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神の緋色、魔族の蒼色  作者: 寝屋川あきら
第1章:初めての出会い
1/1

伝説の始まり

 今からおよそ500年前。精霊やエルフと人間達による(地上の者)と、竜族と魔族の者達を交え、世界を二分する戦いが行われていた。

からくも竜族と魔族を撃退する事が出来た(地上の者)ではあったが、エルフ族のほとんどが滅亡し、精霊は人間の前から姿を消して、後に(聖戦)と呼ばれるその戦い以降、人間はいにしえの知恵と、魔術のすべを失ってしまった。その為、僅かな魔術を駆使する一部の(精霊の祝福を受けし者)は、世界で稀有な存在とされ、神の依り代として大切に、あるいは畏れ多い者として、畏敬の存在となっていた…。





 深い深い森に包まれた神秘の大陸、レネミー大陸。この大陸の南東の端にある、小さなとある村。その夜、村中に衝撃が走った。村の若い夫婦の間に産まれた赤子の髪が、轟々と燃える炎のごとく、赤い色をしていたのである。

この村ではここ数年、まとまった雨がほとんど降っておらず、その為、作物は枯れ餓死者が出るほど、悲惨な状況が続いていた。

 知らせを受けて駆けつけた村長は、はっと息を呑む。青白い顔色の若い男が、申し訳なさそうに村長に声をかけた。恐らく赤子の父親だろう。目を真っ赤に腫らし、大きく見開いたまなこを、赤子の髪へと向けていた。

「まさか…、まさか俺達の赤ん坊が、こんな異形の髪で産まれてくるなんて…」

 父親の言葉に、村長が重い口を開いた。

「…ここ数年の凶作は、もしやこの赤子が原因か?もしそうだとすれば、これはただ事ではないぞ。お前達夫婦には申し訳ないがのぅ…」


 月が煌々と輝く中、若い男が小さな木箱を小脇に抱え、村外れの森の中を静かに歩いている。しばらく行くと視界が開け、小川の畔に出た。

木箱の中からは、小さな寝息が漏れている…。先ほどの赤ん坊が、中に入れられていた。我が子を見つめる男の表情は苦渋に満ち、その目には憂いとも、怯えともとれる複雑な色が窺えた。

「すまない。…どうか俺達を恨まないでほしい。俺達ではもう、どうする事も出来ないんだ…」

 今からその身に起こる悲劇も知らず、赤ん坊はスヤスヤと眠っている。男は膝丈まで川へ入ると、木箱をそっと静かに川の流れに乗せた。川面の先で、月光に照らされ木箱が小さくなるまで、男は小川の中に立ち尽くして、いつまでもその場を離れる事はなかった…。





序章

 深い、深い緑に囲まれた若葉の匂いがむせ返る森の中で、リズミカルに木を伐る音が響いてくる。1人の少年が斧を振るって、薪割りをしている姿が伺えた。長くしなやかな赤い髪を、後ろに麻の紐で束ね、懸命に汗を流していた。

 そこへ淡く光を放つ小鳥がスーッと、少年の元へ降り立った。よく見ると、それは小鳥ではなく、小さな妖精…ニンフであった。ニンフは少年の頭の周辺で忙しなく飛び回り、少年に作業の終了を求めた。

「ヒロ、ヒロ、長老様が呼んでるよ。早く、早く…もう!薪割りなんかさっさと終わらせて。ねぇ、長老様の所へ早く。急ぐよ!」

 身体の大きさのように気が小さいのか、せっかちに羽根をパタパタさせ、忙しく少年の周囲を飛んでいる。ヒロと呼ばれた少年は、ニンフのせっかちな性格に慣れているのか、大して慌てる様子もなく、切り出した薪を荒縄で、手慣れた手付きでまとめていく。

そんなヒロの様子を見て、ニンフはもう!とばかりに、頬を膨らませた。どうやらヒロに急ぐ気配がないのが、お気に召さないらしい。可愛らしい仕草の、ニンフを目の端に置いて、ヒロの表情が和らいだ。

「ゴメン、待たせたね。長老様の所へ急ごうか」

 薪の束を背中に背負うと、ヒロはニンフへ微笑んで歩き出した。やたらとせっかちな自分の性格を自覚していないのか、ニンフはやっと移動を開始したヒロを見て、何やらブツブツと口を動かしながら、彼の後へと続いた。


 森の中の獣道をしばらく歩くと、不意に大きく開けた、まるで何かの広場のような場所へ出た。広場の真ん中辺りに、見上げるほど大きな椎の木が立っており、根元には、これまた大きな洞が、がっぽりと口を開けている。

