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迷いの森で、迷わす係  作者: なかの千五
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 青褪(あおざ)めたロリーゼの姿に、ゴナンは心の中で舌打ちをした。


 伯爵家である自分よりも彼女が上の家格であるという覚悟はしていた。

 だが、それが王族に(ゆかり)のあるものだとは思い至らなかった。

 森守であるモリィのことしか考慮できていなかった。


 王命は断れない。

 まして地元の東ではなく出張先の西で捕まって命令されては、言い逃れのための準備もできなかった。

 それでも……本当に、他に手が無かったのか?


 伯爵家五男でもなく、商人でもなく、「案内人」としての森守との誓い。

 信頼できる者達だけを連れてくる、その約束をついに破った。

 それどころか、さらにその相方(パートナー)までも危機にさらしてしまっている。


 グッと奥歯を()みしめたゴナンの視線の先、尊大な視線の護衛二人にはさまれて立つ、つい最近養子として王子になったというその少年は、自己紹介もせず家主(モリィ)も無視して、ロリーゼに対して「お前、ロザリーか?」と問いかけた。


 返事はない。

 続きも無い。


 沈黙した時間の中で、動いたのはモリィ。

 一人、ソファーへと座りながらロリーゼをその腕の中へと引き寄せた。


「…えっ? モリィ?

 何を…

 え、まさか、ここで!? ちょっとモ…――!?」


 ゴナンは口元を引きつらせ、王子と護衛は目を丸めながら、ロリーゼのお尻にピンと逆立った尻尾を凝視した。



 長い静寂。



 あまりの痴態に絶句して立ち尽くす三人と、このままもう何もする気がないソファーの上で抱き合う二人を前に、俺かよ…とげんなりしながらゴナンが王子達にこう告げた。


覇王(ハおう)賓客(ひんきゃく)を迎える際の正式な座り方、だそうです」


 は? という反応の三人の一方で、二人だけの世界を繰り広げだしたバカップル。


「大丈夫だよー、なにも怖くないよー」

「こういう時はお尻ではなくて頭を()でるべきだにゃー」


 それでも緊張が解けたのか、固まっていた肩も尻尾もフニャリと溶けて、ロリーゼはモリィの肩にその顔をゴロゴロとうずめだした。


 やがて護衛騎士の顔が、驚きから赤面へ……そこからさらに赤銅色(しゃくどういろ)へと変わっていき、


貴様(きさま)ぁ!!!」


 激怒した護衛を前に、ゴナンが即座に切り返した。


「ここでは森守に従うようにと申し上げた!!」

「殿下の御前であろう!! 無礼者がっ!!」


「その殿下の命がかかっている! 貴方(あなた)こそ森守を前にわきまえろ!」

「この――」


 護衛騎士が剣を抜こうとしたその時、もう一方の護衛の「ヒッ」という鋭い悲鳴が割り込んだ。

 そちらを見た全員が、それを思わず二度見した。


 ギシギシと足下から徐々に石化していく、その男の姿。


 石化した自分の足を見て、震えながら何かをしようと身じろぎしたものの動けずに、血の気を失いながら自分の腰袋(ポーチ)から必死になって何かの道具を探し始めたその男は、護衛の魔法使いである。


 今まさに危機である護衛の男を無視して、モリィは言った。


「ゴナンが言ったのは事実だ。その男を連れて、もう帰れよ。森の外に出れば石化は解けるから、急げば?」


 抱き寄せたロリーゼの肩越しに見せたモリィの瞳。

 魔力を()びたその青白い眼光は、誰にも焦点を合わせるでもなく、誰も見ていない。


 その視線の前に、王子が座った。


 解呪するはずの道具がまるで役に立たずに涙目になっている石化男には目もくれない王子の様子に、もう一方の護衛の男も苛立(いらだ)ちながら着席した王子の後ろへと立った。



