第80話 Aria-独唱-
「アリア……お前は……一体……」
切断された腕を拾うと、アリアはそれ無理やりはめ直した。どう言う構造になっているかは不明だが、その腕は見事に定着した。一見すれば切断された後など分からない。でも、叫んだと思ったら急に冷めたような目をして……腕を拾ったのだ。
そして俺は悟る。内部の構造は限りなく人に似せてある。元素眼でも見ても、人にしか見えない。でもそれは……違った。彼女の体は人形だったのだ。つまりは……元は人間ということなのだろう……。
俺はなんて声をかけるべきか分からなかった。そうしていると、アリアは自分の口を大きく開けるとその中に手を突っ込み……体内から長刀を引き摺り出す。それを見てわかった。体内に充満していた第一質料はあの長刀から生じていたものだったのだ。
そしてその密度は外に出ることで明らかになる。
異常なまでの濃さだ。おそらく、十人程度人を切っただけではあぁはならない。ざっと見ても百人。いや、おそらく千人には超えているのかもしれない。虚ろな目でそれを見つめるアリアの意識はすでに以前と同じとは思えなかった。
「アリア。結局は全部嘘だったのか? お前は俺を騙すために……」
「うるさい……」
「お前は……その刀で何人の……」
「うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! 私には……命令された私はこうするしかないのッ!!」
涙は流れない。でもその表情を見て、彼女は確かに泣いているのだとわかった。命令されたら……その言葉から俺は第三者がまだいるのだと予想した。それと同時にどこか安心した。アリアは、自ら望んで今の場所にいるのではない。きっと巻き込まれたのだ。それを知って俺もまた、覚悟を決める。
「アリア……せめて、安らかに眠れ……」
「殺せるなら、殺してよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!!!」
そしてアリアは俺に向かって突撃して来る。
その大地を駆ける速度はさっきのドールの比ではない。おそらく体のスペックが元から違うのだろう。はっきり言って、さっきのドールの二倍は速い。
「ぐ……ぐぅうううううッ!!」
剣を薄羽蜉蝣で受け止める。だがアリアの持つ長刀は二メートル近くもある上に質量がかなりある。薄羽蜉蝣で受け止めるには重すぎる。そう判断して、俺は受け止めるのではなく躱すか、または受け流すことを選択。
「アリアッ! 自分ではどうにもならないのかッ!」
「……」
すでに言葉はなかった。彼女が最後に言った言葉は殺してくれだった。まただ。また同じだ。どうして俺に委ねる。どうして俺に人を殺させたがる。どうして俺にこんな役目を担わせる?
どうして……迷宮とはどうして……こんな場所しかないのだ……。
だが感傷的になっても状況は改善しない。今のところ、俺の手段の中にアリアを救う方法はない。彼女が操られているだろう命令というものを如何にかできればいいのだが、その手段は俺には見えない。命令がきている……ということは、錬金術でのパスが繋がっていると考えるべきだ。だが俺の元素眼では何も見えない。普通の錬金術ならば容易に可視化できるのだが……これはおそらく……。
魔法。きっと第零質料が絡んでいるのだろう。それを看破する術はないからこそ……俺はまた殺すしかないのか……。
第六迷宮と同じだ。初めは知らなかった。最後は知っていて殺した。死は救いになるのだと信じて。今回も同様だ。今回もまた……俺はやるしかないのだろう。それが才能のあるものの勤めなのなら、俺は……。
「……スゥウウウウウウー、ハァアアアアー」
深呼吸。俺は一気に決めることを決意。せめて、安らかに逝ってくれ。
「……属性付与:絶対零度」
切り札である、絶対零度を選択。そして俺はアリアを限界まで引きつけて……その刃を振るった。
「……なッ!! レジスト、した……だとッ!!!?!」
驚愕の声が漏れる。それもそのはずだ。完全に射程に入り込んでいた。だというのに俺の放った技は綺麗に真正面からレジストされたのだ。でも今はどこからも錬金術の兆候は見られなかった。
アリアじゃない……何者かこの場所にいるのか?
