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迷いの森で、迷わす係  作者: なかの千五
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 (さわ)やかな緑の風と木漏(こも)れ日を浴びながら、森林浴の気分で目を細めた森守のモリィ。

 その隣には、鼻歌でも聞こえて来そうな軽やかな足取りで一緒に歩いている夢魔のロリーゼ。


 いつもの森の見回りをかねたお散歩(さんぽ)なのだが、今日はあの「英雄の盾」とやらの件もあった。


 詳しい事情は知らないが、どうやら国の偉い人達が森のアイテムを狙っている。

 こちらがお断りしたところで彼らはきっとやって来る。

 それなりの規模か回数で「侵攻」してくることになるのだろう。


 モリィが森守になった一年目もそうだった。

 結構な数の侵入者達を撃退した。


 きっと、まただ。

 だからモリィは森の住人達に(あらかじ)め知らせて回っておくことにした。

 知っていても知らなくても森の住人達は関係なく彼らを迎撃するのかもしれないが、それでも心の準備ができていた方が良いと思うというモリィの提案にロリーゼも同意した。

 そして二人は、今日は森のみんなに挨拶して回るつもりであった。



 少なからぬ落ち葉や柔らかな土の感触は心地よくもあるが、平地と違って足を取り、それなりに体力を消耗させる。

 それでも二人の歩みは速い。魔法の力で運動が得意なロリーゼと、この周辺を日々歩き回り続けてきた森守の二人にとっては慣れた庭のようになっていた。



 特に迷うそぶりもなく歩いて行くモリィの隣でロリーゼが感心した。


「旦那さんは良く森の方角が分かるのだ」


「そう言われてみれば、そうだね。

 …もしかしたら、女神様の力のおかげなのかもしれない」


 モリィが女神から授かった【夢幻】という幻術を操る能力。

 これには相手を惑わす効果と同時に、自分が惑わないという効果もあった。


 モリィの扱う幻術は、視覚、聴覚、嗅覚、触覚に、はては味覚に至るまでのすべてを(だま)すことができてしまう。

 モリィが想像できる範囲であれば、あらゆる嘘の感覚を相手に染み渡らせて思考の誘導までできるという、恐ろしい魔法だ。


 そして、その反対に現実を見抜く力もある…ような気がするとモリィは言った。


「なんとなく、現実とそれ以外の境界がはっきり分かる…ような、気がして?

