エピローグ
酷く晴れた日だった。
春が始まったばかりというのに外はまるで夏日のように暑い。
そんな普通な日常。みんなが普通に過ごすいつもの日常。
この日が僕の日常を180度変える日だとはこの時の僕は思っていなかった……。
「あち〜」
少年は気だるそうに呟く。誰かが聞いている訳でもないがこの暑さには独り言というものもこぼれてしまう。
電子掲示板には"32°”と表示されている。それを見ながら彼は「チッ」と軽く舌打ちをする。
「4月下旬だろ?32度ってどうなってんだ…。つい先週まで冬日のような寒さしてたくせに…。なんで引きこもりの俺が珍しく外出した日に限ってこう暑いんだよ。上着いらなかったじゃん。」
彼はTシャツの上に黒のパーカー、青色のジーパンをはき薄めの緑のジャケットを着用している。右手には何冊かの本が入った袋をぶら下げている。ちなみにジャケットの前はこの暑さゆえチャックは空いている。
「ジャケット来てきたのは失敗だったな…。朝から出たから昼がこんなに暑くなるとは思ってなかった…。」
汗を手で拭いながら誰が聞いている訳でもないのに彼はそう愚痴る。
身長は165cm前後で17歳である彼は他の平均より少し小さいと言えよう。
ジャケットは手で持って帰った方が多少は暑くないのだが彼の性格上、あまり手になにかを持つのは嫌なので我慢してでも着ている。
「いやぁそれにしても、良かった!新しく買ったラノベ!どう見てもなろう系だけど表紙の子が可愛いんだよなぁ!異世界無双とかも憧れるし、あ゛あ゛僕も異世界転生していろんな女の子にモテたり無双したりしてみてぇ…。」
我々に見えていないだけで誰かと会話しているのではないかと錯覚するほどの独り言を披露しながら彼は帰路を辿る。
ご機嫌なようで少しスキップ混じりで歩く。
そんな中彼はふと、足を止めた。
「危ねぇな、あれ」
彼の視線の先には歩道でボールを投げあって遊ぶ男女の子供がいた。身長的に見て5歳くらいの小学校に上がる前くらいだろう。
「声をかけるか…?いやでもなぁ…」とどうするか思考しながら少しずつ歩みを進める。帰路的に子供たちを超えて行くしかないのでついでに「危ないよ」と注意してもいいがその後にどのような目を向けられるかを考えると少し怖いと感じるところである。
すると女の子がボールを取り損ねてしまった。男の子は「下手くそ!」と言っている。
「おいおい…今の子ってこんなに口悪いの…?」と内心思いつつ男の子を通過しようとする。
その時たまたま車の音が聞こえたことに気づく。
彼はこの道を本を買いに行く時によく通るため知っているのである。すぐ目の前にあるT字路は子供の飛び出しがよくあり危険なことを。
女の子はボールを取ろうとT字路に入ろうとしていた。
「まずい!」
そう短くつぶやくと彼は大切に持っていた荷物を放り出して走り出した。
「まだ間に合う!」特に根拠はないがそう考えながら彼もT字路に入っていく。
そして力いっぱい女の子にの背中を強引に押した。
プー!!!!
車のクラクション音が聞こえたと思った瞬間、体に鈍痛が走る。
「ぐっ…」っと低い声を上げながら彼はその場に倒れ伏せた。
「いってー…。体全体が痛すぎてどこが本当に痛いか分からねぇ…。」
朦朧とする意識の中で彼はそんなことを考えていた。
辺りには女性の悲鳴や男性が救急車を呼ぶ声などが聞こえるが彼の耳には入っていなかった。
「くっそー…。こんなことならあのギャルゲーしっかりクリアしておくべきだったな…。ミスった…。ていうかこのまま死んだら異世界に転生とかできるのかな…?神様がめちゃくちゃ強い力くれたりしてさ…。…ふっ、くだらねぇ…。」
少しずつ薄れていく意識の中で彼はそんなくだらないことを考えていた。
「とりあえず転生して…可愛い子からモテてみたいな…。すごい力手に入れてさ…。あっやべ…。もうダメだな…。こりゃ…。」
くだらないことを考えながら彼は目を閉じた。