海
歓声が聞こえる。
ぼやぼやしていた視界が徐々にハッキリする。
市立体育館でバレー部が試合をしている。
「いーけ!おーせ!ファーイート!」
「「ファイトー!」」
私はいつの間にか必死になって応援していた。
ふと、背番号1番の人がこっちを見た。
虎之助くんだ!手を振らなければ!
そう思って手を挙げる。
ガツン!私は指の痛みで飛び起きた。
大きな寝室に1人。ため息が出る。
もう一度寝たら、また虎ちゃんに会えるかな。
そう思って時計を見るいつも見ている朝ドラの
再放送がもう少しで始まる。時間が無い。
体はだるいが渋々ベットから出て朝ご飯の準備を
した。
朝ご飯、
と言ってもゼリーとスプーンを用意するだけだ。
「夜ご飯出来たよ!早く来ないと料理冷めるよ!」
そう言うと二人は競うようにやって来る。
先に着いたのは虎ちゃんだ。
普段は娘のまーちゃんにわざと勝たせてあげる人
だけどご飯になると大人げない。
「いただきます。」3人で声を合わせて言う。
チンジャオロースーをご飯の上にのせて食べる。
ふたりとも、おいしいと言ってくれた。この上なくうれしかった。
気がつくとダイニングテーブルに二人の姿と
チンジャオロースーは無く、代わりに汗をかいた
ゼリーとスプーンが目の前に置いてあった。
どうやら寝てたのか。テレビは朝ドラではなく違う番組になっていた。
「二人が東京に行ってからもう3ヶ月か。早く
帰ってこないかな。」ついつい声に出ていた。
しかし、その言葉は聞く人がいないため
ただの空気の振動になった。
ふと、時計を見た。11時半と示されている。
さっきまでのだるさが吹き飛んだ、
ご飯を食べている時間はない。
「加藤さん汗凄いけど大丈夫?」
私が商品のダンボールを処分している時に先輩に
言われた。
「今日は職場に走って来たからですよ。
大丈夫です。」私は作り笑いをする。
「無理しないでね。」そう言うと先輩は自分の
仕事に戻っていった。
先輩が去って行ったのを確認したと同時に頭に
重りが増した。でも、まーちゃんの仕送りのために頑張ると決めたのだ。
私はダンボールを持って立ち上がった。
ザァァァ…ザァァァ…ザァァァ…
真っ白だった視界から浜と水が現れた。
おそらくここは海だ。
私の心は怖いぐらい落ち着いていた。
波の音以外何も聞こえない。
ちょっと浜辺を歩いてみた。時々冷たい海水が
私の足を撫でると足の疲れがとれる気がした。
私は疲れ切ったこの体を海水に沈めようと思った。
腰まで海水につかったとき。
浜辺の方から声がした。振り向くと
まーちゃんと虎ちゃんが泣きながら私の方に
走っている。
そして二人は海の中の私の手をつかんで
こう言った。
「いかないで!」
目を覚ますと見慣れない天井。ちょっと見渡すと
自分に点滴が打たれているのと、
私の手をまーちゃんと虎ちゃんが泣きながら握っていた。
2人は私が目覚めたのに気づくと目玉が落ちるのではないかと思うぐらい泣きじゃくった。
そして2人は私を抱きしめてくれた。
やっと2人に会えた気がした。
あの後私は医師から栄養失調と言われ、
2人にご飯をちゃんと食べなさいと怒られた。
私は怒られているにもかかわらず、
のほほんとしていた。
なんせ怒られるのは久しぶりだったからだ。
でも2人はまた遠くに行ってしまう。
そう思うと心は大雨だった。
退院当日
私は病院のロビーで涙を流した。
東京に行ったはずの虎ちゃんがロビーで待っていたのもあるが、
何より、これからあの大きな部屋に
1人で過ごさなくても良いという安心感が私の心を抱きしめてくれているからだ。
涙と鼻水が服に着いても
虎ちゃんは優しく、抱きしめてくれる。
その優しさが私の骨の髄まで染み込んだ。
読んでいただきありがとうございます。