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父と息子

 チクタックの人々は鬼が製造した酒を使い、濃度を薄めて飲むのはもちろん、消毒液、アルコールランプに加工して使っていることが分かった。

 エリオルは酒を貰う代わりに、布と薬を持ってきてくれる。それらは衣服や医療に使う。エルフである彼は鬼と人間との仲を取り持ってくれていたのだ。


 その事実を知っているのはエリオルの他に鬼の里で暮らしている人間のサフラ、エリオルの仕事を引き継いだ人間のシンバ、そして人間の町で二年間暮らしたジンジャーだけ。

 たとえ、ジンジャーが真実を知ったとしても、関係ない。酒を製造する日々に戻るだけだ。

 鬼の隠れ里に帰った久しぶりの夕食は、お祭りのように賑わった。

 夕食が終わり、家族はそれぞれの家に戻る。

 客人であるシンバは、ジンジャーの家で一夜を明かすことになった。他の家では鬼用のベッドしかなく全てが人間のシンバに合わないからである。


 サフラはエリオルが使っていた部屋にシンバを通した。鬼たちにこれでもかというくらいの酒を飲まされたので、顔が真っ赤で足取りもフラフラしていた。部屋に入る前に、酔い止めの薬を飲ませたが、効くだろうか。


「ハジカミ、人間の町はどうだった?」


 シンバがいなくなったところで、居間で寛いでいたイズチにチクタックでの暮らしを訊かれる。

 イズチの隣に座ったジンジャーはぽつぽつと二年間の思い出を語った。

 シンバを助けるために門番を押し切ってチクタックに入ったこと。初めて時計塔の頂上に上ったときに食べたミルクパンが大好物だったこと。足の不自由になったシンバの代わりに【鐘突き】の仕事を続け、人間の言葉を覚え、彼らの文字を読み書き出来るようになったこと。最近、シンバの娘のアンバーが遠くの学校から帰って来て賑やかになったこと。

 

「二年間なんてあっという間だった」

「そうか」

「もっと……、チクタックにいたかった」


 もっとチクタックにいたい。

 それがジンジャーの本音だった。

 シンバの前では強がっていたが、本音をイズチに話した途端、ジンジャーの瞳から涙がボロボロと溢れてきた。涙を服で拭っても、拭っても止まることはなかった。


「ごめんな……、お前に角があるばかりに辛い思いをさせてしまった」


 イズチはジンジャーの頭頂部にある角を撫でた。

 この角はイズチの血が流れている唯一の証。これが無ければ人間だと偽り、人間の生活に溶け込むことが出来ただろう。

 チクタックは鬼の隠れ里にはない刺激が沢山あった。

 ミルクパン、本、新聞、劇場。

 人間の作る食べ物、紡ぐ物語はとても魅力的だった。

 もちろん、鬼の生活も木々に擬態した家の建築や、酒の製造などチクタックで経験できないこともある。


「ううん、角は父さんの子だっていう証だから。朝に聞こえるゴーンって音の正体を知れて、僕は満足だよ」


 ジンジャーが夜に森を彷徨っていたのは、毎朝鳴る音の正体を探っていたからだ。

 そのときにシンバと出会い、実際にその音を鳴らすことになったのは奇特な運命だと思う。

 

「次、来るときに物語の本とか新聞を頼もうかな。人間の創った話は面白いから皆に読み聞かせたいんだ」

「俺はミルクパンというものを食べてみたい。人間の作ったパンか……、俺たちが作ったものとどう違うのか今から楽しみだ」


 チクタックを離れて寂しいが、その気持ちを紛らわすためにシンバにいつもの物資の他にミルクパンや娯楽を持ってきてもらおう。


 イズチと話し、夜が深くなってきた。


「明日から酒造の仕事に戻るが、やり方、覚えているか?」

「……かろうじて」

「やっていれば勘を取り戻すだろう。明日、鐘の音が鳴ったら目覚めるんだぞ」

「うん」


 鬼もチクタックの人々と似ていて、鐘の音が鳴ったら目覚め、仕事を始める。

 時計が無い鬼にとって、鐘の音は唯一の目覚まし時計なのだ。これが無ければ、仕事の始まりがバラバラになり、酒の味が落ちてしまう。


「おやすみ、父さん」


 ジンジャーはイズチに声をかけ、自分の部屋のベッドで眠った。



 翌朝、ジンジャーは鐘が鳴る前に目覚めた。

 懐中時計の時刻は六時。ベッドから起き上がり、時計塔の頂上へ上るため、身支度をしているところだ。

 これは【鐘突き】をしていた癖だ。いずれ癖も抜け、鐘の音で目覚めるんだろうな。

 二度寝することなく、ジンジャーは家の外へ出た。

 冷たい風が身体に刺す。寝ぼけている頭をすっきりさせるには良い風だ。


 ジンジャーはその場に座り、七時を待った。


「おはよう」

「シンバ、酒は抜けた?」

「いいや……、薬のおかげで和らいでいるけど、まだぼーっとする」


 三十分前になって、シンバが起きてきた。

 外に出てきたのは酔いを覚ますためだろう。


「抜けなかったら、また酔い止めの薬を飲むよ」

「それがいい」

「あの薬はサフラ様が調合したものかい?」

「そうだよ。鬼用、母さん用、僕用と分けて作ってくれる」

「へえ」


 エリオルが持ってきた薬草はサフラが調合する。配分は分かっていないが、鬼と人間、そしてハーフのジンジャーの薬は違うとか。


「アンバーはちゃんと鐘を突いてくれるだろうか」

「シンバがぎっくり腰した時、代わりにやってたって聞いたけど?」

「それはそれ。アンバーは朝に弱いからね。目覚ましを付けても二度寝してしまうかもしれないんだ。あの時だって、眠らないように私が気にかけてたんだから」

「……それは心配だ」


 シンバの補助があってアンバーは鐘を付けていた。

 今日は助けてくれるシンバがいない。時間に一人で起き、二度寝せずに時間までに時計塔の頂上まで上り、鐘を鳴らさないといけないのだ。


「あと何分だい?」

「1分切ったよ」


 七時まで一分を切った。

 耳栓をして、紐を引く体勢に入っている頃だ。

 三、二、一。

 秒針がてっぺんにきて、短針が七をさした。


「え……」

「音が……、聞こえない!?」


 時計塔の鐘の音は七時を過ぎても、鳴らなかった。

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