ヒロはその洞へと、何の躊躇もなく入って行った。

 それにしても、本当に大きな洞だ。ヒロは割りと背の高い方だが、洞の中に入る時も、中へ入ってからも、屈んだりはしていない。それほどこの椎の木が、巨木だという事だ。

中へ入ると、ヒロは椎の木に語りかけた。

「長老様、ただ今戻りました」

 すると洞の中がホワッと明るくなり、どこか上の方から老人の声が聞こえてきた。この椎の巨木それ自体が、長老本人だったのである。

「ヒロよ。お前を川の妖精がこの(精霊の森)へ連れて来てから、どれくらい経ったかのぅ?」

「はい。次の満月でちょうど16年だと、ニンフ達に聞いています」

 そうか…と呟き、長老はしばし言葉を止めた。精霊達が自分では考えられないくらい長い時を生きていて、人間のペースを当てはめる事が不可能な事くらい、ヒロはこの16年で学んでいる。急に自分を呼び出したのだ、何かあるのだろう…。

ヒロは長老が次の言葉を続けるのを、辛抱強く待った。しばらくの沈黙の後、長老はまるで子供を諭すかのような優しい口調で、穏やかにヒロへ語り出した。

「この世界の大まかな歴史の話は、お前にしていたな?」

「はい、何度も聞いています」

「では、…お前が何故、実の親から川へ捨てられてしまったのか、解るかのぅ?」

 何とも思っていないと言えば、嘘になるだろう…。けれど、これと言って特に寂しいと感じた事もなかった。それだけここでの生活は、充実したものであった。

大して、何とも思っていない顔をしながら、ヒロは平然と答えてみせた。

「それは、僕の髪が赤いからです」

「うむ、そうじゃのぅ。…お前の産まれた所は、恐らく小さな集落で、司祭や僧侶がおらなんだ為、(祝福を受けし者)の存在の意味を、正しく理解出来てなかったのであろう。―今から約500年前の(聖戦)で、人族は魔術の秘技や、それに関わる信仰の記憶その一切を、魔族に封じられてしまった為、永き時の流れの中、王都:シルバーブルクの神官達を除いて、記憶の中から失ってしまった…。その為、ごく稀に、生まれながらにして魔術師の資質のある者は、神の具現者の体現として、聖なる者を意味する赤い髪の子として、生を受ける訳なんじゃが…」

 ここでふぅとため息をつき、長老は言葉を続けた。

「ヒロよ、お前も16歳。そろそら人間の世界へ戻る頃合いじゃのぅ」

 突然、思わぬ言葉をかけられ、ヒロはしばらくの間、言葉の意味が理解出来ずにいた。その様子を、近くで窺っていた先ほどのニンフが、2人の会話に割って入った。

「ちょっっ…ちょっと待って下さい、長老様。何故、今頃になってそのような事を、ヒロに言うのです?今のまま、ここで暮らせばいいじゃないですか!」

 ニンフのその言葉で、ようやく長老のさっきの言葉の意味が、頭の中に入ってきた。ヒロは急に、不安な気持ちに駆られる…。それを察してか、ニンフがヒロの顔を心配そうに窺った。

実はこのニンフが、川に流されていた赤ん坊のヒロをこな森へ連れて来て、兄のように、時には親のように、ヒロの面倒をみてきたのであった。

長老は2人を安心させるかのように、穏やかに話し掛ける。

「いやいや。ワシは何もヒロが嫌いで、この森から追い出すのではないぞ。2人も知っておろうが、近ごろ外の世界では、頻繁に魔物の出現に遭い、罪もない命が無惨にも奪われておる…。人族は魔導のすべを持っておらんので、対抗する力もない」

「でも長老様、王都の魔導士達がおられるのでは?」

 ヒロは素朴な疑問を、長老に投げ掛けた。何となくではあるが、長老が自分に何を求めているのかが、解ってきたようだ。

「うむ。確かに王都には、魔導士達が数名おるんじゃろうが…、いかんせん数が少なすぎる。この大陸は広いのじゃ、彼らだけでは限界がある。大きな街には遠征に行くであろうが、小さな村村までは、いくら優秀な人物であっても、目が行き届くまい」

 確かに、長老の言う通りであろう。…ニンフとヒロは納得した。

「さて、ヒロよ。ワシがお前に何が言いたいか、解っておるな?」

「はい、長老様。僕に世界を魔物から守る旅に出ろと、仰りたいのですね?」

「そうじゃ。辛く、過酷な旅路であろうが、頼んだぞ」

「はい」

 そう、ヒロはこの(精霊の森)で過ごした16年の間、人間がすでに失ってしまった魔術の全てを、長老やニンフ、また自然界の様々な精霊達によって、教え込まれていたのである。世界を救う者として、これほど最適な人物もいないだろう。

