こだわる理由
「私は時計塔の鐘の音が大好き」
その一言を切り口に、アンバーは昔話を始めた。
アンバーの母親は彼女が乳飲み子だった頃に病気で亡くなったらしい。当時、シンバはギルドに所属しており、家を出ることが多い仕事に就いていたそうだ。
幼いアンバーを育てるには家にいなくてはいけない。シンバはギルドを辞め、子供を背負いながら働ける仕事を探した。見つけたのがこの【鐘突き】の仕事だ。
シンバは幼いアンバーを背負い、毎日時計塔の頂上まで向かい鐘を突いた。
「赤ちゃんの頃から、お父さんと一緒に時計塔の頂上までいって、鐘の音を聴いてたからかな。でも、ある日お父さん、ぎっくり腰になっちゃって、一週間歩けなくなっちゃったときがあってさ……」
その間、アンバーが【鐘突き】をしていた。
鐘の音は途切れることが無かったが、その出来事をきっかけにアンバーはあることに気づいたそうだ。
「私が代わりに【鐘突き】をしてたんだけど、”面倒くさいな”って思った。同じ時間に鐘を突けばいいなら、手動じゃなくて、機械式にしてしまえばいいんじゃないかって」
「キカイ……?」
「ほら、家に定刻になったらジリリリって大きな音を鳴らす目覚まし時計があるじゃない。そういうのを時計塔に設置したら、私たちが頂上まで行かなくて済むでしょ」
「シンバの仕事、無くなる」
「そう。無くなっちゃえばいいって」
「アンバーの言ってること、おかしい。【鐘突き】が好きって言ってたのに、その仕事を無くすようなことを言ってる」
「それ、三年前の話だし。目覚まし時計の仕組みを勉強するために、私は時計を作る学校に通っていたの」
アンバーは時計を作る学校で三年間勉強していたのか。
「【鐘突き】の他にも時計塔に関われる仕事はあるわ。毎日が”時々”に代わるだけ。まあ、三年間勉強して分かったのは、この時計塔に目覚まし時計のような機能を追加するには、大きな部品を作り、それを時計の部分に設置するために大金が必要だってことね」
「大金……」
「あんたに出会う前はね、私、それを町長に提案しようと思っていたの」
アンバーの考えた方法を実行するには大金がかかる。彼女の他にも同じ考えを町長に提案した者もいるだろう。
それでもシンバとジンジャーが【鐘突き】を続けているのは、装置を設置するよりも【鐘突き】を雇ったほうが安いからだ。
「もう、お父さんが【鐘突き】の仕事をしなくても生活できるようにしたかった」
「それが、アンバーが【鐘突き】をやりたい理由?」
「そう」
「アンバーは僕が仕事を引き継いでて、驚いた?」
「そりゃ、驚いたわよ。家に帰ってきたらお父さんが松葉杖をついているんだもの。仕事を助けてもらった鬼にまかせているなんて誰も思わないじゃない」
アンバーは笑った。彼女の笑顔につられてジンジャーの表情も緩む。
「そろそろ時間かしら?」
ジンジャーはアンバーに促され、懐中時計で時刻を確認した。
七時まで、あと四十五秒だ。
ジンジャーは耳栓をし、紐の傍につく。
ジンジャーはアンバーをじっと見つめた。
「なによ」
ジンジャーの視線に気づいたアンバーは、細い目をして声をかけてきた。
ジンジャーは自身の耳を指し、アンバーに耳栓をするように促す。
「あ、教えてくれてありがと」
仕草の意図に気づいたアンバーは、耳栓を付けた。彼女が耳栓を付けたところで、定刻となり、ジンジャーは紐を引っ張り、鐘を鳴らした。