1(あるいは15.5)
ついに、ようやく、霧を抜けた。
森だったはずのそこは、見渡す限りの草原だった。
景色が変わったことに兵士達は皆、警戒する。
安心した直後に、魔物や動死体に襲われるということも一度や二度では無かったからだ。
彼らはそうやってずっとこの森の中をさまよい歩き、ありえない光景に戦慄しては、決死の思いで死地を脱し続けてきたのである。
それでも、ここがこれまでとは違う場所であろうことは、肌で予感できた。
フッと顔を撫でた爽やかな風は、体中にまとわりついて離さなかったあの得体の知れない怖気を優しく解きほぐしていくようで、心地良い。
ようやく長い冒険が終わった……のか? 淡い期待がこみ上げる。
手持ちの食料は既に底をつき、疲労も限界、もう一生分の苦難を乗り越えてきたような憔悴ぐあいの彼らの目の前に広がるその神々しくも見えてきた風景には、思わず涙ぐむ兵士達の姿もあった。
ここにあの「英雄の盾」があるに違いない。
彼らの思いに応えるように、温かみを感じる草原の向こうから一人の初老の男が歩いてきた。
歩いてきたというよりも通りすがったが正しかったが、兵士達は一斉に警戒の意思を各々の武器を持つ手に握り込めて、その様子に気づいた初老の男はギクリとしながら目を丸めた。
そして初老の男は、
苦難の末にたどり着いた兵団をじっと見つめて、
しばしの沈黙のあと、
重々しく厳かに、こう告げたのである。
「…あぁ~、お前さん達、やっちまったみてぇだなぁ」
……?
目をぱちくりする兵士達を前に、初老の男は一緒に連れ歩いていた驢馬の背中からそそくさとズダ袋を一つ降ろして、彼ら兵団を刺激しないような距離にドサリと置いてその袋の口を押し広げた。
袋の中身はたくさんの林檎の実だった。
「まずは、それ食って。
落ち着いたら村に来なされや」
いやに手慣れた様子でそれを告げると、初老の男は彼らに何も言わせぬままに、驢馬を連れてゆっくりと歩き去って行ったのだった。
飢えきった兵士達の鼻に届くほのかな林檎の甘い香りが、彼らに再び疲労と空腹という言葉を思い出させた。
だが、おい、ちょっと待て。
嫌な予感は既に彼らにもあった。
あの初老の男。
なぜ驢馬を連れ歩いていて、農作物のようなものを置いて去って行った?
さきほど彼はじっと見て、何を探して、どうして「やっちまった」と判断した?
そもそも「やっちまった」とはどういう意味だ?
その答え。
初老の男が探していたものは、森の案内人だった。
森の東西南北にある街の中でもごく数人しかいない『案内人』。
『森守』が認めた彼ら案内人の手を借りない限りは、この迷いの森を無事に歩ける保証は無い。
村の者なら誰もが知っている。
『森守』の機嫌を損ねてはいけない、と。
それは森への畏怖であり、盟約であり、優しさだ。
互いの安全を守り尊重し合うことこそが、森から糧を得て森とともに生きる者達にとっての、最低限の礼儀である。
この森を訪れる誰しもに、必ずそう警告している。
それにも拘わらず、草臥れ切った兵士達が案内人も連れずに森の中からぞろぞろと出てきてしまっている。
ならば、おのずと答えは見えてくる。
だから初老の男は、彼らを刺激しないように林檎をお供えして、そっとその場を立ち去ったのだ。
林檎の代金はちゃんと後で村から支給される、余計な争いがおきないように村ではそういう「対応マニュアル」になっているのだ。
そして兵士達。
長い長い苦難の道のりの末に一体どこにたどり着いたのか、彼らもじわじわと分かってきていた。
危険な森の中を這いまわり罠のごとき地形や泥濘を乗り越えて、途中で略奪して、殺したはずの住民達と魔物に囲まれ決死の思いで逃げてきた。
すべては正義のために、森の苦難を、乗り越えてきた。
そして、出口である。
東から入った彼らは死闘の末に、西から出てきた。
襲い襲われしただけで、彼らが得たものは何も無い。
口を半開きにして呆然とする兵士達の頬を、「元気出せ」とでも言うかのように、風が、再びそっと撫でたのであった。
本作を見つけてくれてありがとうございます。
ほのぼのしたりイチャついたり、少しピンチを乗り越えたりしながら、最終的にはばーんとなる予定のささやかなお話になります。
お付き合いいただけるとうれしいです。




