~ACT2 変化~⑥
揺れが収まる頃、目の前には巨大な水の魔物が姿を現したのだった。ヴァルリはすかさず首の紐をたぐり寄せて、緊急を知らせる笛を吹いた。
ピ―――――――――――――
「ラ……様の……奴……、す……」
「え?」
海水の魔物が何事かを喋った気がした、次の瞬間。魔物の腕が刃物となり、サミューの身体を貫いた。まるでサミューが気を取られ、隙が出来るのが分かっていたかのような行動だ。
ヴァルリがその行動に呆気にとられている間、水の刃でうがたれたサミューの身体からは血が流れだし、その血は水の刃と同化していく。
サミューにじわりじわりと死神が歩み寄っているような感覚に、ヴァルリの心臓がドクドクと早鐘を打つ。
ポツポツと降り出していた雨は、いよいよ本降りとなってきていた。
長い金髪を顔に貼り付かせながら、ヴァルリはサミューを助けるための方法を、頭をフル回転させながら探る。
その間もサミューの脈動に合わせ、魔物の体内にはサミューの赤い血が染み込んでいく。
マウス港の波は荒れ出し、舵を失った舟と魔物の距離はどんどんと離れて行ってしまう。
オレにリールのような魔法の力があれば。
オレにピューサのような冷静さがあれば。
どうすることも出来ず、目の前で友人の死を待つのみの状態になっている自分が歯がゆくて情けない。
魔物は大雨に打たれながらも、しばらくは自分の体内に入ってくるサミューの真っ赤な血を、恍惚とした様子で眺めていた。だが突然それには興味を失ったかのように、サミューの身体を投げ捨てる。
「サミュー!」
叫ぶヴァルリだが、今の自分には何も出来ない。そんな自分が腹立たしい。
歯がゆさの中、ヴァルリはズキズキと頭痛を覚える。でも今はそんな頭痛に構っている場合ではない。
ヴァルリがキッと魔物を睨み付けた時だった。
ズキン!
ヴァルリの眼前が突如明るくなり、それと同時に強烈な頭痛に襲われたヴァルリは、そのままその場で意識を失い、倒れた。
「ヴァルリ! サミュー!」
現場に到着したリールとピューサは、その惨状に愕然としていた。駆けつけた道路の上には血まみれになり意識がなくなって倒れているサミューの姿がある。沖の方には1艘の舟があり、ヴァルリが今朝見た魔物と対峙していた。
本降りとなった大粒の雨が身体に当たり、海は荒れている。
リールはすぐにサミューの身体へと治癒魔法をかける。これでとりあえずの出血は治まる。
その後リールは転移魔法を自らにかけ、ヴァルリの元へと転移しようとした。が、その必要はなかった。
突然辺りにまばゆい光が溢れたのだ。その光は一点に集まり、鋭い刃物となって轟音と共に魔物の体を貫いた。
魔物は自分の体内を走る電流に耐えきれず、断末魔を上げて事切れてた。ただの海水となった魔物の体は、大きなうねりを起こして重力に従い、海へと還っていく。
ヴァルリはと言うと、舟の中で気を失い倒れていた。それを見たリールはヴァルリが津波に飲み込まれる寸前に転移魔法で助け出した。
その間、ピューサは意識が戻らないサミューを担いで車へと戻っていた。リールもまた、意識を失ったヴァルリを抱えて車へと戻る。
すぐにラジェルとコンタクトを取ろうと、リールは車に備え付けてあった通信機に手を伸ばした。しかし何者かの妨害に遭ってか、通信が帝都のラティペまで届かない。
「こっちも繋がりません」
「くそっ!」
ピューサの通信機もダメだと分かると、リールは思わず毒づき、通信機を車のシートへと投げつけた。
「落ち着いてください。あなたらしくない……」
リールをたしなめるピューサだったが、通信が遮断されている現状に彼もまた動揺が隠せない。
とにかくここから移動しようとした時だった。リールはマウス港の沖合に白い影を見付けた。
「ピューサちゃん。2人を頼むね」
リールはピューサにそう言うが早いか、車全体に防護魔法をかけるとゆっくりと白い影に向き合った。
白い影は魔物がいた場所で立ち止まる。するとそこから温かな光が立ち昇っていく。リールはその光を睨み付けるように見つめながら、白い影を目で追った。
白い影は水面を滑るようにリールの目前へとやってくる。白装束に身を包んだ男は、フードの下の口端を引き上げると、
「お久しぶりです、リール兄さん」
「大きくなったね、ライア」
艶やかな笑顔で挨拶をしてきたこの白装束の男こそが、現アトランス帝国国王ラジェルの、腹違いの弟ライアだった。
「それともここでは、アダム、と呼んだ方が良かったかな?」
そう問うリールの声音は硬かった。
「バレていましたか」
対するライアは、くすりと笑い出しそうなほど余裕の態度である。リールは硬い声音のままライアへと尋ねた。
「今回のモールでの怪事件、主犯は君だろう?」
「それは言いがかりですよ、リール兄さん。奴らは勝手に動いているだけです。ボクを、守るために、ね」
ライアの口元に怪しい笑みが浮かんでいる。リールはライアの言葉に眉間にしわを寄せた。そんなリールに向かい、ライアは言い募る。
「ねぇ、リール兄さん。ボクと一緒に来ませんか?」
「冗談じゃないな。目的も何も分からない相手についてこいなんて、俺を馬鹿にしすぎだ」
ライアの誘いを鋭い視線でリールは一蹴する。ライアは軽く肩をすくめると、そうそうと言って話を進める。
「あの雷を呼んだ少年なんですけど……」
「帰れ」
ヴァルリの話が出た瞬間、リールの視線はますます鋭くなってライアを射貫いた。これ以上話すことなどないと言いたげなリールの態度に、ライアはやれやれと嘆息した。
「相変わらず短気なんですね、リール兄さんは。分かりましたよ。今回は帰ります」
ライアがそう言うと同時に、ライアの足下から細かい粒子が生まれる。そしてその粒子がライアの全身を覆い、辺りが暖かな光に包まれた。その光が収り、粒子も消え、辺りに静寂が戻ってくるとライアの姿もそこから消えていたのだった。