時計塔の鐘が鳴る
「はあ、はあ……」
鬼の隠れ里からチクタックまでジンジャーは休憩せずに突っ走った。
全速力で走れば夜が明ける前にチクタックの前に到着できる。
ジンジャーは呼吸を整えながら、自分の背よりも高い壁を見上げた。彼は地面を強く蹴り、上方へ高く飛び、壁を飛び越え、石畳の地面に着地する。
「いった……」
高い場所からクッションのない石畳に着地したせいで、衝撃が両足に返ってくる。これが人間だったら骨折しているだろう。
足の痛みがひいてきたところで、ジンジャーは周りを見渡す。
ジンジャーが高所から着地した物音で目覚めた人はいないようだ。
チクタックの夜は飲み屋街以外は静かで人通りが少ない。
ジンジャーは半月ぶりにきた町の地図を思い出し、人目を避けながら時計塔を目指す。
時計塔の扉の前に着いた時には日が上っていた。扉は南京錠で施錠されている。
ジンジャーはポケットから鍵を取り出した。それはシンバに返しそびれた時計塔の鍵だ。
南京錠に鍵を差し込み、回すとカチャと錠が外れた。
ジンジャーは時計塔の中に入る。長い階段を上る前に懐中時計で時刻を見た。
今の時刻は六時三十分。
三十分もあるなら、余裕だ。
ジンジャーは懐中時計をポケットにしまい、十二段の階段を一歩で上り切る。長く続く階段をテンポよく上り、彼は時計塔の頂上まできた。
「……最後にこの景色が見たかった」
クーヘン司教に殺される前に、ジンジャーは時計塔の頂上から見える町の景色を見下ろしたかった。
「あと十分」
最後にここでミルクパンを食べられないのが惜しい。
ジンジャーは町の景色を目に焼き付けながら、時間を待つ。
時間になると、ジンジャーは紐を引っ張り、鐘を鳴らした。
半月ぶりに、チクタックに時計塔の鐘が鳴り響く。
☆
「……鐘の音だ」
「時計塔の鐘の音だ!」
「でも、誰がーー」
鐘の音を聞いたチクタックの人たちが、家から出てきた。
鐘の音を聞き、困惑する者。
半月ぶりに鐘の音を聞き、喜ぶ者。
司教の言いつけを破り、鐘の音を鳴らしたのは誰かと考える者。
町の人々は各々の反応をしていた。
ギルドマスターに化けたエリオルも例外ではない。
「クーヘン司教の言いつけを破り、鐘の音を鳴らしたのは誰か、そんなの決まっておろう」
エリオルは大きな声で周りにいる人たちに話しかける。
エリオルの近くにいたガイアスが豪快に笑った後、言った。
「ジンジャーが帰ってきたんだ。【鐘突き】をしにな!」
☆
ジンジャーは時計塔の階段を下る。
「そこの鬼、止まれ!!」
その途中で、教会の兵士たちが下の階で待ち構えていた。彼らは持っている剣をジンジャーに突き付ける。
「司教様を傷つけた鬼! 覚悟しろ!!」
一人の兵士が階段を駆けあがり、剣をジンジャーに振るう。
ジンジャーは兵士をサッと避け、兵士の腹部に拳を打ち込み、剣を持っている手を弾く。
その衝撃で剣が床に落ち、兵士は気を失った。
ジンジャーは落ちた剣を拾う。軽く振り回すと兵士たちが後ずさる。
階段という狭い場所で戦えば、兵士が何人いようが全員倒す自信がジンジャーにはある。
暴力で解決したくないと思っているジンジャーは、拾った剣をじっと見つめ、剣身をつまむ。
全員を倒さずに済む方法と考え、ジンジャーは剣身を折り曲げた。
鉄製の剣が、紙のように折れ曲がったのを見た兵士たちは怯えた表情を見せた。
「攻撃するなら、容赦しない」
ジンジャーは低い声音で兵士たちを威嚇する。
兵士たちは階段を下り、ジンジャーから離れてゆく。彼らが逃げたのをみて、ジンジャーは安堵のため息をつき、折れ曲がった剣を床に捨てた。
ジンジャーはゆっくりと階段を降りる。
時計塔を出ると、兵士たちと神父と聖女マール、そしてクーヘン司教がいた。
「ギルドのやつめ、嘘をついていたではないか」
クーヘンはジンジャーを見て、そうぼやいた。
「チクタックに潜む、汚らわしい鬼め。ギルドに任せず、すぐに殺してしまえばよかった」
ジンジャーは険しい目つきでクーヘンを睨む。
「【鐘突き】の仕事を奪ったのは、僕が憎かったからか?」
「それもあるが……、煩いからだ」
時計塔の鐘は町一帯に響く。観光客ではないクーヘンにとって毎朝七時に起こされるのは不快だったのだろう。
だが、それはクーヘンの都合だ。チクタックの住人と隠れ里の鬼たちは時計塔の鐘の音を聞いて活動を始める。生活の一部となっているものを、一人の都合で半月も止められるのは大問題だ。
「この鐘は、チクタックに朝を告げる音だ。煩いと感じるならこの町から出て行け!」
「なら、貴様の首をとるまでだ……。マール!」
ジンジャーは溜め込んでいた文句をクーヘンに吐き出した。
クーヘンはジンジャーの主張を鼻で笑い、傍にいた聖女マールを呼ぶ。
マールは手をジンジャーに向けて突き出し、彼女の力を解放する。眩い光がジンジャーに向けて放たれる。
光を浴び、ジンジャーの身体に激痛が走る。
ジンジャーはその場にうずくまり、痛みにもがく。
「マールが鬼の動きを止めている間に、殺せ!」
武器を持った兵士がジンジャーの元へ、一歩、一歩と歩み寄ってくる。
それでいい。
人間にとって、鬼は恐れられる存在。
ここでジンジャーが死ねば、皆がいつもの日常に戻る。
【鐘突き】の仕事も復活する。
そうなれば、シンバとアンバーは幸せになれる。
最期に時計塔の鐘を自分の手で鳴らせて満足だ。
思い残す事はもうない、とジンジャーが死を受け入れていたその時。
「待ちなさい!」
ここにはいないサフラの声が聞こえた。
顔を声のする方へ向けると、司教と似たデザインの衣を着た、サフラがいた。
サフラはキッとクーヘンを睨んでいる。
「お前! どうしてここに……!?」
「驚きましたよね? 大昔に剣を突き刺し、崖から落とした女が何故生きてるんだ、と」
サフラはクーヘンを指し、彼の過去を暴露した。




