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帽子人達がここに来ていたのは、森の素材の採取が目的だったらしい。
珍しい素材を探し求めて日夜さまよい歩いて、拾い集めては、壺の中に入れてグルグル煮込むのが彼ら帽子人の習性だ。
壺で煮込む関係上、彼らは渓流などの水場にいることが多い。
…というよりも、飲食や睡眠が不要な彼らは放っておくと夜通し壺を煮込んでしまうので、家妖精が「よそでやりなさい!」と怒った結果、誰にも迷惑をかけない場所を探して彼らは壺を煮込むのである。
そんな彼らに、さっき二人が見つけたミシリーの木の話をすれば、彼らは激しく食いついた。
「おぉ! それは興味深い!」
「我々も是非ともその場所に!」
「連れて行って欲しいですな!」
「煮込まねば!」
「…煮込む前に中身は確認した方が良いのだ」
そんな二人と四人で移動する中、モリィは帽子人達に近況を説明した。
王子を名乗る者が来て、なにやら脅しをかけてきて、もしかしたら軍で来るかもしれないと。
だけど帽子人達の興味はすっかりミシリーの木の方へいってしまったようで、「では、その軍にミシリーの実をぶつけてみては?」「むしろ王子にぶつけてみては?」などと議論(?)しだすという有様だった。
話す順番を間違えてしまったことを少しだけ後悔したモリィだった。
そんなこんなでやって来た、そのミシリーの木のはえる場所。
ちょっと衝撃的な出来事だったので、どの実を叩いたのかロリーゼはばっちり覚えていた。
「この実なのだ」
「どれどれ?」
背の低い帽子人をロリーゼが子供のように持ち上げて、帽子人がポスポスと実を叩いてみれば、やはり中からコンコン♪ と音が帰って来た。
「では早速」
「躊躇ないですね?」
モリィのツッコミも気にせず採取用の小さなナイフをスコンと実に突き立てて、ススーっと切れ込みを入れた帽子人。
日頃から使う道具だからなのか物凄い切れ味のナイフだが、いきなり刃を入れて爆発でもしてロリーゼが怪我でもしたら大変だからやめて欲しい……帽子人達が沼にはまっていた理由(=危機意識が足りない)の一端を垣間見たような気がしたモリィであった。
そして、切り開かれた実の中から、
「バァ!」
「「!?」」
出てきたのは妖精さんだった。
想定外のかわいらしさに思わずときめいてしまったロリーゼの一方で、研究者肌の帽子人は確認した。
「中で巣食っていたのですかな?」
「実を食べた動物の体内にそのまま寄生するのでは?」
「蛹のようになっていたのでは?」
「中に封印されていたのでは?」
「夢が無い連中なのだ」
「巣食って…」
…確かに桃から生まれた桃の太郎さんも、桃の中に巣食っていたとも言えないくもないが、こうやってミシリー太郎さんが一般的な世界なら今後は果物を切る前には細心の注意を払わなければならないのだろうか…と身震いしたモリィに、妖精さんは「違うよー」と訂正した。
「かくれんぼしてたのー」
「ほうほう、いつから隠れていたのですかな?」
「んーとね、 …ずっと!」
妖精時間でのずっとは、本格的にずっとである可能性が高い。
「…そろそろ外に出て、ほかの遊びにも挑戦するのだ」
「えー」
他の実をコツコツ叩いたモリィが「空っぽかな?」とつぶやくと、帽子人達が中身はどうか、他はどうか、と急かすので、今度はモリィが帽子人を実の近くへと持ち上げた。
「おや、確かに中身は空っぽですな」
確認してみた実はすべて空洞になっていて、帽子人達は「まだ決めかねているのでしょうなー」と結論付けた。
…決めかねているって何だ? 誰が、いつ、どういう基準で中身を決めているのか? 他のミシリーの木もそうなのか? と色々と増えそうになったその疑問は「…なるほど」の一言で水に流すことにしたモリィとロリーゼだった。
この森が不思議なことは今に始まった事では無い。
ひとしきり調査を終えた帽子人に、モリィが提案した。
「ひとまず今日はうちにきて、服の汚れを落としませんか?
あと、それとは別に相談がありまして」
「おや、なんですか、なんですか?」
「帽子人さんって、いつも大きな壺を煮込んでいますよね?
