秘密の共有
激しい頭痛も吐き気もおさまった。焼けるように痛く、かきむしった皮膚も収まった。
意識の戻ったジンジャーは血だまりのある絨毯の上に寝転がっていた。
少し上を見ると自分が被っていたハンチング帽があった。
手と足が縄で拘束されているのは、あの三人に正体がバレたからだろう。
これくらいの拘束であれば縄を引きちぎり自由になれるが、ジンジャーはそれをしなかった。
ドアが開いた。
誰かが部屋に入ってくる。
「気が付いていますか?」
「……マール」
顔をあげると微笑を浮かべたマールがいた。
「あなたの身柄はギルドに引き渡されます。そのままのほうが長く生きられるでしょう」
マールはジンジャーの行く先を話してくれた。
「わたくしはあなたに聞きたいことがあり、会いに来ました」
マールはその場にしゃがみ、ジンジャーの腕に触れた。
「引きはがした腕の皮膚も治っています。何らかの術で白くしているのかと思いましたが、そうではないのですね」
「……」
鬼は赤い肌を持つ。これが人間の一般常識だ。
ジンジャーは二年前、シンバに肌の色を聞かれたことがあった。
当時のジンジャーはシンバの質問に答えようとしたが、そこで朝七時となり仕事の時間となったため、話題が途切れた。以降、何も聞かれず生活している。
隠れ里の鬼たちの肌は赤く、白い肌をしていたのはジンジャーだけ。
「母親は、人間です。僕には半分人間の血が流れています。だから、僕の肌は白いのです」
マールの疑問にジンジャーが答えた。
どうして会ったばかりの美女にシンバにも告げていない真実を明かしてしまったのだろうか。出会った時、彼女はチクタックを”田舎”と呼んだため、良い印象を持っていなかった。
落ち着いた声で話しかけて来られると調子が狂ってしまう。
「そうですか……」
ジンジャーの答えにマールは驚きもせず、受け止めた。
自身の出自は特殊だと思っていたので、マールの反応を見たジンジャーの方が驚いていた。
「だからこの程度で済んでいるのですね」
「この程度……」
マールが造り出した光はジンジャーに相当な苦痛を与えた。
”この程度”で済まされる怪我ではないだろ、とジンジャーは不満を口にする。
マールは安堵の息を尽き、「あー、よかった」と本音をこぼした。
「てっきり、私の聖女としての力が弱くなったのかなって不安だったのよ」
マールの口調が出会った時のものに戻っている。
聖女の力が弱くなってしまったのではないかと気が気でなかったようだ。
ジンジャーの答えを聞き、そうではないと知ったマールは気が緩んだのか、不安をすべてジンジャーに語る。
「私が力を使えば、人間以外の種族は全て消滅できた。その力のおかげで私は贅沢三昧できるの。力が弱くなったら、教会から”聖女”の肩書を取られてしまうかもしれないもの」
マールはジンジャーの腕をペチペチと叩き、立ち上がった。
「あなたの秘密は誰にも話さない。だから、私がさっき言った弱音、秘密にしてなさいね」
そういって、マールは部屋を出て行った。
一人になったジンジャーは、ギルドの人たちが来るのを待つ。
アンバーの話では、シンバは昔、ギルドに所属していた。十数年離れていても、知り合いはいるはずだ。
シンバに会うとしたら、教会よりもギルドの方が都合がいい。
大人しくしていれば、危害を加えられることはないだろう。
しばらくして、部屋のドアが開いた。
ジンジャーは瞳を閉じ、気を失ったフリをする。
複数人の足音が聞こえ、彼らはジンジャーを取り囲んだ。
「鬼なんて初めてみたぞ」
「まさか、【鐘突き】のジンジャーが鬼だったなんてな」
「今は、ギルドマスターの指示に従おう。せーので持ち上げるぞ」
若い三人の男の声がする。
「せーの」という掛け声と共に、ジンジャーの身体が浮いた。木箱の中に入れられ、フタがされる。視界が真っ暗になったところでジンジャーは目を開ける。
ジンジャーを入れた箱が動き出した。彼らの発言からしてギルドの方だろう。
ギルドでシンバに再会出来たら、どんな顔をして会おうか。
ジンジャーは暗い木箱の中で先のことを考える。