1 (プロローグ)
雨が降っている ――。
窓辺に椅子を持ち出して、晃はじっと雨の降るのを眺めている。
正月の5日に、人混みを避けて遅い初詣に行った地元の神社で倒れた。
今でもキツい “ 目眩 ” だったと晃は主張しているが、崩れるように蹲ったままかなりの時間動けなかったのも事実だ。
そのまま病院へ連れて行かれ …… 救急車を呼ばれなかったことだけがせめてもの救いだったと、主張しているが …… この時の精密検査により重大な結果を得るに至った。
一年前に手術した脳腫瘍の再発。
晃には、「昨年同様、良性腫瘍だが入院治療が必要」 と説明されたが、自分の体調の悪化が尋常でないことくらい随分前から気付いていた。
入院して、もう10日は経っている。
「寒くないか?」
一心に外を見ている背中へ、叔父の範行が声を掛けた。
晃は返事をしない。
「何見てるんだ?」
「…… 雪になんないかな?」
パジャマしか身に着けていない肩へカーディガンを羽織らせ、範行も窓外へ目を遣る。
まだ夕方には早い時間だが、どんよりと暗い雲から絶え間なく絹糸のような雨が落ちている。
―― この冬はまだ雪を見ていない。
病を得た体には、厳しい冬よりもこの穏やかな気候が有難いだろうに、雪を待っているらしい。
「あと5日化学療法やって、検査の結果次第で退院にしようって。」
そう伝える。
あまりに家に帰りたがるから、医師と晃、家族の間で話し合いが持たれていた。
勿論、この決定を危惧する声が圧倒的多数であったのに、晃の強硬な主張が押し切られる形になった。
本より期限の切られた体である。
数日前から始められた化学療法が済むと積極的な治療はなくなる。苦痛を緩和することに主眼が置かれれば、必ずしも入院だけが最良の手段ではない。
「―― うん ……。」
「何だよ? せっかく帰れるかもって言われたんだから、もっと嬉しそうな顔しろよ。」
範行ら家族にとっては不安しかない選択なのに、晃のこの反応の薄さはどうだろう。
「画が …… 画が描けないから …… あと5日も化学療法やられるんじゃ、体がキツくて …… 画 …… 描いてらんない …… よ。」
療法の副反応でずっと微熱と下痢が続いている所為か、その顔色や態度から生気が感じられない。
前の入院の時には、病室へ油絵の道具を持ち込んでいた晃だが、今回はセッティングさえできていないことからも状態が芳しくないことは窺える。
「そんなこと言うなよ。やっと、退院の目処が着いたんだから。」
範行に肩を抱かれても、晃は何処も見ていない目を窓の外に遣ったままだ。