第二部 魔法を学ぶ
※これは第2話の分割版です。全編よみきる時間の無い方向けに用意しているものです。一気に読める方は全編版をオススメします。
さて、魔法の練習方法についてだが、それは至ってシンプル。魔力を操作できるようになれば、基礎魔法が習得できるようだ。これを生活魔法とも言うらしい。
まずは魔力の認識。これは簡単に出来た、というか出来ていた。ここに来てからというもの、全身で感じる違和感のようなもの。その正体が魔力のようだ。
常に纏わり着くような、通り抜けるような、出入りしているような感覚。時間が経つ程にその感覚が強くなるのは気のせいなのだろうか。一先ずは利になっているので良しとする。
次はこれを制御してみる。これがなかなかに難しい。指導者もなしに試行錯誤で行っているのだから、当たり前といえば当たり前だろう。
色々試した結果、手を突き出している時が1番成功率が高い。理屈は分からないが、それが最適だということなのだろう。
覚えた感覚を文章化してわかりやすくしてみよう。まず、どちらかの手を出し意識を集中させ、魔力をどう動かすかはっきりとイメージを固める。
次にイメージに沿うように認識した魔力を身体に這わせていく。同時にイメージの最後を強く反すうして連想する。最後に手のひらに一気に集めるイメージで魔力を溜め込み、反すうしていたイメージで押し出す。
手順通りに行うと隣で悲鳴がした。一緒に歩いている幼女だ。そういえば名前はなんだったか。クリス、いや違う。クリマ、これもなにか引っかかる。そうだ、彼女の名前は
「ごめんね、驚かせて。大丈夫?クリル。」
クリル。ほかの違和感に惑わされて特に触れなかったが、彼女はエメラルドの幼馴染らしい。良くは思い出せないが、高貴な家の出なのはたしかだ。
「ホントだよ。それより今のは何?さっきまでしてたのと関係があるの?」
興味津々という感じで訪ねて来るので、何も考えずに「魔法の練習だよ」と答えてしまった。そう聞いてしまえば好奇心が止まらなくなってしまうのが子供の性。もちろん質問攻めに合う。
「どうやったらできるの?」やら「どうして知ってるの?」やら「私もできるかな?」と言った具合であまり聞いてもしくないところまで行きそうになる前に、「魔法が使えるように教える」ということでておうって貰った。
改めて、先程より深く集中した状態で魔法発動の手順を踏んでいく。最後の手順を踏んだ瞬間、破裂音と呼ぶには優しすぎる音が鳴った。確認するまでもない。先程クリルを驚かせたのはこの音だったのだから。
「すごいよ!エルちゃん!木が凹んでる!」
そう言ってクリルは私の目の前にあった木を指す。確かにすごい。齢4歳程の体でそれなりに硬そうな大木を凹ませる力を使えるのだから。大魔道士なんて呼ばれる人間が居るなら、元の世界で言うところの核兵器と例えても違和感が無さそうだ。
そしてこの瞬間、頭の中に呪文のような文が浮かんできた。それも四種類。恐らくこれが件の生活魔法と呼ばれるものだろう。試しに順番に発動してみる。
「火の根源たる精霊よ 我が手に集いて姿を現せ!【ブレッシング】!」
祝福。直訳するとそういう意味の英単語だ。他の呪文の最後の単語だけは共通しているのは、なにか意味があるのだろうか。その前に魔法の観察だ。
まず魔法の効果だ。と言っても単純。火がボッという音を立てて、数秒間激しく燃え続けるだけだ。しかしそれゆえ強力だ。至近距離で使われたら、対策無しで生存することは困難だ。
火力としては日本にあったゴミ処理場の焼却炉程度はありそうだ。大きさは直径60cm程。使い方を誤れば、森で使う場合あたりは火の海になりそうだ。
もちろん、これが単なる火ならばの話だ。手から10cm程の距離しかないのにも関わらず、全く熱くない。その上火の粉は飛ばず、球形にグルグルと渦を巻いているようだ。
恐らくだが魔法として出現させている性質上、本来の火のような性質が失われているのかもしれない。聞いた話の通りに燃えるのは、何らかの方法で外部へ接触させた時なのだろう。
次に身体への影響。魔法を発動した状態を解除して、自分への観察を始める。現在、体内に留まっていた魔力が抜けている感覚がある。周りも同様にどこかへ行ってしまったような感覚だ。
この状況を利用して魔法関連の知見を広めてみよう。具体的には、魔法を発動した技術を応用し体内に魔力を戻せないかやって見る。だがしかし、集中しないとどこに魔力が留まっているか分からないので足を止めないといけない。
そういった点は魔法での攻撃全てにおいての難点だろう。そう思った後に意識を集中させていき、体のどこに魔力が留まっていっているのかを探っていく。
それは意外とすぐにわかった。腹部だ。そこを一番最初に見たのだが、理由は大きくわけて2つある。1つは体の構造的に力の出発点にあたるからだ。
