チクタックの人たちは
突然、中年の女が現れ、「私はクーヘン司教に殺されそうになりました」とクーヘンを告発しても、彼の威厳は崩さないものだとジンジャーは思っていた。
しかし、クーヘンはサフラが現れるなり、青ざめた表情をしている。明らかにサフラの発言に心当たりがあるといった顔をしていた。
クーヘンの動揺は教会の兵士たちやマールにも影響しており、ジンジャーの首を落とすはずの大剣の切っ先が、地面についている。
「私は元大聖女サフラ。皆、私の名前を一度は聞いたことあるでしょう?」
サフラは大きな声で過去の身分を明かした。
二十年消息が分からなかった元大聖女の登場に、周りがざわつく。
教会の兵士たちは、サフラが本物か偽物かで判断が揺らいでいる。
クーヘンが「この女は偽物だ!」と叫んでも、彼らの耳に入っていないほどに。
目の前に現れた女は元大聖女なのか、それとも偽物なのか、答えを出したのはマールだった。
「ああ! 聖堂にある肖像画にそっくりですわ! サフラ様にお会いできるなんて、夢をみているのかしら!!」
マールはジンジャーに向けていた聖女の力を解き、恍惚とした表情でサフラを見つめていた。
聖女として、二十二年前の疫病を根絶させた大聖女は憧れの存在。きっとマールもその聖女のうちの一人なのだ。
「わたくしは二十二年前、疫病にかかっておりました。サフラ様のお力がなければ、わたくしは疫病で亡くなっていたでしょう」
マールにとってサフラは命の恩人らしい。
チクタックにサフラが来たのは、ジンジャーを助けるためだろう。
それに、サフラとクーヘンの間には因縁があるようだ。先ほどの発言からして、サフラはクーヘンに殺されかけたようだ。
そういえば、ジンジャーは昔、鬼のイズチと人間のサフラの出会いをイズチに訊ねたことがある。その時、イズチは「大怪我をし、魔物に食われそうだったサフラを助けたのがきっかけ」と答えていた。
その話を聞いて、サフラは魔物に襲われて大怪我を負っていたのだとジンジャーは思っていた。でも、怪我は魔物に襲われる前のようだ。
マールから受けていた光がなくなり、体中の痛みがひいてきた。
ジンジャーは起き上がり、サフラの傍まで歩いた。
「ジンジャー、心配したわ。あなた、チクタックの時計塔のこと一番気にしていたものね」
サフラはジンジャーに抱き着き、彼の背を優しく撫でる。
サフラの行動にその場にいた皆が驚いた。
元大聖女が鬼を心配した、と。
「サフラ様、離れてください! 彼は鬼です!!」
マールがサフラに言った。彼女はジンジャーとサフラが親子であることを知らない。鬼から離れろと忠告するのは当然のことである。
「あら、自分の子供を心配して何が悪いのかしら」
サフラはマールの忠告に反論した。
「お前、この鬼を”息子”といったか……?」
「ええ」
サフラの発言に、クーヘンが絶句している。
「ジンジャーは私の子供です。貴方に崖から突き落とされてから、わたしは鬼に命を救われ、彼らと共に暮らしていました。ジンジャーがこのような無茶をしなければ、わたしは貴方の前に現れなかったでしょう」
「鬼と……、化け物と一緒に暮らしていただと!?」
クーヘンが汚いものを見るような目でこちらを見てきた。
「汚らわしい! 兵士よ、鬼と共にこの女を殺せ!!」
兵士たちはクーヘンの命令を聞き、武器をジンジャーとサフラに向けたものの、じりじりと距離を詰めるだけで、襲い掛かってはこなかった。彼らは二人を斬ることをためらっているように見えた。
ジンジャーがマールの力で抑えつけられていないことと、マールがサフラのことを元大聖女と皆に告げ、兵士たちがそれを信じており、傷つけたくないと思っているからだろう。
「兵士よ! 武器を引きなさい」
兵士に向けてマールが叫んだ。
クーヘンの命令とマールの命令は真逆のもので、どちらの命令に従えばいいのか兵士たちをより混乱させている。
「母さん、僕がここで殺されれば、時計塔の鐘はまた鳴るんだ。この町と家族の為には僕がいなくなったほうがーー」
「そんなことないわ。ほら、見てみなさい」
「え?」
兵士たちの攻撃がこない間に、ジンジャーは自身の気持ちをサフラに打ち明けた。
サフラに後ろを振り返るように促され、ジンジャーはその通りにした。
そこにはチクタックの住人たちがいた。その中にパン屋の亭主やガイアスもいる。
「ジンジャー! よく鐘を鳴らしてくれた!!」
「そいつらぶっ飛ばしちまえ! お前なら簡単だろ」
住人たちの声援を聞き、ジンジャーはその内容に耳を疑った。
「どうして……」
どうして鬼である自分を応援してくれているのだろうか。
人間にとって、鬼は恐れられる存在。化け物だ。
チクタックの住人たちは鬼を退治しようとしている兵士ではなく、鬼である自分を応援してくれている。
「チクタックの人たちはジンジャーを受け入れていて、クーヘン司教のやり方に不満を持っている」
「二年間は無駄じゃなかったんだ」
「町の皆の期待に答えるためにも、クーヘン司教を懲らしめてやりましょう!」
「懲らしめる……、殴っていいの?」
「ええ! 思う存分暴れなさい」
サフラがジンジャーの背を押す。
ジンジャーは兵士とクーヘン司教を殴ってもいいのかサフラに確認する。加減するとはいえ、怪我をする。身体を鍛えている兵士であれば、軽傷で済むだろうが、クーヘン司教は大怪我を負うだろう。
サフラはジンジャーの懸念に満面の笑みでこう答えた。
「全部終えたら、私が彼らの怪我を治すから」と。




