7_謎が溶けて桜舞う
前回のエッセイ執筆の際、源義経に関するエピソードを調べているときに『義経記』というワードを目にしました。『義経記』は義経の人生を描いた軍記物語だそうですが、この言葉を聞いてピンときた方はいないでしょうか。
名探偵コナンファンであればおわかりいただけるはず……そうです。劇場版『迷宮の十字路』中に『義経記』が登場するのです。
というわけで、今回はコナン映画の中でも真波が推しに推す『迷宮の十字路』について書いていきます。
実は、このエッセイを筆するにあたり映画を再度観たかったのですが、真波が加入しているAmazon primeでは扱っておらず。「仕方ないので漫画を手に入れよう」と思ってAmazonで購入したはいいものの、何と間違って文庫本を注文してしまいました。脳内映写機をフル稼働させながら、文字だけの『迷宮の十字路』を楽しんだところです。
ついでに白状すると、真波はコナンの劇場版を歴代全作品観ているわけではありません。そんな中途半端なコナンファンが熱弁するのもアレですが、真波の中では間違いなく、劇場版コナン作品の金字塔は『迷宮の十字路』です。とはいっても、『迷宮の十字路』だけを取り上げて一番だ一番だと言われてもピンとこないかもしれないので、ほかの劇場版との比較を載せておきます。
※以下、断りがない限り()の数字は映画公開年
【迷宮の十字路(2003)】
総合:★★★★★
サブタイトル:★★★★★
ストーリー:★★★★★
映像:★★★★★
主題歌:★★★★★
【ベイカー街の亡霊(2002)】
総合:★★★★☆
サブタイトル:★★★★☆
ストーリー:★★★★★
映像:★★★★☆
主題歌:★★★☆☆
【瞳の中の暗殺者(2000)】
総合:★★★★☆
サブタイトル:★★★☆☆
ストーリー:★★★★☆
映像:★★★★☆
主題歌:★★★★☆
【世紀末の魔術師(1999)】
総合:★★★★☆
サブタイトル:★★★★★
ストーリー:★★★★☆
映像:★★★☆☆
主題歌:★★★★☆
【時計じかけの摩天楼(1997)】
総合:★★★☆☆
サブタイトル:★★★★☆
ストーリー:★★★☆☆
映像:★★★☆☆
主題歌:★★★☆☆
『時計じかけの摩天楼』だけ星三つなのは、劇場版第一作目ということもありやむを得ないでしょう。上記五つを取り上げたのは、劇場版コナンの中でも特にサブタイトルが好きな作品だからです。ではここから、『迷宮の十字路』の魅力を各項目ごとに解説(?)していきます。
まず作品の顔とも言えるタイトルですが、特に上記の作品たちは、いずれもストーリーとサブタイトルが絶妙にマッチしていますね。殊に『迷宮の十字路』は、謎という出口のない十字路に探偵たちが迷い込み、謎が明かされたと同時に迷宮も解ける……という物語の流れにぴったり。あと字面も素敵なんですよね。四角い箱の中にぴったり綺麗に収まる感じ。全体のバランスも整っていて、「万年筆で書いてみたい劇場版コナンのタイトル」というランキングがあれば堂々の首位を飾るでしょう。ちなみに、「声に出して読みたい劇場版コナンのタイトル」ランキングであれば『世紀末の魔術師』が不動の一位です。
次にストーリーですが、ここ最近のコナン映画は内容がだんだん複雑化していると個人的には感じています。たとえば、内容に公安が絡んでくる『純黒の悪夢(2016)』『ゼロの執行人(2018)』。あとは、舞台を初めて海外に移した『紺青の拳(2019)』も、子どものファンが理解するにはちょっと難易度が高い気がします。犯人が二人いて、犯罪の動機も都市開発がどうのこうの……と少し大人向けですよね。登場人物も外国人で英語のセリフがちょいちょい入ってくるし。その分新鮮ではありましたけど。
比べて『迷宮の十字路』は、舞台は日本の京都に限定されているし(連続殺人事件は東京や大阪も現場になっていたけど)、登場人物の多さも程々。謎の規模と難易度も程よいです。義経や弁慶の歴史を盛り込むあたりも、ザ・日本の映画! という感じがします。さらに、あの暗号めいた絵もミステリ心を擽ります。小五郎のおっちゃんみたいに絵と睨めっこしましたが、結局解けずに映画で答え合わせをしました。
登場キャラが京都内のあちこちを巡っている場面は、自分も一緒に京都散策をしている気分になり楽しかったです。平次がコナンを連れて義経や弁慶ゆかりの場所を周っているシーンなんかは、平次に観光案内されているようで心躍りましたね。あと、劇中で園子が「京都は日本人のふるさと」と表現しているのは言い得て妙だなと思いました。現地に住んでいるわけでもなく、旅行で数回訪れただけの場所なのに「心のふるさと」というフレーズがしっくりきます。古より日本を見守り続けてきた都は、まさに私たち日本人にとって「ふるさとの母」みたいな存在なのかもしれません。
