第1話 異世界への門らしい
突然なのだが、目の前で戦争のような光景が唐突に繰り広げられ始めたなら皆はどうするだろう。俺は今棒立ち状態だ。
状況が呑み込めない。そのはずなのに自分の意思と関係なく右腕が戦地へ向く。何がするつもりなのだろうか。
視界が横に移る。何かあるのかと思う前にその顔に釘付けになる。だってそうだろう。全く知らない場所なのに知ってるやつがいるんだから。
いや違う。なんとなくだがそんな気がする。何だろうか、顔か髪型かそれとも体なのか。思考にモヤがかかったようだ。分からない。ただそいつは絶望したような顔をしている。何故だろう。
そうしてるうちに絶望していそうなやつから戦地の方へ視界が再び移る。そういえば右手が熱いような気がしたんだ。
右手にはサッカーボール大の大きさの火の玉がある。いや中に岩のようなものが見えるので、この場合火がついた岩と表現すべきか。
まさかとは思ったが次の瞬間、それは発射されてしまった。疑問を持つ暇などなく、それは直ぐに着弾し大きな爆風を産む。
ここで、ハッと顔を上げる。どうやら夢のようだったことに気づく。それに安堵し胸を撫で下ろす。「良かった」と。
しかし夢というのはすぐに忘れてしまうもので、一体何に安堵していたのかと言う疑問に襲われる。が、それを忘れる程の嵐が教室に入ってきた。
「まお」と元気いっぱいに入ってきた幼馴染に「相変わらずうるさいヤツ」と塩対応をする。いつもどうりの光景だ。この流れだと部活に行こうと言ってくる。
予想どうりの返しに少しニヤリと笑って「ああ行こう」と言って荷物を持ち教室を出る。会話のキャッチボールが成立しない幼馴染には慣れたものだ
都内トップの高校に通う学生でありながら、会話のキャッチボールが成立しないという状況は、見たことないやつには想像出来ないかもしれない。が、俺には想像できてしまうのが当たり前でこのやり取りに安心する
部室に着くまでに、幼なじみと他愛ない会話をする。2年生になり大変なこと。クラスの気になる子のこと。とにかく沢山。
そんな事をしているうちに、オカルト研究会と札のかかった教室の前に着く。1年前潰れかけで、かつ教室も小部屋しか割り当てられていなかったのに立派になったもんだ。
教室に入ると1年生の2人組が3ペアいた。皆取材対象についての討論をしていた。入ってきた先輩に気づかないほど真剣なのは喜ばしい事だが、それはそれで顧問の先生などに怒られるので先に優しく注意する
皆謝罪と礼を言い、こちらも「大丈夫」と返したのを聞いてからすぐに討論に戻る。さてこちらも活動を始めようか。と幼なじみの合図と共に行動開始する。
と言っても取材は明日。休日を利用して行う予定なので、今日は機材とスケジュールのチェックが主な活動になる。
オカルト研究会は名の通り、怪談話を始めとするオカルトを調査、解析、考察をする場だ。俺たちが入るまでは3年の先輩ひとりのまさに潰れかけ。
今のように定期的に記事を作り掲載するのではなく、イベントなどで研究成果を暗い感じで発表していたそうだ。そのため部員数は減っていくばかりだったようで、先輩の代から潰れそうだったらしい。
今は、有名なオカルト話を取り上げたり、定期的に記事を作ったりするようになったりと、スタイルを一新したことで人気が戻り、ここに入るために入学してきた子もいた。
そんな同好会を立て直した俺たちだが、今はもっとマイナーで危なそうなやつの検証に手を出し始めている。
というのも、員数が増えたことで1ペアの記事作成の猶予期間が長くなったので、情報が少ないものにも手を出せるようになったのだ。
そこで今回取材するのは、少しマイナーな都市伝説。「異界への扉」というものだ。振り返りのためだ。幼馴染とも確認していくことにする。
事の発端は今から3年前の2012年3月。とあるスレッドが建てられたことから始まる。タイトルは「卒業旅行にとんでもないところに来てしまった...」
大学でできた親友と卒業旅行に来たイッチ。田舎の宿泊施設に泊まっているといった説明の後に本題に入る。
「イッチって何?」と今更な質問お投げかけてくるので、スレ主のことだと適当な説明を投げ、話を進める
なんでも、そこに泊まるのは今日で3日目。同じ旅館に泊まっていた親子が夜十時を回ったのにも関わらず戻ってこないらしい。
親子はその日を含めて後2日滞在する予定だったらしく、それで何かあったのではと女将にさりげなく聞くと、「あの人たちもかい」などという
