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第81話 The nature of truth



「お前は誰だ?」

「あら? エルってば、お姉ちゃんの顔を忘れたの? あぁでも……そうか、あなたは知らないものねぇ……」

「何を言っているんだ……」



 身長は俺よりも少し低いぐらい。髪は肩にかかる程度。しかしその色は俺と同じ薄い白金プラチナ。そして特筆すべきは……その顔だ。同じだ。全く同じ。似ている。いや、似過ぎている。今までなんども鏡の中で見てきた顔。それが今こうして目の前に現れて、俺はただの赤の他人だと言えるほど無感情ではない。



 間違いない……こいつの言う通り、この女は俺の姉なのだ。



「はぁ……でもやっぱり予想通り。エルはちゃんとその眼、使えたみたいね」

「……」

「そこの失敗作を使った甲斐があったわぁ……でも、殺処分できないのは面倒ね。エル、ちょっとアリアのやつ壊してくれない?」

「応じるとでも思っているのか?」

「ありゃ? お姉ちゃんの言うことが聞けないの?」

「……確かに顔は似ているな。血縁関係はあるのかもしれない。だが俺の今の家族は王国にいる。お前は姉なんかじゃない」

「ふーん。そう言うこと言うんだ。ふーん。ま、いいけどさ」



 すると女はくるくると何かを指先で回し始める。それは凝視してみると……人間の眼球だと理解できた。正気ではない……この女はイかれている。



「ここで非道な実験をしていたのはお前か……?」

「ちゃんとイヴお姉ちゃんって、呼ばないと答えてあげなーい」

「……」

「もう、そんな顔しないでよエル。ちゃんと教えてあげるってば」



 ニコニコと微笑む女。イヴお姉ちゃんと言ったからには、この女の名前はイヴと言うのだろう。そして俺は自称姉のイヴの話を聞いた。



「そうね。実験という意味では正解。でも非道じゃないわよ? 痛ぶることもしてないし」

「……それがこの氷壁を見ても同じことを言えるのか?」

「ん? 綺麗に整理するのは当然でしょ? 無秩序は嫌いなの」

「どうして人を殺す。それほどまでに人工知能の実現は必要なのか……?」

「別に? ただの個人的な趣味。でもそんなものじゃない? 研究者なんて、やりたいことやるだけでしょ?」

「それはそうだ。だが、人を殺めることに抵抗はないのか? 立派な犯罪行為だ」

「あらららら。エルってば、本当に俗世間に染まったのねぇ……でもそれも副作用みたいなものだし、仕方ないかぁ……で、質問の答えだけど、ないわね。あなたたちでいう動物実験と同じよ。その動物が人に置き換わってるだけよ」

「……どうして、どうして、こんなことをッ!」

「ふぅ……ねぇ、人間と動物の差って何?」

「何を言っている?」

「どうして動物実験はしてもいいのに、人間で実験をしてはダメなの?」

「それは……人に感情があり、人が死ねば悲しむ人がいるからだ……」

「だから感情のない……いや、正確に感情が表現できない動物は実験してもいいんだぁ……ふーん。そんなもんだよね、人間社会って……だから未だに真理に辿り着けないんだよ。とにかく無駄なものが多すぎる」

「だからと言って、好き勝手に振る舞っていいのか? 無秩序な社会には混乱と混沌、そして破滅が待っているだけだ」

「そんなことが起きるなら、人間もそこまでだよ。エルも分かっているんでしょう? 人間を使えば、もっと容易に研究が進むって……」

「……」



 理論的な話をすれば、イエスだ。確かに人間をサンプルに使って実験ができるのなら、もっと様々なことを解明できる。でもそれは……倫理に反している。そんな非道は許されない。



「第六迷宮もお前がやったのか?」

「ん? いやあれは別のやつだよ。蜘蛛なんて気持ち悪いだけじゃない? それに人と蜘蛛のキメラなんてうえーって感じ。私の趣味は人形。可愛い、可愛い、お人形が好きなの。でもそこのアリアは失敗作。人間と全く同じなんだもの。私が欲しいのは適度に削ぎ落とされたお人形。感情はある、でも行き過ぎない程度の可愛い人形が欲しい。でもなかなか上手くいかないの。ねぇ、エル。手伝ってくれない?」

「ここまでの問答を聞いて、俺がイエスと答えると思ったのか?」

「やっぱカッコよくなったわねぇ、エル。私、エルの子どもなら孕んでもいいわぁ……」

「何を……言っているんだ?」

「別に弟に恋する姉がいてもいいでしょう? あぁ……今すぐにでも食べちゃいたい……」



 ぞくりと背筋が凍る感覚が走る。この女の言っていることは本当だ。あの目と表情は間違いなく本気のものだ。どうしてこんな人間が俺の姉なんだ。そしてこの女の弟である俺は……一体何者なんだ?