どんな動きをするにも少なからず腹部から力を加えていき、最終的に使いたい部位に力を入れる。そうすることで最大のパフォーマンスを発揮する。ほとんどの武術において使われる技術なので有名な話だろう。
もう1つは体の中で最適な位置にあるからだ。もちろんたまり場の候補として肺や心臓、脳と言った重要な部分にあるという発想は確かにあった。
ただ、役割として「何かを貯めておく場所」である以上腹部が最有力にならざるを得ない。もちろん細かいことを言えば、筋肉にも貯めておく場所はあるし、なんだったら細胞一つ一つに「貯める」ための機構は備わっている。
しかし、部位ごとに見た時に貯められるものの種類に一番富んでいる腹部は、前者の知識があったとしても最有力候補であることに間違い無い。
1度思考を終え魔力を戻すための試行に移ろうとしたところ、魔力が元に戻っていることに気がついた。どうやら自然に戻ってくるらしい。周りの魔力も同様だ。
消費量的には大したことがなかったので、残り3種の魔法を使用してみる。ちなみに残りは【ブレッシング】のウォーター、エアロ、ソイルだ。こちらも英語らしい。
まずは【ブレッシング・ウォーター】。先の【ブレッシング・フレア】と同じ大きさの水の玉が出てきて、すぐさま落ちた。実にシンプルだ。しかしこれで水場を探す必要が無いように感じるが、そうでも無いようだ。
ちょっとした水溜まりができていたのが、数秒経つと蒸発してしまった。魔法によって生成されたものがどこから生み出されるのか気になっていたが、魔力というエネルギーを一時的に別の物体に変化させているに過ぎないのか。
例えるなら電気で熱を作ったり、光を発したりするのと同じだ。電気ストーブやLEDが代表格だろう。それに近い理屈で、込めたぶんの力がなくなったら電池が切れるのと同じように、発動している効果が消える。
ここでひとつ仮説を立てよう。「魔力が流れ込み続ければ魔法の効果は持続する」というもの。魔力を流し続ける方法については、おそらく魔法を発動する時の感覚の応用でいいだろう。
このまでの【ブレッシング】の効果内容から察するに、エアロは風が球形に集まりその後霧散するというものだろう。ひとまず発動し確認をとる。
問題なく予想どうりに発動したので、持続実験に移る。実験1、発動前に持続するようイメージする。これは3パターン行う。1,すぐに霧散しないイメージ。2,際限なく続くイメージ。3,魔力が無くなるまで続くイメージ。
これを行った結果1番と2番は失敗したが、3番は成功した。追加実験として、1番に具体的な時間をイメージに加えると成功した。ここからは実験結果からの考察だ。
明確なイメージがあれば、効果時間に変化を加えられるようだ。ではその範囲はどうだろうか。例えば生成サイズの変更、密度の変更、形状の変更と言ったものだ。
実際に実験にて検証してみる。サイズは1辺1m、密度は通常の半分、形状は面が正三角形の八面体。この条件を強くイメージして、【プレッシング・ソイル】を使う。
「地の根源たる精霊よ 我が手に集いて姿を表わせ!【ブレッシング】!」
生成されたのはイメージ通りのものではなく、一瞬ボロボロの土塊が生成されただけだった。しかも生成されたそばから崩れ落ちていった。追加実験として3要素一つずつを変えてやって見たが結果は変わらなかった。
ここまでの実験における情報を整理しよう。明確なイメージがあれば、魔法の効果時間を変更できる。しかし、それ以外の要素を変更することは出来ない。それどころか無理に変えようとすると正しく発動しない。
「えぇっと…エルちゃん…?」
しばらく私の動きを見ていたクリルが不審なものを見るような目を向けている。ここでしまったと思ったが、時すでに遅し。明らかに私が憑依する前のエメラルドの行動パターンと違うのだから不安になっているのだ。
「あぁ、ごめんね。放っておいて。記憶がほとんど飛んでて、どう接していいか分からないんだ。」
生きることを最優先する以上、便利なツールとしての可能性の塊である魔法に触れないのは論外だ。実験が済んでいないが、火の魔法は使えれば乾いた薪を用意するだけでいいのは労力の削減という意味でも便利だ。
「それでなんだか変だったの?」
確かめるように、不安を取り除こうとするように投げられた問の答えはシンプルだ。実際、エメラルドという人間を知っていれば変になっているのは確かだ。ならば、
「そうなの。これからも変なこと聞くかもしれないけど、出来ればその事に触れずに教えて欲しいな。」
何もエメラルドという人物になりきる必要は無い。あくまでも私として動ける道理があるなら、それを利用して動きやすくすればいい。この極限状態と言ってもいい状況下で、少しでも余裕を作る事が生存率をあげる手段なのだ