恋愛模様についても、くどくなり過ぎずミステリ部分とのバランスが取れています。和葉、蘭、園子の三人が喫茶店や夜の茶屋でガールズトークをする場面が何気に好き。大学の卒業旅行で、友だちと三人で京都旅行したことを思い出します。コロナが終息したら、また京都巡りをしたいですね。
映像についてですが、これもやはり舞台が京都である点が大きいです。お寺に枝垂れ桜、古き良き街並み。この組み合わせだけでも興奮せずにいられません。加えて、真波個人としては『迷宮の十字路』あたりまでの作画が一番好みなんですよね。以降はキャラの顔がだんだん洗練されてきて、平次も心なしかここ数年は「何か色白くなった? 昔より顔がオシャレになった?」と首を捻るときがあります。長寿のアニメ作品あるあるじゃないでしょうか。『ONE PIECE』『ポケットモンスター』『HUNTER×HUNTER』あたりも、昔の作画のほうが好きでした。
話を戻します。劇中で最も好きなシーンですが、やはり平次と和葉の幼少期のところです。桜舞う中で毬をつく、真っ赤な着物の少女。夢のような美しい光景は、地面に落ちていた水晶によって俄かに現実味を帯びる……この数分間の映像だけでも、制作陣の熱が感じられます。それから、作中にちょいちょい出てくる平次とコナンの憂いを帯びた表情。それぞれが過去を思い出している場面ですね。平次は初恋の少女とのこと、コナンは蘭との約束にめちゃめちゃ遅刻したときのことを回想しているのですが、そのときの彼らの顔が何とも言えず切なげ。観ているこっちも感傷的な気分になります。
表情といえば、ラストの場面で手毬唄を唄っている和葉の何と麗しいこと。平次が和葉のことを初恋の相手と知って、それで和葉を「平次にとって昔からの特別な女性」としてあんな綺麗に描いたのかな……と妄想すると胸熱です。あのラストシーンに、全国の平次・和葉ファンがどれだけ悶えたことでしょう。どんな恋愛映画や小説よりもときめいちゃいますよ。
戻って冒頭、コナンが暗闇の中でかがり火を背にし、水晶を手に一人語りする場面も印象的です。あのかがり火は終盤の玉龍時のシーンにも出てきますが、あの赤色と薄闇、白い桜の花のコントラストが見事です……こんなことを書いていると、永久保存用にDVDを買いたくなってきました。むしろDVDのディスクを脳内に埋め込みたいです。
最後にエンディングテーマですが、これは言うに及びませんね。倉木麻衣さん×コナン×京都の相性が抜群すぎます。『Time after time~花舞う街で~』は歌詞も美しい。「薄氷冴え返る遠い記憶」「巡り合おう薄紅色の季節が来る日に笑顔で」「散らざるときは戻らないけれど」「君と色づく街で出逢えたら」あたりは、特に日本語の美しさを最大限に引き出しているフレーズだと思います。ちなみに「薄氷」の言葉はこの歌で覚えました。一時期カラオケで毎回のように歌っていたのですが、劇場版の映像が流れたときは、感無量で内心歌うどころではなかったです。
ざっと語るだけでもこんな具合ですが、正直なところ真波の『迷宮の十字路』愛は十分の一くらいしか伝わっていません。ですがこれ以上になると、語彙力崩壊寸前のグダグダな文章になる予感がするのでここでストップしておきましょう。
実はこのエッセイを執筆している最中、職場の人とたまたま歴史小説の話をしました。その人はもともと本好きらしいのですが、中でも歴史ものが特に好きとのこと。仕事の手を止めて三十分近く歴史物語や文学の話をしましたが、その人の話を聞いてさらにこのエッセイも書いていると、なおさら歴史ものを読みたくなってきました。今まではただ「難しそう」「昔から日本史苦手だったし」という漠然とした理由で嫌厭していましたが、ここにきってやっとその靄が取り払われそうです。
余談ですが、以前の勤め先で海外留学について調べる仕事をしていたことがあります。そこでよく「留学先では、現地人に日本の歴史や政治について質問されることがある」という体験談を目にしました。どうも日本人は、(真波を含め)自国の歴史や政治に興味関心が薄い傾向にあるようです。学生時代に基本は学んだはずなのに、大人になるとすっかり記憶から抜け落ちますし、友人や知り合いとの日常会話で話題にのぼることも稀です。ですがこのエッセイを通して、「自分の生まれ育った国の歴史について、楽しく深く語ることがいつかできればいいな」と考えを改めました。
明後日から三月。天気予報で桜の便りが徐々に届きはじめる頃でしょうか。日本の国花を愛でながら、遠い歴史に想いを馳せる――今年の春はそんな過ごし方もしてみたいと思います。