詳しく聞いてみると、イッチの滞在する村ではある神様が信仰されている。御鏡様と言うらしいそれは、500年ほど前に現れ人々に潤いをもたらしたという。
やれ戦だと決起になり始めていた当時は幕府からの徴収が凄まじく、正に飢饉のような状態で当時はありがたがれた。当時から作物の育ちにくい場所であったため、その後も贄を差し出しては1年間の潤いをもたらしてくれたそうな。
後に神社も建てられ盛況を見せたが、それも直ぐに終わりを見せる。昭和初期の高度経済成長。その後の第二次世界大戦。1973年まで続いたバブル景気。
などと御鏡様を頼る余裕がなかったり、そもそも必要なかった時期が長く続く。大暴落を起こしたあとの産業への影響は以外にも小さくすみ、その後も御鏡様に頼ることもなかった。
しかし今になってその資料が見つかり、近隣の地域にその内容が誤って伝わって行ったらしい。それは訂正されることなく広がり続けた。
いつしかそれは、大切なものをひとつ捧げることで願いが必ず叶う神社となっていた。しかしそこまでの道は分かりずらく、遭難者が続出。
現在も立ち入り禁止の札を無視して入山した観光客が遭難する事件が後を絶たない。その中には今でも見つからない人もいるのだという。
実際の内容はこうだ。御鏡様は異界の神様。その異界では人が少なく知恵者も少ないという。食料などを渡す代わりに、こちらの人を異界に送らせてくれないだろうかという。
飢えていた住人たちは、その条件を飲み人を捧げるようになった。一年の恵を授けて下さる彼の方を御鏡様と仰ぎ称えるようになるのに時間はかからなかった。
ある時、御鏡様からご自分がいなくても異界へ送る門の設置を頼まれた。住人たちは日頃の感謝を込めて、立派な社を立てた。名を&#¥*¥神社と名付けられた。
以前発見してここまで調べたはいいものの、正直危険度が高すぎる上場所が遠いのも相まってできる気がしなかったものだ。
名前を誤魔化したのは単に出てこなかったからだ。いや、正確なことを言うと正しいと思われる名前が出てこなかった。だ。
出てくる名前は桜乃路神社。なんでも周りにある神社の総本らしい。恐らくこの神社である可能性が高い。
まあ、御鏡様を祀るために別の場所に神社を立てたのかもしれない。ということもあるので、当日は周りの神社も回ることにしている。
ここまで幼なじみと振り返りをしたのだが、1番振り返らなきゃいけない調べてないそいつは話半分で聞いていたようだ。なぜって、見たら機材の点検をしていたのだから。
一応概要だけ頭に入れた。と言うので、そう言うなら少し説明してみろ。と聞くと、今喋ったことをかいつまんで簡略的に説明した。
どうやら大丈夫のようだ。と心の中で一息付き、自分も機材の点検を始める。カメラにバッテリー。ビデオカメラや録音機、集音器、もしもの時の発煙筒。とにかく色々だ。
この点検は意外と重要だ。化学的か非科学的かの判別をする時に、機材不備という要素が無くなることでよりやりやすくなる。
いつも、オカルトの取材はとてもワクワクする。今回もそうだ。いや、いつも以上かもしれない。しかし同時に、いつもは感じていない不安感に気にしない選択をしたのは、間違いだったのだろう。
休日。俺たちオカルト研究会のメンバーにとっては取材をするにはもってこいの縛りのない一日。 今回は土日の2日間を使って取材をする予定だ。
現在午前5時前。高級住宅街の最寄り駅にしては始発が早い方なのか、既に出たあとらしい。2つ目の便まで後どのくらいだろう。
そんなことを考えているうちに、乗ろうとしていた電車がホームに入ってくる。こんな早朝に電車に乗るやつはなかなかいないと思いがちだか、意外といるもので、スーツ姿のやつが降りてきた。
こうして遠出するうちに知りあった仲故、社交辞令として軽く会釈をして電車に乗り込む。幼なじみが住む家に近い駅は次の駅だ。起こしに行くことにならなければ良いが。
そう思い、連絡が無いか携帯を取りだし確認する。通知なし。仕方なく通話アプリから電話をかけることにする。無料で通話し放題の世の中でよかった。
コール音を聞きながら、先程会釈した相手のことについて考える。なんでも最近妻の様子がおかしいとか。そこに出張が不自然に重なってそれを問い正せなくて困ってるそうな。
稼ぎが良くて、家事育児にも積極的。妻のケアも考える割と理想的な旦那のどこが不満なのか。まあ所詮は他人の家庭事情。口出しできる立場じゃない以上は考えても無駄である。
