古くから「副団長」の席を守り続けている。
もちろんそれは世襲ではないし、むしろ優秀な誰かに譲ってさっさと引退したいくらいのルナ・レナリンであったが、実はすでに一度引退した後に引き戻されて今、副団長の彼女である。もはや引退すらも許されない。
「王命で国外追放とかにして頂けませんかね? ご褒美だと思って」「え、何言ってるの!? やめてよルナちゃん!?」
いっそこの隣の王を火球で焦がせば私も自由になれるだろうか? と心の中でつぶやく彼女に「口に出てるよ!?」とツッコミを入れる王であった。




