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群青  作者: akaesaki
3/4

3 帰宅

家の門まで来ると、降三が出迎えているのが見えた。

範行に背負われた晃は、それを見て笑顔を見せる。



「俺のベッドさ、こっちにしてくれないかな?」

1人で自分の部屋に寝ているのはヤだから …… 本来の寂しがりがカオを出すのは珍しい。それ故に、叶えてやろうとベッドの移動が急遽行われた。


居間の …… 縁側のすぐ内側、障子との間を少し空けるように位置を決める。

ここならば、庭も台所も全て見渡せる …… 最高の場所に思えた。



晃は満足そうに腰掛けて、お茶をひと口含む。


勢伊子も範行も降三も繭結さえ、平気な顔を装ってその様子を注目しているのが可笑しい。

だから、晃がトイレに立とうとしてよろけたのを見て、皆が一斉に声を上げる段に至っては 「そんなに息詰めて見てたら、そっちが倒れるんじゃねぇ?」 と失笑されてしまうオチまで付いてしまった。


降三に支えられて台所へ出ると、それまでなかった手摺が壁沿いに設置されているのを知る。

「そこまでしてくれなくても ……」 内心では思っても、実際トイレにあるそれらは使ってみるととても便利で、自分の衰えが身に沁みる。


これまでできていたことにも人の手を借りなければならないのは 「悔しい」 …… 少し前の晃なら当然のように持っていた感情が、今は不思議と湧いてこない。

「俺も、老いたのかな?」

トイレの個室で1人、片頬で笑ってみる。



「あれ? 晃、そっち?」

用を済ませて自室の方へ行こうとすると、降三が居間に戻らないのかと声を掛ける。


「ここも好きなんだけどさ。」

そう言って、付いてくる降三を振り返る。


壁や家具を伝って部屋を見回す。


画材とイーゼル、中央の大きなテーブル、向こうの壁際にはパソコンとプリンター。作り付けの棚には本が詰まっている。スチールの大きな棚にはこの8ヶ月で描いたキャンバスが隙間もないほどに立ててある。

本業の挿画は、引き出しキャビネットに無造作に放り込んだままだ。

入院する直前まで描いていたものは、机の上でうっすらと埃を被っている。

それらを愛おしそうに目で追う晃を降三は黙って見ている。


ほんのひと月前までは、この12畳で昼夜を問わず制作に没頭していた …… 今となっては、遠い昔のように感じる。


「―― そろそろ帰るけど …… あき坊も戻ったら?」

「あ …… うん …… もう少し。」

勢伊子に声を掛けられて、やっと我に返った。



「ふらつかずに歩ければいいんだけど。」

キャビネットに手を付きながら、そう独り言を言う。






「晃、背中流してやるよ。」

繭結が、ジーンズとトレーナーを捲くって風呂場に入って来た。


夕方早い時間。

病院では介助付きで数度シャワーを浴びた程度だったから晃がどうしてもと強請ったのだが、繭結が入浴を手伝うことになったのは聞いていなかった。

「何? どっか可笑しい?」

「だって、まさかお前に洗ってもらうとは思わなかったから。」

いつもなら範行がすることだから、11歳も年下の妹が介助なんて有り得ない。

「いいじゃん、前はいっつも一緒に入ってたんだから。」

憮然とした風を装うが、すぐに崩れて笑ってしまう。

心配する範行を振り切って勝ち取った仕事だ。

立派に勤めて脱衣所でハラハラしている範行に、自分も晃を守る立場の人間だと胸を張りたい。


「はい! じゃあ、頭からいきます。耳を押さえて下を向いてくださ〜い!」

言うなりシャワーを最強で頭から掛ける妹に、笑いを堪えて従っていた晃だが、次第に息が続かずシャワーヘッドを掴んだ。

「ひでー!! 何すんだよ、バカ晃!!」

方向を変え、降り注ぐ湯を浴びて繭結は叫ぶ。

「そりゃ、こっちの台詞だよ。息が出来なくて溺れるかと思った。」

シャワーを下向きにして呆れる晃に 「あ、そっか」 と悪びれる様子もなく笑い、その場でずぶ濡れの服を脱いでしまう。

介助のつもりが、一緒に入浴となってしまった事実に気付かないのが繭結らしい。



「ねぇ、怪我した時、痛かった?」

背中を …… 今度はゆっくり …… シャワーで流しながら聞いてみる。

自分には見慣れた傷痕だが、晃は夏でも他人には頑なに肌を見せない。

それがどういう意味か考えたこともないが、兄の体を見るにつけ、切なく守ってやりたい気持ちになるのは押さえられない。


「さぁ ……。よく分かんないな。」

「わかんないって …… なんで分かんないの!?」

思いがけない答えで、声が大きくなる。

「う〜ん、憶えてないんだよ。あんまり痛くて忘れちゃったんじゃないか?」

泡の流れ具合を見ながら晃は呟く。

「ええー!! 痛すぎて忘れちゃうとか本当にあんの!?」

疑うように言うが、晃がからかっているのではないことは分かる。


「無理に思い出さない方がいいことって、あるんだよ …… きっと。」


記憶がすっぽり抜けている当時のことは、7年も経つ今でも戻ることはない。

“ 事故 ” 以前の記憶も曖昧で、それ以降のことはボロボロな晃だが、日常生活で不便を感じない程度には回復している。

以前はそのことが不安で長く精神を病んだが、それでも時の流れは人を癒すのか、最近ではこんな風に流すことも出来るようになった。


「ふぅ〜ん、ヘンなの。」

納得しかねる繭結は、ブクブクと湯船に沈んでみせる。



「お前ら、いつまで入ってるんだ!? いい加減出ろよ。」

いつまでも呼ばれないことに焦れたのか、範行が顔を覗かせた。



「…… 範行ぃ ……。」

それを切っ掛けに、晃は立ち上がろうとするが上手く力が入らず、湯船の中で情けないように顔を歪める。



「長風呂するからだ。」

仕様のないヤツだ …… そんな顔をして、範行はざっと水分を拭って抱き上げた。




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