そんな2人の会話に、再びニンフが口を挟んだ。

「長老様、長老様、僕もヒロと一緒に行きます」

 突然の申し出に、長老も少し驚いた様子をみせたが、ニンフの申し出をやんわりと断った。

「それはならんぞ。一歩この森より外は、もはや聖域ではなく。お前はその身を守るすべを失くす」

「そうだよ。元々僕は人間だから、何ともないだろうけど、君は駄目だよ」

「なっ…何だよ、ヒロまで。僕はお前が1人じゃ心細いだろうと思ってさぁ、…もういいよ。馬鹿ぁ~!」

 頬をぷうっと脹らませ、ニンフは何処かへ飛び去ってしまった。

「アレは、お前の事が心配なんじゃよ。何せ、お前をこの森に連れて来たのは、アレじゃからな」

「ええ、解っています。彼には感謝しています」

 ヒロには痛いほど、ニンフの優しい気持ちが理解出きる。今までずっと、一緒に過ごしてきたのだから…。

「さて、ヒロよ。ワシはお前に、託宣を下さねばならん。旅立つお前には、とても重要な事である。1度しか言わぬから、忘れるでないぞ?」

「はい」

 すうっと息を吸い込んで、長老は朗々と言葉を紡ぎ出した。

「…お前はこの旅をするに当たり、3人の重要な人物を捜さねばならん。この者達と旅を進め、世界を平和と安定に導くのじゃ。―内1人は、自らお前と共に旅に進むであろう(意志の力)の少年。…内1人は、異世界より召喚されし(祈りの力)の少女」

「異世界の少女?!」

 聞き慣れない言葉に、思わずヒロは驚きの声を上げた。

「さよう。異世界より、この世界に舞い降りし者じゃ。―さて、最後の1人であるが…」

 ここで長老は、言いにくそうに言葉を濁した。

「この者を捜し出すのが、一番の難儀であろうが。…その者、人のようで神であり、神のようで魔族であり、魔族のようで人の存在。…全てを無に帰す(混沌の力)の、青き瞳と髪の少年」

「なっっ…、何と仰いました?青い髪ですって?!」

「…この者に関しては、託宣でも正体が明らかにならんのじゃよ。ワシにも今のところ、(青い瞳と髪)としか、表現のしようがないんじゃ」

 長老は力なく言葉を切った。


 この世界では、赤は太陽神:カルーダの象徴であり、青は月の女神:ルーダの象徴になっている。神話の世界、世界の始まりをお造りになられた全能の神:ラーダー神は、最後に太陽と月の双子の神をお造りになられた。兄神:カルーダ神と、妹神:ルーダ神である。

大変仲の良かった双子の神は、いつしか愛し合う仲になっていたが、2人の愛を許さなかったラーダー神は、罰として女神ルーダを、地底の魔界へと追放された。妹神を不憫に思った太陽神のカルーダは、父:ラーダー神がお眠りになる夜の間だけ、魔界の門をお開きになり、妹神に光の世界をお与えになった。

こうして西の空へ太陽が沈む時、愛しい兄を追いかけて月が空へと昇り出す。しかし、すでに空には月である自分の姿しかなく、女神のお流しになられた涙が、夜空へ散って星星に姿を変え、2人を憐れんだ星星は、自らの光で悲しむ女神を慰めるのだ…と、伝えられている。


 以来、青い色は闇の世界、魔の者の象徴となっているのだが、魔族は(聖戦)により、遥か北の大地に封印されているのである。本来この大陸の人間に、赤い髪や青い髪の者はおらず、ごく稀に大いなる力を宿した者で、赤い髪の子供が産まれる事はあるのだが…。

「…もし、青い髪の子供が産まれる事があったとしても、その子は魔族とみなされ、殺されたりしているのではないでしょうか?」

「恐らくは、そうであろうな。いやあるいは、これから産まれる赤子なのかもしれん」

「そのような人物を、僕1人で捜し出せと!?」

 絶句するヒロに、長老が言う。

「まずは、先の2人を捜すのが賢明であろうな」

「解りました、仰せのままに…」


 それから3日後、ヒロは精霊やニンフ達に見送られ、長年住み慣れた森を後にした。ちなみに(精霊の森)は、レネミー大陸の最南端に位置する。

取り敢えず、大陸南部の大都市:カーレの都を目指して、少年魔導士は一路、北へと歩き始めるのであった。

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