 たとえば、空から光が差し込む方向から時刻と方位が推測できたり、地面にうっすら残った足跡が、新しいか古いかも含めて分かったり」


 獣によっては、自分の足跡をそのまま後ろに踏み進めながら引き返して、横に飛んで逃げるものもいる。

 その後から追跡すると、途中で急に足跡が消えたように見えるという騙し方だ。


「その足跡が、本当の足跡なのか、騙そうとした足跡なのか、理屈抜きで分かっちゃうんだ。

 そういう無意識のいろいろの組み合わせで、なんとなく森の雰囲気が分かるんだけど…」


「なんだか一流の猟師みたいな話だにゃー」


「…だけど、そろそろ確認してみようか。

 湖があるのはどっち?」


 モリィが「周囲の木々に」質問すると、その言葉に数本の木がサッと枝を同じ方向へ差し向けた。

 それは二人の進行方向と同じ、前方だった。


「距離がわからないのが惜しいのだ」


 樹魔(トレント)達に探し物の「方角」を聞きながら歩いたら、想像以上に遠くにあったこともある二人である。


 …そして、不意にお腹がクゥと鳴って、ロリーゼは(ほほ)を赤らめた。


「…ずっと歩きっぱなしで少しお腹が空いてきたかも」

「うん。湖に着いたら昼食にしよう」


 ロリーゼ達の言葉を拾って木々の一本が、サッと枝を動かした。



「んっ?」

「なんだろう、何があるのかな? …湖から離れそうだから、後で行ってみよう?」



 二人はそのまま歩いて行き、ほどなくして、木々を抜けた視界の先に湖が広がる光景を見た。



「斧の妖精さん、いるかな?」

「『湖の』妖精って呼ばないと怒られるのだ」


 二人が湖を見渡してみるも、さざめく湖面以外にはそこには何も無さそう…かに見えた、その視界の隅に、


「あ。あっち」


 モリィの指さした先、少し太めの木の枝に、何かの札が下がっている。


 近づいてみれば、そこには「準備中」と書かれていた。


「…なんの準備をしているんだろ?」

「裏は『営業中』になっているのだ」


 営業時間外なら仕方が無い。二人はそこに腰を下ろして、お弁当を広げることにした。


 モリィが【収納】スキルの謎空間からにゅっと取り出した箱の中身は、おにぎりだった。

 具は家妖精、米はモリィ、味見はロリーゼが担当した力作だ。


「旦那さんのおにぎりはとてもおいしいのだ」と言われてつい、調子に乗って多めに(にぎ)ってしまったモリィと、「…おいしいゆえに罪深いのだ」と自分のお腹をさすったロリーゼである。