 問いかける王子と答えるモリィ。


「質問がある」

(きた)から()たなら、(なん)南下(なんか)しとけば?」


 そして(あき)れてつっこむロリーゼ。


「投げやりにもほどがあるのだ」



 挨拶(あいさつ)も自己紹介もすべて(はぶ)いて初対面から襲い掛かったり質問したりの王子に対して、思いついた言葉をただ口にしてみただけの森守と、ふにゃりと下がった尻尾(しっぽ)と尻をこちらに向けたままの夢魔と、イラつき護衛と石化男。

 もう、混沌(カオス)だ……その惨状(さんじょう)をゴナンは(なげ)いた。


 それでも王子と森守達の会話にならないやり取りが続いて行く。


「英雄の盾はどこにある」

「知らない」

「知らないのだ」


「隠し立てすると、後悔することになるぞ?」

「他に答えようが無いのに。 …じゃぁ、(ちょう)知らない」

「超ってなんだにゃ?」



「「……」」



 始めから険悪だった面談は、修復不能なまま決裂に終わった。


 もう帰りてぇと(うめ)くゴナンに対して、先ほどから王子の後ろに立つ護衛騎士が「貴様、なんとかしろ!」という視線をチラチラと向け続けている。

 ガン無視の森守と尻を向けた夢魔と、ゴナン。その三人で最後の標的はやはり、ゴナンだった。

 王子はゴナンに命令した。


「どうにかしろ、ドイール卿」


「森守相手に爵位は関係ないと申し上げたはずです、殿下。

 …続きは()()()()お話ししましょう」


 早く外へ、と(うなが)すゴナンに対して護衛騎士が(いきどお)る。


「一介の辺境伯風情が、殿下に口ごたえできるとでも思っておるのか!?」


「そうじゃねぇ、領主(オヤジ)がどうこうは関係ねぇんだよ!

 それでも俺はいち商人として、顧客になるかもしれないあんたらに、誠意をもって忠告してやっているんだ!」


 護衛騎士の方が伯爵家当主ではないゴナンよりも身分は上だが、それでもゴナンは「殿下の生死の瀬戸際(せとぎわ)」という大義をもって怒鳴り返した。


「ちょっと調べりゃ分かったはずだ! この森がどんだけヤベェ場所だってことかは!」


 (あらかじ)め用意しておいた言い訳。

 調べれば分かるはずの危険に首を突っ込ませたのはお前らだ、とゴナンは続ける。


「ここは英雄の盾がある場所じゃねぇ、何でもありの、何があってもおかしくねぇ場所なんだ!

 中央図書館にもその手の文献はゴロゴロある、貴族学院の歴史科で習う程度の基礎知識だ!

 ここは魔境なんだよ! ぜんぶ、分かっていて来たんだろう!」


 半分は()()()()だった。

 ゴナン自身、その情報は冒険者組合に依頼してかき集めてもらった情報であって、自分で調べたものではない。


 だが、嘘は言っていない。

 魔境は危険で、迷いの森もその一つであることは、調べれば分かる事実である。

 メンツや体裁を重んじる貴族である彼らが「調べてない」とは言い返さないだろう……たとえ彼らが、ろくに調べもせずにここに来たことはゴナンが把握済(はあくず)みであったとしても。


「それでもあんたらなら交渉できると言ったから、その可能性にかけた結果が、このざまだ!」


 そして正直なところ、ゴナンにとっては()んでいる。

 断れない王命、断るしかない状況。回避不能の板ばさみだ。


 ここで仮に、英雄の盾を王族達に引き渡させたとしても、「次」はどうなるか?

 森に眠るであろう他の品々についても引き渡せ、森ごと寄越せという話になるのは目に見えている。

 最初から断るしかない。

 これは領主家ではなく、苦労してここでの利益を作り出して来た商人としての意地でもある、ふざけるな。


「続きは、()()()()話しましょう」


 再びゴナンが繰り返した。

 どうせ()めるなら被害は最小限に、自分だけで引き受ければ十分だ。

 これはモリィとロリーゼの友として、あるいは貴族としての意地だったのかもしれない。


 …そんな覚悟を決めた、ゴナンのその目が気に入らない。

 護衛騎士が剣の(つか)に再び手をかけて――目を見開いた。


 鞘と柄。それぞれを握ったその両方の手が、石化している。



「ゴナンは、君達が無事に帰れるようにがんばっているんだよ? どうしてそれが分からないんだ?」



 冷え切った瞳に、わずかばかりの憐憫(れんびん)の色をにじませたモリィ。

 死にたがりの三人へ、残念な子に語り聞かせるようにモリィは告げた。


「この森には爵位も身分も関係ないって、ゴナンが何度も言ってるだろう?

