失態をおかす
銀行で全額引き落としたジンジャーは、四十万バリズンという大金を持って教会に戻ってきた。シンバは大勢の人たちに引き留められているだろうから、当分戻ってこないだろう。
シンバがいつ戻ってくるか見通しが立たなかったジンジャーは、先に教会に入り、神父、クーヘン、マールと再会する。
「持ってきました」
ジンジャーはクーヘンに四十万バリズンを支払う。
金額を確認したクーヘンは、それを豪華な装飾がされているバックに入れた。
用事が終わったが、シンバはまだ教会に戻ってきていない。
「そなた……、ジンジャーといったか。室内で帽子を付けているのは理由があるのか?」
ジンジャーが、ここでシンバを待っているか、それとも帰るかと思考を巡らせていると、唐突にクーヘンが声をかけてきた。聞かれたくないことを突かれ、ジンジャーは言葉に詰まる。
治療費といって高額な”寄付金”を請求する強欲なクーヘンのことだ、ジンジャーにも”寄付金”を請求出来るのではないかと声をかけてきたのだろう。
「抜け毛に悩みを持っているのなら、今であればマールの力で治すことができるぞ」
「わたくしの力を軽々しく思わないでください! 司教様でも許しませんよ」
シンバの足を治した奇跡のような力をついでのように言われれば、マールが怒るのは当然だ。
ジンジャーが常に被り物をしているのは、抜け毛を気にしているからではない。自分が鬼であることがバレてしまうからだ。
正体を知っても、友好的に接してくれるシンバは特別。問いを投げかけたクーヘンがそうではない。
「抜け毛を隠しているわけではありません。その……、帽子を被っていると落ち着くのです」
「ふむ。確かに帽子を被ってれば落ち着くであろうな」
「えっと……、用が済んだので僕は帰ります」
なぜ帽子を常に被っているか町の人に問われたら、ジンジャーは決まってそう答えていた。しかし、クーヘンは納得せず意味深な言葉をジンジャーに投げかける。
この場から早く離れたほうがいいと感じたジンジャーは、話を遮り、部屋から出てゆこうとするも、神父に遮られた。
「すまない。クーヘン様の言いつけなのだ」
「……」
逃げ道を封じられた。
どうしたらこの場を切り抜けられるのだろう。
「そなた、マールが奇跡の力を使った時、体調が優れないようであったな」
「はい」
「聖女は人の怪我や病気を治す”癒しの力”の他に、もう一つ効力がある。それが何かそなたは知っているか?」
「分かりません」
クーヘンは右手をあげた。彼の合図と共に、マールが奇跡の力を行使する。
眩く青白い光を浴びたジンジャーは再び頭痛と吐き気に襲われた。肌は火であぶられたようにヒリヒリと痛い。
「この方、苦しんでおりますわ」
マールが悲嘆している声が聞こえる。
「帽子を外すまで止めるな」
「……はい」
クーヘンは迷いのあるマールに命じた。
この痛みはハンチング帽を外すまで続くのか。だが、ここで外すわけにはいかない。
クーヘンに正体がバレるというのは、とてもまずい。
チクタックでの権力者はブルータ王国から任命された町長、次点で教会だからだ。顔なじみにある神父だけであれば、シンバが説得をし、見逃してくれたかもしれないが、首都の司教であるクーヘンはジンジャーが鬼であることを騒ぎ立て、ジンジャーと関わった者、シンバやアンバーにまで被害が及ぶかもしれない。
ジンジャーは親切にしてくれたシンバ、その娘のアンバーを守るため、激痛に耐える。
痛みに耐え、なかなかハンチング帽を外さないジンジャーにしびれを切らしたクーヘンが距離を詰めてきた。
クーヘンの手がジンジャーのハンチング帽に伸びた。
「やめろ!!」
ジンジャーはクーヘンの手を振り払った。
「きゃあああ」
直後、マールが悲鳴をあげた。
同時にマールの力も消え、激痛から解放されたジンジャーはうつ伏せに倒れた。顔をクーヘンがいた方へ向けると、絨毯に血だまりができ、そこに切断された男の片腕があった。
ああ、力の加減ができなかったのか。
そこでジンジャーの意識が途切れた。