シンバの後悔
「ここに戻ってくるまで随分と時間が経ってしまった……」
ジンジャーより遅れてシンバは教会に戻ってきた。
足が治ったので、帰宅し、教会へ戻ってくるまで大勢の人たちに声をかけられた。それに歩くのが久しぶりだったため、休憩を取りながら向かっていたのも、遅れた原因の一つだろう。
きっと待ちくたびれたジンジャーは、先に教会に入ったに違いない。
「二年間、松葉杖をついていたお父さんが急に自力で歩いているんだもん。皆、びっくりしてるわよ。私も……、腰を抜かしそうになった」
「はは、驚かせてしまったね」
シンバについてきたアンバーは、町の人たちの気持ちを代弁する。
それを聞いたシンバは笑った。
「今、聖女様がチクタックにいらっしゃっているのよね! はあ、早くお会いしたいわ」
アンバーがついてきたのは、聖女に会うためだ。
ブルータ王国に五人しかいない聖女たちは、女性たちの憧れの象徴であり、アンバーもその一人である。
「”寄付金”を払いに行くだけなんだから。アンバー、マール様に失礼のないように」
「聖女様の姿を見るだけよ」
口ではそう言っているが、アンバーは恍惚な表情を浮かべており、シンバの忠告を聞いているようには見えない。
シンバは浮かれているアンバーを見て、ため息をこぼした。
教会に入ると、いつも静かな聖堂が騒がしかった。
それぞれ仕事をしているシスターたちや、礼拝に来ている信者たちが一か所に固まって、背を丸くしている。
皆、聖堂の向こう側を見つめ、怯えた表情を浮かべていた。
「お待ちください!」
何も知らないシンバとアンバーは、クーヘンが待っている部屋へ向かおうとすると、シスターの一人に引き留められた。二人は歩を止める。
「その先に行ってはなりません!」
「あの、どうしたのですか? 私はクーヘン司祭に”寄付金”を渡さないといけないのですが」
「鬼が、鬼が出たのです!! あなたの代わりに鐘突きをしていた青年が鬼だったのです!」
シスターの発言を聞いたシンバは、皆が何故怯えていたのか理解した。
なんらかの理由でジンジャーの正体がバレてしまったのだ。
「ジンジャーはーー」
シンバは、怯えている皆にジンジャーのことを説こうとしているアンバーの口を塞いだ。
ジンジャーの正体を知っていました、と告げてしまったら今度はアンバーが悪者になってしまう。騒ぎが大きくなってしまうことだけは避けたかった。
シンバの行動にシスターは眉をしかめている。
「シンバ、何か隠していませんか?」
「いえ、何も。強引でしたが、私は突然のことで気が動転した娘を落ち着かせたかっただけです」
「そうですか」
「その……、ジンジャーはどうしていますか」
「拘束し、部屋に閉じ込めています。ですが、相手は鬼です。目覚めればまた暴れ出すでしょう。今、ギルドに救援を呼んでおります。ですから、この先へは行かないで下さいまし」
「シスター殿、ご心配なく。私はジンジャーと二年間生活を共にしております。彼の正体が鬼だとしても、私と対話は出来るはずです。お願いします、この先へ行かせてください」
「私も行くわ!」
「……分かりました。私は、忠告しましたからね!」
シスターの静止を振り切り、シンバとアンバーは部屋へ向かった。
「シンバ、大変なことになったぞ」
「……神父様、話はシスターから聞きました。ジンジャーが鬼だったそうですね」
「ああ。まさか、鬼が人間に変装しているとはな。だが、鬼の皮膚は真っ赤だと聞くが、あいつは白かったぞ」
神父の手には白い皮膚があった。彼の手のひらほどあり、何かの皮膚であると目視できるほど。
「うえ……、それジンジャーの皮膚? まさか、剥いだの」
「鬼にそのようなこと、出来る訳がなかろう。床に落ちていたのを拾っただけだ」
「床に落ちた……? 一体、ここで何があったのです」
ジンジャーの皮膚であると分かるなり、アンバーは真っ青な表情を浮かべた。
大きな皮膚が剥がれ落ちる状況……、どうしてそうなったのかシンバには想像つかない。
状況を知っている神父に説明を求めると、彼はその場で起こったことを語る。
すべて聞き終えたシンバだったが、それが真実だとすぐに受け入れられなかった。隣にいるアンバーも目が泳いでおり、動揺しているところから自分と同じ心情だろう。
「あ、聖女様の力は悪いものを打ち消す力があるって……、聞いたことがある」
アンバーがふと口にした。
その一言で、シンバは足の治療を受けた直後、ジンジャーの顔色が悪かったのを思い出した。
ジンジャーは鬼。聖女からすれば、悪いものに当たる。
マールはジンジャーの変化を読み取り、なにか感づいたのかもしれない。
シンバはその場にいなかったことを後悔した。一緒に”寄付金”を支払っていればこうはならなかった、と。