次の【鐘突き】
町の外へ運ばれるまで眠っていたら、突然身体を揺すられ、何かが落ちてきた。
あたたかくて柔らかい感触がする。甘い、花のような香りがして、胸に抱きしめると幸せな気持ちになる。
一体、これはなんだろうと思い、ジンジャーは目覚めた。彼の目の前にはアンバーがいた。
抱きしめていたのはアンバーだったという事実に、ジンジャーの身体が膠着する。何故ここに彼女がいるのか状況が読めていないが、彼女の腰に腕を回し、自分の方へ引き寄せていたのは事実だ。
アンバーから離れようにも、狭い木箱の中のため、それができない。
しかも、アンバーがジンジャーの上にのっかっている体勢のため、木箱から自力で出られない。
「どうして、アンバーがここに……?」
「ジンジャー! 私もいるよ」
「シンバっ! えっと、僕は寝ぼけていて……」
疑問を口にすると、頭上からシンバの声がした。
娘のアンバーを抱きしめていた所を父親のシンバに見られてしまったジンジャーは不可抗力であることを言葉を選びながらシンバに告げた。
「心配、したんだからねっ」
今度はアンバーに強く抱きしめられる。
ジンジャーはアンバーの背に腕を回し、彼女を受け止めた。
「シンバ、アンバー……、心配かけてごめんなさい」
「私たちのことはいい。君はよく耐えた。こんな別れ方になってしまって申し訳ない。君と一緒に寄付金を支払っていたら……、こんなことにはならなかった」
もし、シンバと共に教会へ入っていたら、ジンジャーはマールの力で正体を暴かれず、クーヘンの腕を切断することもなかっただろう。
だが、それは過ぎてしまったことだ。悔やんでも時は戻らない。
「僕の正体がばれて大騒ぎになる時がいつか来ると思ってた。それが今日だっただけのこと。シンバが悔やむことはない」
「……ありがとう。君に出会えてよかったと、心から思うよ」
「僕もシンバに出会えて良かった」
シンバに謝罪と別れの言葉を告げられ、ジンジャーはとうとう隠れ里へ帰るのだなと思った。
「ジンジャーが鳴らした鐘はあたしが鳴らす! だからーー」
アンバーは泣きながらジンジャーに告げる。
ジンジャーは震えるアンバーの背を優しく撫でた。
「言ってほしいの。『次の【鐘突き】はアンバーだ』って」
「……分かった」
ジンジャーは二年間、欠かさず時計塔の鐘を突いていた。その仕事は明日からアンバーへ受け継がれる。
ジンジャーは抱擁を解き、アンバーと向き合った。大泣きしている彼女の瞳には大粒の涙が流れている。
「次の【鐘突き】は……、君だ。アンバー」
「……うん!」
ジンジャーは【鐘突き】の仕事をアンバーに引き継いだ。
シンバとアンバーとそれぞれ別れの言葉を告げたジンジャーは、再び木箱のフタを閉められ、暗闇の中、一人になった。
少し経つと、ギルドマスターの姿になったエリオルが、部下を呼び、ジンジャーの入った木箱は衣類の入ったものと一緒に馬車の中へ運ばれた。荷物の中にまぎれてしまえば、ジンジャーの行方が皆に分からなくなるというのがエリオルの作戦である。
作戦通り進んだのはいいものの、ここからどうやって隠れ里へ帰るのだろうか。
馬車に馬が繋がれている。蹄の音からして、二頭だ。
パチンとムチが打たれる音がし、ヒヒーンと馬が鳴き、馬車が動き出した。
段々と人のにおいが消えて、馬車がチクタックから遠ざかっているのが分かった。草木の匂いが強くなったところで、ジンジャーはあることに気づいた。それと同時に、木箱が開かれる。
「シンバ!」
「……もう少し、一緒にいられることになった」
木箱を開けたのはシンバだった。
ジンジャーは木箱から飛び出し、シンバに抱き着いた。
「どうしてシンバが馬車を……?」
「まあ、それは今から話すよ」
シンバは御者の席に座り、隣に座るようジンジャーに促した。
ジンジャーはそれに従い、隣に座る。
二人並んで座った所で、馬車が再び動き出した。
「二年前、私はあの荷物を君の故郷へ届けようとしていたんだ」
シンバは、ジンジャーと出会う少し前の出来事を語りだした。




