八郎どこいった?
小次郎じいさんは、長いこと手品師としていろいろなところで公演をおこなってきました。トランプを使ったマジックや、すがたを消すマジックなど、さまざまな手品をしてきましたが、そんな中でも、最も得意なマジックがありました。それは、ハトを使ったマジックです。
「八郎や、おいで。そら、今日も練習しよう」
小次郎じいさんは大の動物好きで、手品に使うハトたちを、とてもかわいがっていました。今は八代目なので、八郎という名前なのです。八郎も小次郎じいさんによくなついている様子で、「クルッ、クルゥッ」と鳴きながら小次郎じいさんの肩に止まりました。そのまま「クルックルッ、ポッポ」と、楽しげにリズムをきざみながら、小次郎じいさんのかぶっていたシルクハットにもぐっていきます。
「よしよし、そらそら、もうかくれたかな?」
小次郎じいさんがシルクハットに声をかけると、シルクハットがわずかにゆれます。小次郎じいさんのシルクハットには、ハトがかくれることができる、小さなポケットがあるのです。今まで歴代のハトたちも、みんなこのポケットにかくれていたのでした。もちろん八郎もかくれます。
「おーい、おい、八郎?」
小次郎じいさんが声をかけますが、もちろん八郎は答えません。シルクハットにかくれたら、鳴き声をあげないように、小次郎じいさんとたくさん練習していたので、八郎はちゃんと静かに身をひそめているのでした。
「よし、それじゃあ始めるとするか」
小次郎じいさんは満足そうに笑って、それからシルクハットをひょいっとぬいで、おじぎしました。観客がいるほうへ、さりげなくシルクハットの中身を見せて、なにも入っていないことをアピールするのです。小次郎じいさんはいつもの前口上をいい始めました。
「ようこそ皆さま、お集まりいただきました。本日はお日柄もよく、なんとも素晴らしい、平和な一日でございますね。そんななか、このわたくし、小次郎のマジックショーをご覧いただけるとは、皆さまとてもラッキーでございますね。八郎、お前もそう思うじゃろう?」
小次郎じいさんがシルクハットをポンポンッとたたきました。いつもならば、ここで八郎がシルクハットからバッと飛び出し、飛び回ってからシルクハットへ戻っていくのですが、今日はなぜか出てきませんでした。小次郎じいさんは目をぱちくりさせました。
「おやおや、もしかしてちょっと眠かったかな? 八郎、ほれ、起きなさい。眠いならちょっと休もうか。すまんかったな、眠いのに練習につきあわせてしまって……」
小次郎じいさんが、優しくシルクハットをなでました。こうすると、いつもは八郎がひょこっと顔を出して、小次郎じいさんめがけて飛んでくるのですが、今日はうんともすんともいいません。小次郎じいさんはだんだん不安になってきました。
「八郎や、いったいどうしたんじゃ? 八郎、八郎? ……まさか」
小次郎じいさんの顔が真っ青になります。八郎は今までのハトたちの中でも、飛びぬけて長生きなハトだったのです。普通のハトの三倍も生きていました。なので、当然小次郎じいさんと同じ、おじいさんなのでした。
――わしは本当は、八郎を引退させてあげようと思っていたんじゃ。でも、わしが何度いっても、八郎はわしのシルクハットに入ってきて、絶対に引退なんてしないっていいはっとるように思えたんじゃ。じゃが、本当はとうに飛べなくなってもおかしくないような年じゃったのに、わしは――
小次郎じいさんは急いでシルクハットのポケットをひっくり返しました。そして、八郎を中から取り出そうとして……目を疑いました。
「八郎? 八郎、どこじゃ? どこに行ったのじゃ?」
なんと、シルクハットにかくれたはずの八郎のすがたが、どこにも見当たらなかったのです。小次郎じいさんはポケットをひっくり返し、シルクハットの中をのぞきこみ、うらがえして八郎を探します。しかし、八郎のすがたはどこからも見つかりませんでした。
「いったいどうしたことなんじゃ? 八郎は、これはまるで、まるで……」
「どうだった、小次郎おじいちゃん? ぼくのマジック、すごかったでしょ?」
声がしたほうを小次郎じいさんがふりむくと、なんとそこには、小さな小さな、ハト用のシルクハットをかぶった八郎が、楽しそうにつばさをバタバタさせて見ていたのです。小次郎じいさんはなんともびっくりしてしまい、すぐに八郎にかけよったのです。
「八郎! おお、よかった、無事だったんじゃな! ……じゃが、今の声は」
「ぼくだってば、小次郎おじいちゃん。八郎だよ。ぼくがしゃべっているのさ」
「なんと! しかし、お前さんはハトのはずじゃが……」
おどろく小次郎じいさんに、八郎はへへっと笑って答えました。
「小次郎おじいちゃんがマジックの練習してたでしょ。ぼくはずっとあれを見てて、いつか小次郎おじいちゃんみたいな手品師になりたいって思ってたんだ。それで、こっそり練習しているうちに、こうやってしゃべれるようになったんだよ!」
八郎が得意げに「クルックルゥッ」と鳴きました。小次郎じいさんはもう言葉を失ってしまったかのように、八郎の前で固まっていましたが、やがて八郎をほこらしげな顔で抱きあげたのです。
「……そうじゃったのか。わしのマジックを見てて、ここまですごいマジックを披露してくれるとは……。わしは世界一幸せな観客じゃったな」
「へへへっ、でもね、小次郎おじいちゃん。ぼくのマジックは、まだまだ終わりじゃないんだよ。見ててね、ほらっ!」
八郎が自分のつばさで、器用に頭にかぶったシルクハットをぬぎました。そのとたん……。
「おっ、おおっ! お前たちは、一郎、二郎、三郎……」
それ以上は言葉になりませんでした。シルクハットから出てきたのは、小次郎じいさんがずっと昔に死に別れた、大切なハトたちだったのですから。八郎はシルクハットをどんどんふります。そのたびに、一羽、また一羽と、小次郎じいさんが大切にかわいがっていたハトたちが出てくるのです。
「四郎、五郎、六郎、それに、七郎まで……。じゃが、どうして……?」
「ぼくがマジックを覚えたらね、みんなのゆうれいが、小次郎じいさんにお礼をいいたいって集まってきたんだよ。だからぼくが、こうしてシルクハットから出てこれるように練習したんだ。マジックを練習したハトにとっては、たとえ死んじゃってても、シルクハットから出てくるなんておちゃのこさいさいだもんね」
「八郎、それに、みんな……」
小次郎じいさんがかわいがっていたハトたちは、みんないっせいにポッポと鳴いて、小次郎じいさんにおじぎしたのです。
「八郎のおかげで、ぼくたちもみんなおじいちゃんとおしゃべりできるようになったよ! ずっといいたかったんだ。おじいちゃん、ありがとうって」
「お前たち……」
「死んじゃったあとも、ずっとおじいちゃんのこと、シルクハットの中で見てたよ。みんなみんな、おじいちゃんのことが大好きだよ」
「わしもじゃよ、わしも、お前たちがみんな好きじゃ! ありがとう……ありがとう……」
小次郎じいさんは、あとからあとから涙が流れて、止まりませんでした。一郎から八郎まで、みんなそんな小次郎じいさんを、いとおしそうに見ているのでした。