 無事に入れるか、生きて出られるか、それだけなんだよ」


 王子やゴナンが何者であろうが、森にとっては関係ない。


「言い直そうか? どうでも良いんだ。

 この森にそのなんとかの盾が有っても、無くても、どうでも良い。

 君達がそれを探しに来ても、来なくても、どうだって良い」


 森守の仕事は森を守ること。

 森の落とし物をわざわざ数えて、誰かに届ける義理は無い……そっちはあくまで善意のボランティア活動だ。


「ここは迷いの森、そういう森だ。

 二度と出られなくても良いのなら、勝手にすれば? 僕らはもう、助けない」


 ゴナンがいたから行きは助けた。

 だが、帰りは知らない。



「無事に帰れると良いね? さようなら」



 ギィ…という魔物が笑うような音とともに、出口への扉を開いたのは家妖精の少女だった。


 それを皮切りにして、部屋中のどこからともなく、ひそひそと(ささや)き笑う声が聞こえてくる。



 クスクス、くすくす。

 帰れるかな? 帰れるといいねぇ?

 帰れるかなぁ? 帰れないかも?

 帰れる、と思う? どうだろうねぇ?

 クスクス、くすくす……



 ゴン、という音で静まり返った。


 それは家妖精の少女が扉を拳で打った音。

 その冷ややかな目は明らかに「早く帰れ」と訴えていた。


「…ああ、そういえば石化しているんだっけ?」


 モリィの言葉に、家妖精はその目をぱちぱちと(またた)いた。


 それならば仕方が無い。

 スタスタと近づき、その「足が石化した荷物」をひょいと肩に(かつ)いだ小さな少女が、家の外にあるゴナンの馬車に向かって歩き出した。


 その光景に目を丸めたもう一方の護衛の男は手を剣にかけた上半身の姿勢のまま動けない、あとは足しか動かせない。

 今度こそ、話を終わるしかないだろう。


 それでも言い(すが)ろうとする王子に、


「…ロザリー」

「もう大丈夫だよ、ロリーゼ」

「そろそろお尻ではなく頭を()でるにゃー」


 モリィが横から台無しにして、ゴナンはため息まじりに王子に言った。


「…行きましょう、殿下」


 ゴナンに()かされて恨めしそうに立ち上がった王子と、固まったままの身体を不自然に揺らしながら王子の後へと続く護衛。


 そして座ったままの二人に小さな声で「この埋め合わせは必ずする」と言い残し、ゴナンも去って行ったのだった。



【護衛魔法使い】

 彼らはあくまで護衛なので、攻撃よりも防御の専門家達である、はずだった。

 得体の知れない魔法を操る森守だと? フフフ、望むところだ! 相手にとって不足はないっ!

 …馬鹿な?! この私が…解呪できない石化、だと…!?

 それが石化では無く幻術であることも彼には見破ることはできなかったのだった。

 (本編での活動内容:登場→石化→「ヒッ」→退場)


【王子】

 もともとは「養女で王族になるロザリー」の婿として王族になる予定だった、という複雑な事情の少年。

 だが、そのロザリーが暗殺された結果、彼が養子として王族となって……その二年後のいま、目の前に彼女が現れてしまった。

 驚きながらも内心では小躍(こおど)りした王子。

 どうにか盾を優先しつつも、最終的には王命をもってロザリーも一緒に持ち帰るつもりであったのだが……

 …結局、危険な森までやって来たのに、目の前でさんざん尻を撫でられる元婚約者の姿を見せつけられたあげくに追い出される、というマニアックなプレイに付き合わされただけに終わった気の毒な男であった。


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