だが周囲に気を散らしている場合ではない。
「いやだ……」
「え?」
「私は人を殺したくない……殺したくはないの……もう、いやだ……」
その声はアリアのものだった。俺と剣戟を交わしながら、彼女はそう呟いていた。涙は依然として流れない。でも……彼女は泣いているのだ。
その瞬間、俺は自分自身の枷を外すことを決めた。手段がない……そう結論付けていたが、俺はアリアを助ける気になればどうにかすることができる。死は救いになる……そう思ってはいるが、今のアリアを見て俺は彼女を殺すべきではないと思った。今の顔は死を願っている人間の顔ではない……厳密には機械的に生み出されている表情なのかもしれないが、それでも、俺は誰かを殺すくらいなら、助けたい……そう考え直した。
「……元素眼」
もともと発動している元素眼だが、俺はこの先があると知っていた。元素眼の一部分しか解放していないというべきか。だがそれは自分の体のことも心配して完全に開放していなかった。おそらく完全開放すれば、俺は第零質料にもアクセスできるはずだ。そんな予感……いや、確信があった。
そして俺は……自ら制御している領域を開放し、元素眼の出力を完全開放した。
双眸から流れ出る血液は止まることを知らない。それに頭が裂けそうなまでに痛い。今まで味わってきたものの比ではない。この痛みは……とても耐えうるものではない。だがそれでも……まだだ……あと数秒あれば……。
瞬間、世界にうっすらと真っ赤な粒子が見えるようになってきた。第一質料は黄金の粒子として視界に現れる。そしてこの深紅の粒子は間違いない、世界の原初である第零質料だ。
そして知覚さえできれば、俺にできないことはない。
《対物質コード:逆転》
《第零質料=対物質コード》
《第零質料:逆転=第一質料》
今までは物質に作用させてた対物質コードだが、理論としては万物に作用できる。その確信から俺は、第零質料を第一質料の段階へと還す。
すると、アリアに繋がっていた深紅の粒子はパッと弾けて第一質料へと還っていく。
「あれ……私は……」
完全に意識が戻ったようで、アリアはその場に呆然と立ち尽くす。握っていた長刀は氷上に落ちる。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
そして俺は成功を確信すると、地面に手をつく。危なかった。あと1秒でも経過していれば、眼球が弾け飛んでいた。間違いなくその未来はあった。だがギリギリのところで成功した。あれが……第零質料。魔法の根幹となる物質。だが俺は対物質コードを上手く作用させることができた。
「え、エルさん……大丈夫ですかッ!!?」
アリアがこちらに駆け寄ってくる。彼女は着ている服を躊躇なく破りさると、俺の血をそれで拭ってくれた。
「目からこんなにも血が……」
「いや大丈夫だ……時間が経てば治る。それより、アリアは大丈夫か……?」
「私は大丈夫ですけど……」
「そうか。なら良かった」
「私は……これからどうしたら……」
俺は黙って彼女の話を聞いた。
「私は自分の意志ではないとはいえ、たくさんの人を殺しました。それにもう……帰る場所もありません」
「まだ死にたいのか?」
「……本当は死にたくなんてありません……でも、もう人間じゃない私にいるべき場所なんて……」
「俺のところに来い……」
「……え?」
「……俺が雇ってやる。アリアは容姿がいいからな。いい売り子になる」
「……それって農作物の話ですか? あの時言っていた」
「あぁ……そうだな、時給2000円からでどうだ? 非正規雇用になるが、お前がいい働きをすれば昇進もあるぞ?」
「ははは……バカですね……エルさんは……」
俺はそれから他愛のない話をした。俺の夢についての話だ。そしてアリアはにっこりと微笑みながら、俺の話を聞いてくれた。
すると、パチパチパチと拍手をする音が聞こえた。
「エル、素晴らしいわ! やっぱりあなたは最高よ……!!」
コツコツと氷上をゆっくりと歩いていくる女の姿をとらえた。そして俺はその顔を見て……直感的に分かってしまった。
こいつは……。
「あぁ……可愛い、可愛い、エル。久しぶりね。あなたの、《《お姉ちゃんよ》》」
そう。その顔は俺と瓜二つだったのだ。




