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すずろ記  作者: 真波馨
2/10

1_切れた『蜘蛛の糸』の謎


 実は、近々『大人の読書感想文コンクール』という公募に作品を応募する予定なのですが、それで取り上げた作品について少しお話します。


 題材にした作品はいくつかありますが、その一つが芥川龍之介の『蜘蛛の糸』。初読は、たしか中学生の国語の教科書だったと記憶しています。

 作者の芥川龍之介は、子ども向けの作品として『蜘蛛の糸』を執筆したとのことで、同じ地獄というテーマで書かれた『地獄変』と比べても文章が短くわかりやすいし起承転結もはっきりしています。

 ちなみに、真波は近い時期に森絵都の『カラフル』を読んで、この二作品の影響もあって天国とか地獄とか輪廻転生とかを信じるようになりました。


 で、ここでお話したいのは死生観のことではなく、『蜘蛛の糸』に関して読者の間でしばしば議論がなされていること。

 つまり、「なぜカンダタがのぼっていた蜘蛛の糸は切れたのか?」問題についてです。

 

※読者が『蜘蛛の糸』のあらすじを知っている体で話を続けます。あらすじをご存じない方は、同ページの最下部に書いていますのでご参考ください。


 真波は単純思考の人間なので、最初は書かれている話をそのまま受け取って「カンダタの利己主義的な言動が、極楽浄土にふさわしくないと判断されたのでは?」と思っていました。

 ですが、よくよく読み返してみると、物語の最後にこんな描写が。



“お釈迦様は極楽の蓮池のふちに立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃりましたが、やがて犍陀多(かんだた)が血の池の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうなお顔をなさりながら、またぶらぶらお歩きになり始めました。”

≪文春文庫『羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇』より≫



 上記の部分を読む限り、蜘蛛の糸を切ったのがお釈迦様とは考えにくいですよね。もしお釈迦様の判断ならば、自分で決めたことに対して“悲しそうなお顔をなさりながら”という表現が妙に傍観者っぽいのです。


 蜘蛛の糸を切ったのがお釈迦様ではないとすれば、カンダタの一連の行いを「極楽浄土にふさわしくない」と判断したのは誰なのでしょう。

 あるいは、蜘蛛の糸が切れたのはカンダタの「自分さえ助かれば」という行動とは無関係なのでしょうか。


 けれど、実際カンダタは地獄からかなり離れたところまで糸をのぼっていました。彼がほかの罪人たちに「下りろ」と言い放つまで、蜘蛛の糸はピンと張られたままだったのです。となると、やはりきっかけはカンダタの一言だったと考えるのが妥当な気がします。


 では、もしカンダタが自分の遥か下にいる罪人たちに「さあさあ、お前たちも一緒に蜘蛛の糸をのぼってくるがいい」と寛容な態度をとっていたら、蜘蛛の糸は切れず、そのままみんなで仲良く糸をのぼり最終的には全員が極楽にたどり着いたのでしょうか。

 でもなあ。そもそも蜘蛛の糸は、カンダタの唯一の善行からお釈迦様が彼に与えたチャンスだったはず。それにほかの罪人たちが掴まって全員が極楽行きというのも、何だかご都合主義ですよね。そうした考えを戒めるための話なのかもしれないけど。

 あるいは、カンダタがほかの罪人たちと仲良く糸をのぼり続けていたら、最後の最後でカンダタの足元から糸が切れて彼以外の罪人は地獄帰り、なんて展開になったりするのかしら。


 もうひとつ不思議なのが、生前に多くの凶悪な犯罪を重ねておきながら、お釈迦様が「一匹の蜘蛛を助けたから」くらいの理由で救済の手を差し伸べようとするところ。蜘蛛の命を軽んじるわけではありませんが、カンダタの罪状と天秤にかけるとどうにも釣り合わないといいますか……それとも、「毎日一人の罪人に極楽浄土へのチャンスを与えること」みたいなノルマが課せられているのか。それこそ、森絵都先生の『カラフル』みたい。天国にも天国のいろいろな事情があるんですよ、みたいな。


 結局何が言いたいのかというと、『蜘蛛の糸』は謎が多い物語なのです。

 文庫本にして五ページしかない話なのに、考えれば考えるほどドツボにはまる。単純なようでいて難しいテーマなので、明確な答えも出ない。だからこそ、思考する価値のある作品なのかなとも思います。

 以降でお話する予定の『銀河鉄道の夜』もそうですが、読書をしていると「答えの出ない問題」に多々ぶち当たります。その答えは、あるいは永遠に見つからないかもしれない。ですが逆に考えると、一生をかけて考えるべきことがあるのも、素敵だとは思いませんか?


 どうにも話の中身がまとまらないので、ここまでにしておきます。

 今後、主にこうした読書感想文もどきの、本の考察みたいな回が多くを占めると思います。「漫ろに綴る記」なので、起承転結とか序論本論結論とか気にしません。悪しからず。



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【『蜘蛛の糸』あらすじ】


 極楽の蓮池のふちを、お釈迦様が散歩なされていました。ふと蓮池をのぞきこむと、はるか底の地獄にカンダタという罪人の姿を認めます。カンダタはさまざまな悪事に手を染めた大泥坊ですが、生前、一匹の蜘蛛を踏み殺そうとしながらも助けた唯一の善行がありました。そのことを思い出したお釈迦様は、カンダタに極楽浄土のチャンスを与えようと、地獄に蜘蛛の糸を垂らすのです。


 一方、地獄にいたカンダタは、頭上から垂れた一本の蜘蛛の糸を見つけます。カンダタはその糸をのぼって極楽を目指そうとしますが、なんと地獄にいたほかの罪人たちもカンダタに続いて蜘蛛の糸にぶら下がりはじめたのです。このままでは人の重みに耐えかねて糸が切れてしまう、と焦ったカンダタは「この糸は俺のものだ。お前たちは下りろ」と叫びます。その瞬間、蜘蛛の糸はぷつり――カンダタは再び地獄の底へ落ちていくのでした。

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