あれと同じ感じの、もっと大きなやつが庭に欲しくて」
「なにやら恐ろしいことを企んでいるのだ」
きっとお風呂のような生ぬるい施設の話では無い。モリィのスコップを見て逃げ出した触手魔獣の姿を思い出すロリーゼだった。
その後も二人と四人ともう一人は、森をあちこち歩き回って、近隣の住人達に声をかけていったのだった。
そしてそろそろ陽射しが傾きかけた森の中、ぞろぞろと家路へと歩いて行った。
「ロリーゼは」
隣に歩く彼女にモリィは言った。
「今回は、ゴナンのところに避難しておかない?」
「どうしたのだ、急に?」
森にある何かを求めて略奪者がやって来ることは珍しいことでもない。
だが、今回は自称王子がやってきた。
…彼らの目的は英雄の盾だけではない、かもしれない。
「…いつも勝てるとは限らないから、怖いんだ」
「なんだか今日は弱気だにゃー」
「いつもそうだよ。
僕は幻術しか使えない。沼も岩も防げないし、すぐに死ぬ。
それに僕は誰かを殺すかもしれない。ロリーゼの知っている人か、知らない人を、殺すかもしれない」
足を止めたロリーゼに、モリィは振り返った。
「なにより、ロリーゼが傷つくかもしれないのが怖い。
いや、ロリーゼに失望されたり怖がられたりするのが、怖い。
…幻が、消えてしまうのが怖いんだ」
「まったく、しょうがない旦那さんだにゃー」
怯える彼に、彼女は苦笑した。
モリィは強い。
その威力、効果範囲、持続時間、まさに神の御業にふさわしい魔法の使い手だ。
この森で彼が無敵であることは、ロリーゼは何度も目撃してきた。
彼は臆病だ。その臆病さが、彼の幻術をさらに深く鋭く磨き上げていく。
彼は甘い。その甘さが、侵入者達の命を何度も救ってきた。
その弱さが、彼を魔物ではなく森守にしているのだと思う。
ここにいたのが竜ではなくモリィだったからこそ、私もここにいたいんだ。
「…それを言うなら、ぜんぶ幻みたいなものだにゃー」
「…ぜんぶ?」
「私は、人に命令することしかできなかったのだ。
自分では料理も作れない、服も縫えない、土地を耕すことだってできない」
かつての自分を思い出しながらロリーゼは語った。
「もちろん、人が集まって何かをつくるには、人をまとめる役が必要なのは分かっている、けど…」
それは不安で、そして虚しかった。
「…いちいち上下をつけるために、相手の弱点を探してねじ伏せる。
権力、財力、暴力、相手の弱点を読み違えてしまえば、私が死ぬ。私が死ねば、その配下も死ぬ。
財産や領民の『数』を減らさないように、『形の無い力』を振り回す、その方法を一生かけて学んでいく。
それでも、百人救って十人殺せば、誰も感謝なんてしてくれない……それは、分かっていたのに」
そして自分も、その殺される十人の方だった。
「…それすらも全部、私は失った」
…けど、失った、だけではない。
「…はじめてモリィの家にいった時、不思議だった。
家妖精さんとモリィのいるあの家の雰囲気が、くすぐったくてそわそわしていた。
それが家族の温かさなんだって、初めて気づいて、泣いちゃったよ」
「ロリーゼ」
「でも、少しだけ、ホッとした。
私の知らないどこかで、きっとこういう家族があって、その領民たちの家庭を一つでも守ることができていたのなら…って。
使用人の皆が私に言っていたことが、私に何が『ちゃんと守れていた』のかが、やっと分かった」
すべて失った後だけど。
…それでも、あの場で自分が死んだことになったことすら、まわりまわって領民達にとって利益になったならばと、今は思う。
「湖の妖精さんも言っていた。覚えている、モリィ? この森は――」
ロリーゼにうながされて、モリィは続ける。
「――この森は、追われし者達にとっての最後の楽園」
「何人たりとも、その奥には触れさせない」
視界の外でうなずいている帽子人達と妖精さんには気づかずに、二人がうなずき合った。
「モリィ、それはあなたにとっても」
「ロリーゼ、君にとっても」
「だから、みんなの森を一緒に守るのだ」
一緒に。
胸の中を温かくするそれを知ったのは、モリィだって同じだった。
ロリーゼがここに来てから、家妖精さんが良く笑うようになった。きっと自分もだ。
ロリーゼみたいな、名も知らぬ領民のためになんて立派な理由なんかじゃない。
誰かを助けると、ロリーゼがうれしそうに微笑んでくれるのが、うれしいんだ。
「…ありがとう、ロリーゼ」
「あんまり頼りないことを言うと、モリィだけゴナンのところに避難させるのだ!」
ロリーゼの叱咤激励に「その通りですなー」と帽子人や妖精達まで同意して、「それは困るよ」と笑い返したモリィであった。