 並んで座って、モクモクと食べる二人。


 輝く湖面からそよそよと寄せてくる風に少し肌寒さを感じたが、ちゃんと温かいお茶も持ってきている。

 木々が光を(さえぎ)らない開けた場所なので、上から降りそそぐ陽射(ひざ)しが爽やかで心地よい。


「ロリーゼは寒くない?」

「平気なのだ。モリィは?」


「多めに着込んでいるから平気だよ」


 今日のモリィはいつも森をさまよう時の深緑の外套ではなく、普通のハーフコートを着ていた。

 魔法がある世界のせいなのか別の理由か、薄手の布地なのに高い保温性能や丈夫さにはモリィは感心している。


 その一方で、いつも通りの水着姿と透けるベールだけの夢魔のロリーゼ。

 魔法的な身体強化やあれこれの力で、今日も元気いっぱいである。


 それでも見た目が寒そうに見えて、モリィが着ていたコートをロリーゼにかければ、ロリーゼもその(ぬく)もりに目を細めた。


 この湖畔(こはん)は森の風情を存分に感じられる素敵な席だ。

 昼の陽光も夜の星空も、ここから見上げる空は気持ちが良い。

 そして、お茶もおにぎりもとてもおいしくて……


「…あーっ!? また盗られたのだ!?」


 ロリーゼの(ひざ)の上で待っていたはずのおにぎり達の姿が、いつの間にか消えていた。


「どうしていつも私の分を持って行くのだ!」

「まだ僕のがいっぱいあるから、たくさんお食べ?」


 どうやら湖の妖精はここにいるようだ。

 それでも出て来ないところを見ると、準備中というより休業日なのだろう。


 お弁当を食べ終えて、モリィは湖に向かって「近々(ちかぢか)、軍が攻め込んでくるかもしれないから気をつけてくださいねー」と言い残して、二人はその場を後にした。



 ◆ ◆ ◆


 先ほど、木々の一つが指し示した先には「ミシリーの木」があった。


「この場所にミシリーがあるのは初めてだったよね?」

「中身はなにかにゃー?」


 両手で持つ大きさの実がなる不思議な木。

 その実の中身が、育つ場所によって毎回変わるのが不思議なところだ。


 林檎(りんご)(なし)の場合もあれば、水や油の場合もあって、その中身には節操(せっそう)がない。

 ただ傾向として、(むぎ)とか、葡萄(ぶどう)とか、玉蜀黍(とうもろこし)とかの小粒(こつぶ)の何かがミッシリつまっていることが多いらしい。


 家の近くに「米のミシリーの木」が見つかったことが、モリィがよくおにぎりを作るようになった理由である。


 二人で木の周囲をぐるりと回って、手の届く低い場所になっている実を探していった。


「これなんか良さげじゃない?」

「何が入っているのかにゃー?」


 ロリーゼがその実をコンコンと叩くと、中からコンコンと返事があった。


「「……」」



 コンコン。


 …コンコン♪



「……見なかったことに」

「…そうするのだ」


 この森は、安全なものばかりではない。

 二人は何も見なかったことにした。




 道すがら出会う妖精さんや、人語を解する熊や、物知りな(ふくろう)に出会うたびに「近々(ちかぢか)軍が来るかもしれないので気をつけて」と伝えながら歩いて行く二人。


 栗鼠(りす)に木の実を割るのを頼まれて手伝ったり、熊に拾った(びん)(ふた)を開けるのを頼まれて「その封印には触れない方が良い」と断ったりしながら、いつものように二人は歩いた。


「今日はわりと奥にいるのだ」

「こんな奥で、帽子人さん達は何やってるんだろ?」


 木々に聞きながら進んで行けば、いつもは行かない場所へと辿(たど)り着いた。

 行かない場所というのは、それだけ危険な場所ということだ。


 そして、二人が見たものは。


「おお、森守様!」

「ちょうど良い所に!」

「ちょっと助けて欲しいのですなー!」


「…本当に」

「何をやってるのだ?」


 沼にはまりながらこちらを呼ぶ帽子人達の姿がそこにあった。

 むしろもう、沼から帽子が生えているように見える状況だった。


 【収納】スキルから縄を取り出しながらモリィが叫んだ。


「もう一人は!? もう沈んだ!?」

「助けを呼びに行ったはずですなー!」


 近くの木にその縄の先端を素早く結んで、もう片方の端を持って待っていたロリーゼに「投げて!」と指示を出したモリィ。

 どうにか投げられた縄に捕まった帽子人を一人ずつ、ロリーゼが手際よく引き上げていく……夢魔は意外と力持ちである。


 無事に引き上げた帽子人達に、泥を落としてから柄杓(ひしゃく)でお湯をバシャバシャとかけながらモリィが言った。


「…本当に気をつけて下さい。ものすごく怖かったですよ」


「「申し訳ないですなー」」


 わりと頻繁(ひんぱん)にこういうイベントは発生する。つまり、帽子人達は()りていない。


 よくよく見れば、帽子人達がはまっていた沼は表面が(こけ)むしていて、普通の地面と見分けがつかない。

 こういう帽子人達の失敗を見て、森の危険さを学んでいるという一面がモリィにはあった。


「…ん? ちょっと嫌な予感がしてきたぞ?」

「…もう一人は、どこに行ったのだ!?」


 ロリーゼが大声で周囲に問うと、森の木々の中の一本が「あっち」と枝を指し向けた。


 二人と三人で急行してみれば、やはりいた。


「おお、森守様! ちょうど良い所に!」


 今度は岩の下敷きになっていた。


「本っ当に!」

「何をやってるのだっ!?」


 こうなってしまってはロリーゼの出番だ。

 すぐに飛び掛かろうとした彼女にモリィは(あわ)てて呼び止めた。


「待って! 上から振り下ろしちゃダメだ! 横からっ!」

「…うっかりしてたのだ」


 上から叩けば岩は砕けても、一緒に下の帽子人も潰してしまう。


「別に我々はつぶれても大丈夫ですなー」

「それは後味(あとあじ)が悪すぎるのだ」


 結局、二人と三人で横から岩をよいしょと押して、岩はゴロリ転がった。

 そして五人で帽子人の服についた泥をパタパタとはたき落とした。


 ちなみに、そこはゆるやかな窪地(くぼち)のようになっている場所で、坂の上には他にもいくつか岩があった。

 押しどけた岩の方はゆっくり転げ落ちた後、坂のさらに下に鎮座(ちんざ)した。


 …確かにここも危ない場所だが、あまりの事故率の高さの帽子人達に、あらためて顔を見合わせたモリィとロリーゼの二人であった。




(余談ですが、泥汚れにお湯をかけたりするとかえってシミになったりするのでご注意を……ってファンタジー小説に書くようなことでも無いですが。

 なんとなく、沼は寒かろうと思ってお湯をかけてみました)


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