説教されるアンバー
時計もない隠れ里の鬼たちは、この音を聞いて一日が始まる。
誰も音の正体を知らず、当たり前のように生活している。ジンジャーも今日まではその一人だった。
音の正体がチクタックの時計塔から毎朝シンバが鳴らしていたものだったなんて。
「さて、仕事が終わった。ジンジャー、帰りも頼むね」
考え事をしていたジンジャーは、シンバに肩を叩かれビクッと肩を震わせた。
ジンジャーは耳栓を外し、シンバの頼みを受け入れ、彼を背負い、階段を下る。
「君がいて助かったよ」
時計塔を出た直後、シンバが言った。ジンジャーはぺこっと頭を下げる。
背負っているシンバを下ろす。彼は松葉杖をつきながらゆっくりと歩き出した。そうしたのは、帰りは自分で歩きたいと、彼が言ったからだ。
「さて、今日は代理の【鐘突き】を探さなくては」
鐘突きの仕事を終えたシンバは、険しい顔つきをしながらブツブツと独り言を呟く。
「役場に依頼ーー、いやいや、あそこは手続きが面倒だから今から行っても……、ならギルドへ依頼をーー、うーん、依頼金を給料から払うとなると娘の仕送りが……」
「シンバ」
今日中に代理の【鐘突き】を探すのは難しいようだ。
あの鐘の音が無くなれば、隠れ里の鬼たちも困る。それを知ったジンジャーはある決心をした。
「カネツキ……、ヤル」
「えっ!?」
「トケイトウ、カネ、ツク」
「本当かい!?」
【鐘突き】になると答えたら、シンバに手を握られ、ぶんぶんと振り回された。
こうしてジンジャーは二年間、チクタックの【鐘突き】として働いた。
「ーーということで、時計塔の鐘は僕が突いています」
「ふーん」
二年の間に、ジンジャーはシンバから人間の言葉と文字の読み書きを教わり、カタコトから流暢に話せるまでに上達した。今では仕事を終えた後、シンバの家の庭のチェアに座って新聞を読むのが楽しみになっていたり、日記を書くことが日課になっている。
シンバの足は二年経っても松葉杖が取れず、不自由なまま。そのため、ずっとジンジャーが【鐘突き】として働いている。
腕を組みながら事情を聞いたアンバーは、返事はしたものの、納得していないといった表情を浮かべていた。
「なら、あんたの仕事は今日で終わりね」
アンバーはジンジャーに冷たい声で言い放った。
「【鐘突き】は明日から私が引き継ぐわ。だから、鬼のあんたは用無し。さっさとこの町から出て行ってちょうだい!」
「アンバー!!」
アンバーの言動に、シンバは語気を荒げた。
「命の恩人に対して、そんな言い方をするな!」
この言葉を切り口に、シンバは娘を叱る。
穏やかな性格のシンバがここまで怒ったのは初めてだ。隠れ里でいたずらをした際、父親に叱られたときと似ている。違うのは、ジンジャーの父親は頭を叩くなど手を出すところだろうか。
シンバの長い説教が終わった頃には、アンバーは「お父さん、ごめんなさい」と呟きながら大泣きしていた。
「お父さんの仕事を引き継ぐために、学校を卒業してチクタックに帰ってきたの。それは本当よ」
感情を押さえたところで、アンバーは本音をシンバに告げる。
シンバはアンバーの頭を優しく撫でた。
「長い階段を上らなくてもいいアイディアだって考えたんだから」
「なら、明日ジンジャーと一緒に仕事をやってみるといい」
「……わかった」
シンバの説教で反省したアンバーは、とても素直だった。
アンバーの件が一段落したジンジャーの意識は、無くしたハンチング帽のほうへ向いていた。鐘を突いている時にはあったから、きっと階段を降りているうちにどこかへ落としたに違いない。
帽子を町の人たちが活動する前に回収したかったが、アンバーに事情を話している内に時間が過ぎてしまった。
こうなったら仕方がない。コートのフードで角を隠して時計塔まで向かおう。
「ジンジャー、今月の給料だよ」
給料とはいうものの、シンバの家に暮らし、彼が作った料理を食べ、彼が着なくなった服を貰っているため、ジンジャーが好きに使うお金であり、おこづかいという認識だ。
ジンジャーはシンバから貰ったお金で、主にパンを買っている。人間が作るパンは柔らかくて美味しく、特に焼きたてがいい。
給料を貰いに、一旦シンバの家に帰ってよかったとジンジャーは安堵する。焼きたてのパンを買いにいこうものなら、パン屋の亭主に正体がばれてしまうところだった。きっとアンバーのように取り乱していたに違いない。
「ありがとうございます」
ジンジャーはお礼の言葉を告げた後、シンバからお金を受け取った。