「はぁ……あの人に止められていなかったら、今すぐにでもエルを迎えに行くのに……こうして触れられる距離にいるのに、持って帰られないのは悲しいわね……」

「第五迷宮を実験場にしたのは、ただの趣味なのか? お前がこの迷宮を作ったのか?」

「まさか。私が迷宮なんてものを作れるわけがない。ま、ここを使ったのは死体の保存に便利だからね。人目にもつかないし。迷路の構造もちょうど良かったしね。でも、ここはもう使わない。それにアリアの後に求めるべき人形は実は手に入ったの。あとは、エルだけ。あぁ……全部話してしまいたい……でも我慢よ、我慢。果実は熟すまで待たないと、ね」

「何を隠している?」

「ひ、み、つ……うふふ。それじゃあ、私はもう行くわね。次に会うのは、きっとまた近いわ。それと、あなたのお仲間だけどすぐに会えるわ。多分生きているだろうしね。わざわざエルと引き離すために転移させたのに、しぶといみたいね」

「おいッ! 話はまだッ!」

「あぁ……あとそのおもちゃだけど、エルにあげるわ。アリアは失敗作だけど、欲しいなら好きにして。それと、第五迷宮は私がもう踏破したから、最終層には何もないわよ? あぁでも……地上に戻りたいなら、50層行ったほうが早いわね。それに時間稼ぎも必要だし……エルはまだ魔法が使えないから、迷宮内で転移も使えないしねぇ……とりあえず、また会えることを楽しみにしているわエル。またね……」



 そしてイヴはスーッとその姿を消して行った。さらに気がつくと、氷壁に入っていた人間のバラバラの死体もまた綺麗さっぱり無くなっていた。



「エルさん、あの女はエルさんの姉……なんですか?」

「……顔だけ見れば、血縁関係があるのは間違いないだろう。だが俺はアレを姉とは呼べない。あれは狂人だ。イかれている……」

「そう……ですか」

「あの女の言葉を信じるわけじゃないが、下に行こう。どのみち、地上に戻るには最下層まで行く必要があるからな」

「はい……」



 そこから先、俺たちに会話はなかった。


 そして四十層以降は魔物も、ドールもいなかった。あの女の言う通り、この迷宮はすでに攻略されていたのだ。だから魔物も弱いものしか残っていないし、あの女の実験結果であるドールが徘徊していたのだ。



 第六迷宮と違い、何もかもが異質。そもそもあの女の目的はなんだ? 時間稼ぎとかも行っていたが、何の時間を稼ぐ必要がある? 疑問は尽きない。だがおそらくこの第五迷宮から出てくる情報はもう何もないだろう。



 俺はそう直感していた。



「ここが……最終層ですね」

「そうだな」



 アリアとたどり着いた最終層。そこは扉が無造作に開かれており、そしてその中には……見知って顔が並んでいた。



「みんな! 無事だったのか!」

「エルッ!!」



 フィーは俺の顔を見ると、一目散に俺のところに駆け寄ってきて……ぎゅっと思い切り抱きついてきた。俺もそれに応じて、フィーを抱きしめる。



「フィー、無事だったのか」

「うん。エルたちも無事でよかった」

「うむうむ。奇跡的な再会じゃの」

「でもエルが後から来たってことは……この迷宮を先に攻略したのは別のやつか」

「その件だが実は……」



 俺は三人に今まで起きたことを話した。アリアの存在、そして俺の姉と思われる人物の話。



「なるほどのぉ……あの転移はそいつの仕業じゃったか」

「つまり俺が溶かすことができなかった氷もそいつの仕業だったのか」



 マリーとレイフがそう言うと、俺たちはそれぞれ意見を出し合って考察を始める。だが本当ならば俺は一刻も早くこの迷宮を出るべきだったのだ。


 

 第五迷宮は攻略されていた。だからもうやるべきことはない。とりあえずは安心して、そして……王国に戻ろう。そう言う話になった。地上へ繋がっている転移の錬成陣もすぐそこにある。



 だがこの第五迷宮に入った瞬間からすでにあることは始まっていた。これは終わりではなく、序章に過ぎない。



 そして俺はあの女が言っていた、『時間を稼ぐ』と言う意味をすぐに知ることになる。

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