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群青  作者: akaesaki
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2 退院

退院の日は、暖かい晴天だった。


午前中、時間を見計らってやって来た範行と勢伊子と繭結を晃はベッドに腰掛けて迎えた。

「なんだ、元気そうじゃないか。」

ちょっと面喰った顔で範行が言う …… ついこの間まで枕も上がらなかったのに ……。

「寝て待ってらんなかったんだよ。」

足をぶらぶらさせて晃は笑っている。

「この間まで起きられなかったのが嘘のよう。あんた、わざと重病のフリしてたんじゃないの?」

「まっさかぁ! そんなヒマ人じゃないよ。」

勘弁してくれ …… そんなことを言いながら、勢伊子が取り出す着替えを横目で見ている。


生成りのセーター、厚手のコットンパンツ、綿入りオーバー、厚い靴下、ニットキャップ、マフラーと、普段よりも温かいくらいの日なのに、次から次へと念の入った支度が出てくる。


「―― 越冬隊?」

あんまり沢山出てくるから、我慢しきれずに突っ込んでしまう。

「何言ってるの? 「寒い」 って言いまくっているクセに。」

退院前の検査を受けた頃から急に 「寒い寒い」 と言うようになった晃を心配して用意した物をからかわれて、勢伊子は少し膨れた顔をする。


「だって、あんまりいくつも出てくるから ……。」

何枚着られるか競うゲームかと思った …… と叔父の顔を窺う。

「着なくて 「寒い」 って言われるのはムカつくから、大人しく着とけ。」

範行にまでそんなことを言われて、晃は仕方なさそうに肩を竦める。


化学療法が効いた所為か、入院した頃に比べると晃の体調はとてもいいらしい。

立っていられないほどのふらつきや、酷い頭痛、吐き気が軽減された所へ疼痛への緩和ケアが功を奏し、多少のふらつきは残るものの、数ヶ月ぶりに痛みのない日常を取り戻したことが大きいのだろう。


ただ、急に寒さを訴えるようになった晃に、得体の知れない 「何か」 を感じてしまうことが、過剰な保護意識を掻きたてられるのだということも、2人は知っている。



「降三は?」

下着代わりのTシャツ、白いネルのパジャマ、トレーナー、その上にセーターを着込み、パンツはパジャマの上から範行にふらつく体を支えてもらって身に着け、ニットキャップを被りながら訊く。

「―― 家で待ってる。」

範行の答えにふうんと鼻を鳴らして、繭結に視線を移した。


「繭結、パフェ食いに行こうぜ?」


「あき坊!!」

「そんな、心配そうな顔しなくったって大丈夫だよ、勢伊子さん。」

「だって ……。」


「手続き、そっちでやってくれるんだろ? それまでカフェにいるよ。」

俺がいたって役に立たないもんな …… 片目を瞑って繭結に合図する。


「もう!!」

腰掛けた車椅子を妹に押させてさっさと出て行ってしまった甥の背中を見送って溜め息を吐く。





「すげー顔!」


口の周りをクリームだらけにして、フルーツパフェをパクつく繭結は目だけを兄に向ける。

「さっむいのに、よく食えるよなぁ。」

「だって、パフェ食いに行こうって言ったの、晃じゃん。」

日向の席にいるのに、晃は口癖のように 「寒い」 と言う。



「ねぇ、晃。飲まないん? 飲めないん? それとも不味いん? それ。」

目の前に置かれたミルクティーはもう湯気を立てていない。


「―― ? あ、あぁ。飲まないのと不味いのの中間 …… 気にすんなよ。」

言われて初めて気付いたように、ひと口もつけていないカップに目を遣る。

「ちゃんとご飯食べた?」

「うん …… って、お前まで俺の母親気取りかよ。」

むくれたような顔をして見せるが、機嫌よく笑う。


今朝だけは、退院ということで気分が良かったのだろう。

食欲のないのはいつものことだが、珍しく少し残しただけで胃に収めることが出来たので、妹にも嘘を吐かずに言える。


「だって …… 晃、痩せちゃったから …… でも、すぐに元に戻るね?」

つられて満足気に笑う繭結。

いつまでも少年のような兄が、陽に照らされて笑っている。


今回の入院で、目眩からのふらつきで酷く転んでしまったことがショックだったのか、少し長い移動には車椅子を使うようになった晃である。

前の入院の時は、どんなに体調が悪くても自分の足で歩きたがっていたのに、そういった覇気も衰えているのかと心配するのを聞いたこともあるが、まだ幼い繭結には理解しきれない。


でも、晃が笑顔を見せている。

そんな小さなことが、今の彼女にとってはとても大事らしい。





「―― どう? うまく落ち着けた?」

「ん。こんなもんかな? でも、毛布もっとない? シートが痛いよ …… それに、やっぱり外だからかな? …… なんだか、寒いや …… 寒い ……。」

範行のミニバンの後部座席を倒した即席のベッドに寝転んだ晃が答える。


オーバーにマフラーまでしているのに尚、そう言うのか。

車内では、暖房も入れていると言うのに ……。


「ホイ、晃。」

繭結が簡易カイロを渡して毛布を足して、暫くするとやっと人心地着いたように寝息を立て始める。

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