あえて彼の欠点を言うなら、趣味のオカルト研究に余念が無い事だ。趣味を持つのは良いが、時に家庭を蔑ろにする程になると考えものだ。
そんなことを考えていたら、通話が繋がる音がした。もしもし。という通話越しだと若干高くなる幼なじみの声と駅のホームにいるであろう声に安堵する。
どうやら起こしに行かなくて良いらしい。そう思いながら、どうせならと乗る電車の確認をする。今乗っている電車にそのまま乗ることになるが、如何せん幼なじみもそれを理解して乗ってくることが出来るか不安だ。
何せつい最近もやらかしたくらいなのだから、不安になるとは当然の話。にもかかわらず、1ヶ月くらい前の話。と、さも子供の頃のことというかのような口振りで返してくるから腹立たしい。
楽観視は行き過ぎると破滅を招くと、実際に体験しないと分からないのかこの馬鹿は。と思いながら通話をなるべく静かに切る。早朝に乗るがゆえの余裕。がしかし、普段電車に乗っている時に出そうになるので、今後は控えるべきか。
そう思っていると、目の前には幼なじみがおり、何考えてんだ。と言わんばかりの顔で見下ろしていた。いつの間にか駅に着いていたようだ。
2人揃ったので、今日明日の予定を確認する。目的地までは2回ほど乗り換えていくことになる。
片道2時間ほどかかる目的地の最寄り駅から更にバスで山奥まで進んでいく。これで最寄駅になるのだからそれほど田舎ということになる。
今日明日で、目的地付近にある目星をつけた神社を全て周り噂の検証をする。と同時に宿屋の女将から噂道理の話が聞けるか確認する。帰りは来たルートを逆戻りする事になるが、注意点が1つ。
バスは1日に3本。午前8時、正午、午後6時に最寄り駅発の往復便のみだ。それを逃すと電車に間に合わなくなる。週明けは通常どうり学校に行かなければならない。当然遅刻するだろう。
日本の電車は異常なまでに正確だ。田舎の電車にはあまり言えたことではないが、それでも世界的に見て病的なまでの正確さは賞賛に値するほどだ。
実際、秒単位で時刻が設定されている国なんて聞いたことがない。日本くらいだろう。逆に困る時は無くはないが田舎に限った話なので、首都圏じゃ関係ない。
思考が逸れた。まぁ、そんな正確な日本の電車故数分遅刻でもすれば週明けの雷は確実だ。もちろん2回。登校してすぐに生活指導の先生に1回と部活中に顧問の先生に1回。ちなみに同一人物だ。
恐ろしい想像を話しながらしたで2人で身震いしたが、遅れなければいい話だ。確認が済んだところで乗り換えの駅に到着。目的地までは新幹線で最寄り駅まで行く。
2人とも朝食がまだなので、弁当を買ってから乗ることにする。幼馴染のチョイスはスタミナ弁当。正直どうかと思ういろいろと。
俺はと言うと1番バランスの良さそうなものを選んだ。幼馴染には「ゲテモノはどうかと思うぞ」と引かれたが気にしない。
新幹線に乗り発車を待つ。予約席故なのかは知らないが一定数人はいる。数人程度で座席がスカスカだが。
電車が動き出す。バカはウキウキが隠せないらしく、楽しそうな表情で窓を見ている。男ふたりの旅の何が楽しいのやら。
かくいう私も幼心と意識しなければ目の前のやつと同じことをしそうになる。こういう気持ちがなかったらオカ研には入ってなかったと思えばイイ子ぶってても結局同類ということだ。
そこから目的地までの旅は非常にゆったりとしたものだった。何せ新幹線では2人とも半分以上寝ていたのだからゆったり以外の表現のしようがない。
目的地に着いたアナウンスの音で目覚めた俺は、まだ夢の中の幼なじみを揺すって起こし、荷物をまとめる。まだ夢見心地のバカは「母さんみてぇ」などと言うが、「アホか」と言いながら叩いて夢から完全に覚めさせる。
駅のある町の周辺は全て観光事業で成り立っており、これらをまとめて一種のテーマパークと称する人もいる程だ。
外国人観光客がメインターゲットなのもあって、和のテイストが強い印象だ。そんな町のバスだからか、ほとんどがサムライを思わせる絵が書いてある。
がしかし、俺たちが乗るのはなんとも普通な田舎のバスと言った感じのもの。新幹線に乗っていた内の何名かは、このバスに乗り合わせになった。
こういう場合は近くの席に座るのが鉄則。単なる観光客ならまだしも、目的を同じくする同士なら話は別。情報共有のために話しかけてみる。
最初は当たり障りのない会話から始める。もし一般人なら、いきなりオカルトの話をされても困るだけだからだ。
