鐘の音
翌朝、ジンジャーはシンバに起こされた。
「ジンジャー、出掛けるよ」
昨日、シンバに柔らかい食感のパンと不思議な味のするスープをご馳走になったとき、彼から「ジンジャー」という名前をもらった。
スープを口にしたとき、”ジンジャー”という香辛料に反応していたからだという。
ジンジャーは弾力がするマットが敷かれたベッドから起き、シンバと共に外へ出る。
日が完全に上っていないため、周りは薄暗く、ほうと息を吐くと吐息が白くなった。家の中との温度差にジンジャーは身震いがした。
「さあ、時計塔へ行こう」
ジンジャーはシンバの案内の元、時計塔へ向かう。
道中、苦渋の表情を浮かべながら松葉杖をついて歩いているシンバを見かねて、ジンジャーは彼を背負った。
少し歩いたところに、時計塔の入口があった。そこでジンジャーはシンバを下ろす。
シンバはポケットから鍵を取り出し、南京錠を外し、二人は時計塔の中に入った。
「時計塔の鐘は頂上にある」
「……」
「階段を上ってゆくのさ」
シンバは壁を支えによろよろと段差が続いている場所まで歩く。彼はその段差を一つ一つ上っていった。
ジンジャーは再びシンバを背負い、段差を上ってゆく。
階段は十二歩進むと、休憩が出来そうな平たい場所がある。上り階段は蛇腹状にあり、頂上まで延々あるのだろう。
要領を掴んだジンジャーは、階段を一段飛ばしながら上る。
「鐘を突く時間までまだ余裕がある。急がなくてもーー」
頂上までまだ距離があるから、急がなくてもいいとシンバは気を使ってくれたのだろうが、脚力のあるジンジャーにとって、一段ずつ上るほうが疲れてしまう。シンバを背負っていなければ、天井ギリギリまで飛び上がり、十二段ある階段を一気に飛び越えてしまいたい。
「ヘイキ」
「そ、そうかい。鬼って凄いなあ」
その後、ジンジャーは息切れすることなく、時計塔の頂上まで上り切った。
時計塔の天井には大きな鐘とそれを鳴らすための紐が釣り下がっていた。
「ジンジャーが飛ばしてくれたから、まだ時間があるね」
ジンジャーはシンバから朝食のパンを貰った。
二人はその場に座り、仕事の時間まで身体を休める。
「私は時計塔から見える景色を眺めながら食べるのが楽しみなんだ」
「……ワカル」
民家が小さく見え、外壁の外、シンバと出会った森も見える。
町で一番高い建物から眺める景色は、山の頂上で見た景色と少し似ているとジンジャーは思った。そういう場所で食べる食事は格別に美味しい。
ジンジャーは貰ったパンを食べる。
人間が作ったパンはとても柔らかい。よく噛むと、ほのかに生乳の甘い味がする。隠れ里では食べたことのない味だ。
「……一つ、尋ねてもいいかい?」
シンバの問いにジンジャーは頷いた。
「鬼は真っ赤な肌をしていると教わったんだが、君は私たちと同じ色をしているね」
「……」
シンバの言う通り、普通の鬼は真っ赤な肌をしている。
真夜中であれば暗闇で肌の色を誤魔化すことが出来るため、鬼が人間と接触するときは素肌を衣服で隠し、夜間のみにすること。普通の鬼であればその教えを絶対に守る。
だが、ジンジャーは他の鬼と違って肌の色が白く、人間と似た色をしている。そのため、街灯や灯りのある町に入っても、ジンジャーの正体は誰にもばれなかった。
肌の色の秘密をシンバに話すか、ジンジャーは考える。
「無理に答えなくてもいいんだ。ただ、気になっただけだから」
ジンジャーが黙り込むと、シンバは引き下がった。
質問に答えなくて済んだと、ジンジャーは安堵する。
「さて、そろそろ仕事の時間だ」
懐中時計で時刻を確認したシンバは、バックから耳栓を取り出し、それを付けた。
「これを耳に付けて。でないと大変だよ」
ジンジャーは耳栓を貰い、見よう見まねでそれを付けた。耳を塞ぐのは頭上にある鐘の音が大きいからだろう。
シンバは紐を思い切り引っ張り、鐘を鳴らした。
ゴーンという大きな音と共に、振動が来た。真下にいるジンジャーは立っている場所が揺れたような感覚を覚える。
「オト……」
この鐘の音、聞き覚えがある。
隠れ里にいたころ、朝方に聞く音だ。