パン・オ・クレーム
ジンジャーは足に力を込め、いつもより速く走る。
時計塔に入るなり、いつもは一段飛ばしで上っている階段を二段飛ばしにした。
タンタンタンと階段をリズミカルに上っていると、アンバーの後姿が見えた。
「おはよう、アンバー」
「げっ! もう追い付いたの!?」
ジンジャーはアンバーを飛び越え、彼女が上るのを待つ。
アンバーは体力が尽きてきたのか、足をあげるのがやっとの状態だった。
「時計塔まであと五つ階段があるよ」
「すぐに追い付くんだから!」
口では強がるものの、アンバーの足取りはおぼつかない。
人間であれば、途中で休憩を取る。シンバが【鐘突き】をしていた時は、中間地点で足を休めていたとか。
負けん気が強いアンバーは、休憩を取らずに上って来たのだろう。
「おぶってあげようか?」
「いらない! あんたの力なんて借りないわ」
アンバーを心配して、ジンジャーはつい余計な一言を彼女に告げてしまう。
アンバーは虚勢をはり、ジンジャーに追い付こうと足をあげた時だった。
「あっ」
アンバーが階段を踏み外し、バランスを崩した。ジンジャーはすぐに彼女の身体を支える。
「くっ」
ジンジャーはアンバーの身体をひょいと持ち上げ、横向きに抱きかかえる。
「きゃっ、な、なにすんのよ!」
「さっきので足をくじいたかもしれない。じっとして」
ジンジャーはアンバーを抱きかかえ、階段を上る。始めアンバーは暴れたが、次第に落ち着き、胸の中にすっぽりと収まっている。
時計塔の頂上まで着くと、ジンジャーはアンバーを座らせた。
「今度はなに!?」
ジンジャーはアンバーの前に片膝を立てて座り、彼女の足を膝の上に乗せた。
足首に触れても、アンバーは痛みを感じていない。怪我はしていないみたいだ。
ジンジャーに素足を触れられ、動揺していたアンバーだったが、自分が怪我をしていないか確認するためだと知ると大人しくなった。
「……ありがと」
アンバーは小さな声でジンジャーにお礼を告げる。
「余計なことを言った。ムキにさせてごめん」
「あーあ、ジンジャーを驚かせようと思ったのに……、台無しだわ」
アンバーは頭上にある鐘を見上げ、ぼやいた。
ジンジャーは懐中時計で時間を確認する。鐘を鳴らすまで余裕がある。
「あたしのこと、ジンジャーが知ってるなら、勝手に予備の鍵を持ち出したこともお父さんにバレてるだろうし、帰ったら怒られるだろうなあ」
「アンバーが悪いから、しょうがない」
「だよねえ」
昨日、チクタックの【鐘突き】はジンジャーとアンバーだとシンバが告げてから、ジンジャーに対する敵意が薄れてきた気がする。
「まだ、時間あるわよね」
「まあ」
アンバーはバックからパンを取り出した。昨日、ミルクパンが売り切れて仕方なく買ったパンだ。シンバに食べさせたら”パン・オ・クレーム”という名前らしい。
時計塔でパンを貰うのは二度目だ。貰うタイミングも同じというのが親子らしい。
「なに笑ってんのよ。気持ち悪いわね」
二年前のことを思い出し、ふっと笑っているとアンバーがちょっかいをかけてきた。
「昨日、あんたが【鐘突き】になった理由を話してくれたから、あたしも話すわ」
ジンジャーの返事も訊かずに、アンバーは一人語る。