会話を進めると、同士だということを確認。バスが終点に着くまで、情報共有をした。バカは珍しく興味津々で聞いていた。すぐにでも雨が降ってこないか心配になった。
普段は実際に目にするまで興味を示さないが、ココ最近は過剰なまでに反応する時がある。そういう時は必ず「当たり」を引いてしまうのは、野生の勘のようなものなのだろうか。
まあ当たりだとしても、食い扶持減らしの隠語のようなものが伝承として語られている。位のものだろう。そう思いたい。同士も、そんなふうに考えているのが透けて見える語り口なので安心しても良いだろうか。
そう思う程に不安感が増していくが、それを押し殺してしまえば好奇心によるワクワクだけ。この感覚はオカ研ならではだ。これから離れがたくて留まっているまであるのだ。日和ったその日には、幼馴染にバカにされる。
だがこの時だけは「行ってはならない」という警鐘が鳴っている気がしたのは、私だけだったのかもしれない。あるいはこのバカも感じていたのかも。
目的地に着く頃には、あたりの雰囲気感でオカ研のスイッチが入っており、どこから取材したものかと揃ってうずうずしていた。
しかし初日に回った場所は全滅で、そもそも無かったり、あっても偽物だった。独自の宗教にしつこく勧誘された時は「別ベクトルでやばい」という感じだった。件の旅館にチェックインする頃には、昼間の嫌な予感をすっかり忘れていた。
部屋に行く途中、バスに乗り合わせた同士がいたので情報共有がてら話をする。こちらの予定を聞いて、別のところを調べてきたようだった。
あちらも全滅だったようで、ガックリと肩を落としながら話していた。こちらも全滅だった事を話すと、「これで調べるところが尽きてしまった」との事。
どうせだからたっぷり観光をして帰ると言う。それに対し、「実は目星をつけている場所がひとつ残っているんですよ」と言って、こちらも本来取材する気のなかった場所を教える。
言わなかったことについての言及はされたが、しっかりと説明すると納得したようで浴場に向かっていった。
「俺も行ってくる」とこちらにいらない荷物を預け、急ぎ足でバカも言ってしまった。俺が大浴場を使わないのをわかってての行動だろうが、高校生とは思えない我慢の無さに呆れてしまう。
こちらは部屋に入り、各部屋にあるシャワールームを使って済ませてしまう。上がる頃に丁度戻ってきたので、先程廊下で話題に出した場所について確認する。
実の所、調べた話から推測される1番可能性の低い場所だったために候補から外したのだが、チェックイン時に確認した女将の話を統合すると、1番可能性の高い場所に変わったのだ。
一番ないと思ってた原因は、この旅館の裏手の階段を登ったところにあるからだ。この辺りには商店街もあったらしく、それに関した神社だと思ったからだ。
しかしここのルーツを聞くと、話が逆転する。商店街の売り物は他じゃ見ない肉や野菜が中心。単なる特産品ならまだしも、話の内容的に異界のものらしい。
そしてこの旅館も、元は御鑑様への供物である人物をもてなすための施設だったそうだ。こうなると調べない訳には行かない。
機材の点検を済ませてから床に就く。久方振りの敷布団のせいか、それとも明日への期待のせいか。どちらにせよ、眠れないのは幼馴染も同じだったようで、明日の事を話し始めた。
こちらも乗っかって話す。勿論直ぐに飽きるので、話題を変えながらどちらかが寝るまで話す。泊まりがけで取材するようになってからするようになったことで、大抵は幼馴染が先に寝る。
今日も例にならうかのように、先に寝たのは幼馴染だ。が今回は、その後すぐに俺も寝てしまった。疲れていたのだろう。
早朝。早起きは三文の徳。という言葉がどんな状況でも通用する訳では無いことを痛感させられる朝だ。
何故かってあまりにもはや過ぎるのだ。午前四時前。明らかに早すぎる。ついでに眠い。原因は明白。隣のバカのいびきがあまりにもうるさい。
こんな時間に起きたからとて朝食の時間までにはお腹が減りすぎる。美味しく感じられるのは得と思えるが、状態としてはよろしくない。
ともあれ起きてしまった以上は、活動を始める他ない。二度寝はしない主義なのだ。身支度を整えたあとは、ボトルに入ったお茶を飲みながら提出用のレポートを書く。
部活動費として申請するには、領収書とこのレポートの二重チェックを通ってお金が出される。昔、部活動の一環として私的な旅行の費用に使っていたことが発覚してから、この形式になったらしい。
こういう時にはこういった事務作業のようなものはありがたい。気持ち的に寝ていたい気分をまぎらわせてくれるからだ。尚、この時間に起きた主原因のせいで作業環境は最悪だ。
晩春も言うこともあり暖かくなっては来ているが、東北地方故なのか寒い。正直布団に入っていればどうということは無いのだか、それでは作業がしづらい。
毛布だけでもかけておこう。そう思って、念の為に持ってきた毛布をお腹の辺りまでかける。冷えには弱いのだ。特にこの歳においては冷やしてはならない。
そんな調子で色々なことを悶々と考えながら作業をしていると、スマホのアラームがなり始める。小さくだが、確かに聞こえる音量でなっているので意外にもこれで起きれるのだ。
その音に合わせて幼なじみも起き上がる。自分のスマホを確認して、そこからでは無いことに気づいたらしい。布団から出て俺の隣にあるスマホのアラームを止めに来る。
こっちに来ようと足を進めたのを確認して、アラームを止めてやる。ここまですると完全に目覚めてしまうようで、再び布団に潜り込もうとする気は無くなるらしい。
アラームがなるということは朝の7時だ。俺の方は身支度が済んでいるので、さっさと着替えるように幼馴染を促す。
そういえば朝に三文の徳が得られないのような思考をした気がするが、レポートを書き終えているので今回の旅費を部費とできるので、活動を徳とすると三文以上得をしている事になる。
そんなくだらないことを考えながら広げていた荷物をまとめる。ついでに布団をたたみ終えたところタイミングよく朝食を持ってきてくれた。
和食で統一された朝食は、素朴ながらも趣があって美しいと思えるくらいだ。写真を撮って、レポートの資料にする。食事まで証拠がないと行けないとは難儀なものだ。
味の方もさっぱりながらもちょうど好い塩加減で、起きたての胃に優しい味わいだ。もちろん起きたてでなくとも、朝食として絶品であることに疑いようがないのは言うまでもない。
朝食を済ませたあとは、忘れ物がないかのチェックや機材の点検をしてからチェクアウトをする。お神の心配そうな顔が視界の端に入ったが、それが気にならないほどの高揚感を覚えているのだ。もう止まれない。
旅館を出てすぐに裏手に回ると確かに階段がある。苔が生え、手入れされていないことが分かるそれに足をかけると変な感覚に陥る。言い表せない恐怖感が襲うが、今はそれがスパイスとなり興奮感が増す。
駆け足で駆け上がりたい衝動を押さえつけ、足早に階段を上る。抑えきれない興奮感で最後は駆け足になってしまったが、そんな興奮感は登りきって別の色に変わった。
感動した。涙が溢れそうなほど。神秘的な美しさを持ったその神社は、金額のような煌びやかさや東大寺のような大きさ、伊勢神宮のようなひと目でわかる偉大さがある訳では無い。
しかし、自然と調和しつつ独特の神秘さを持つそれは、感動するほどの美しさを感じさせた。隣にいる幼馴染も同様のようだった。
すぐに我に返り重要そうな場所の写真を撮って回る。手入れがされていない様子から、神主が居ないことはすぐにわかったが、一応すみませんと声を出してみたが反応がなかったので、本当にいないのだろう。
外の撮影を十分だと感じ、幼馴染に十分かと合図を送る。OKのサインを確認してから、「失礼します」と言って中の探索を開始する。
中に入った瞬間、後ずさりたくなるようなオーラのようなものを感じた。2人同時にゴクリと唾を飲み、それぞれ別の方向へ歩を進める。
俺は右回り、幼馴染は左回りだ。奥の壁にたどり着くと、文字列が書いてある。どうやら、不思議と声に出して読みたくなってくるそれから、オーラのようなものが発せられているようだった。
1度は誘惑のようなものを振り払うように首を振ったが、それに負けて2人揃って声に出して読み始める。
我ここに望む
御鑑様の供物とならんことを
故に我らを導きたまえ
我ら望わ飢えからの解放
御鑑様
我ら供物と引き換えに
1年の豊穣を
読み終えると出口が勢いよく締まり、中心の柱が光り始める。まるで観音開きの扉が開くように柱が真っ二つに割れ、動き始める。
辺りが輝き始め、同時に自分たちの周りも輝きに包まれている。
思わず目を瞑りそうになる。
直後に幼馴染が手を伸ばす。
「私」はそれに答えるように手を握る。
最後になるなら伝えたいことを告げたい。
そう思った時には、視界が暗転していた。
「今まで嘘をついててごめんね」
その言葉は虚しく響いただけにった。