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第75話 それでも、彼女は進む


「エル、結局また一年残ることになったけど……良かったの?」

「別に学費もかかっていないからなぁ……実際のところ、やるべき予定は全て終えてしまったが、まだ調整とか残っているし改善の余地はある。さらに研究も進めてみるさ」

「そう……ならいいけど」



 次年度。エルは神聖歴1993年の2月に碧星級ブルーステラの錬金術師となった。王国初と言ってもいいこの快挙に、世界は湧いた。瞬く間に彼の偉業は広まり今となってはエルウィード・ウィリスの名を知らないものはいない。


 それに研究成果だけではなく、その容姿からもエルの人気は高まっている。マスコミとしても天才錬金術師でイケメンなのは扱いやすいのだろう。連日、イケメンすぎる天才として報道され続けた。


 本人はかなりうざがっていたが、有名税とはそういうものだと言っておいた。エルは納得していないが、それでも私は嬉しかった。


 ずっと隣で見てきたのだ。毎日、毎日、毎日、懸命に取り組み続けた彼を見てきた。そしてそれが世界に評価されたのだ。これほど嬉しいことはない。



「ふふっ……」

「どうしたフィー?」

「なんでもなーい」

「そうか?」

「うんっ!」



 そしてそれからまた……一年が経過した。



「エル、卒業おめでとう」

「フィーか。世話になったな」



 卒業式は無事に終えた。色々とあったが、エルとの思い出は一生のものになるだろう。今は卒業式後のパーティに行く前に少し話しているところだ。



 本当に色々あった。激動の2年間だった。エルの不祥事を揉み消すのもそうだが、彼は本当に奇想天外で誰よりも努力家で……そして史上最高の天才だった。



 私もまた、かつては王国屈指の天才と言われていた。でもそれも、エルの前では霞む。そして理解した。天才とはその遺伝的要素だけで決まるものではないのだと。才能、努力、環境。この三要素が適切に絡み合った時、天才は生まれるのだ。私はそれを目の前で見てきた。碧星級ブルーステラの錬金術師、エルウィード・ウィリスの存在はそうして生まれたのだ。



「エル、これからは先生として頑張ってね」

「……まぁ、人に教えるのは初めてだが頑張るさ」

「それにしてもあのエルが先生になるなんてね」

「意外か?」

「そりゃあ……あなたの暴走を知っている私からすると意外でしかないわよ」

「ははは、それもそうか」



 エルとは卒業すればさよなら。そう思っていたが、周りの圧力もあってエルは学院で講師をすることになった。私の説得のおかげだが……実際のところ、それはかなり私情が入っている。エルは卒業すれば農家を継ぐ。そのことを知れば勿体無いというか、ありえないと考えるものは多いだろう。でも私は別の理由からエルが農家を本格的に継ぐのを反対した。それは純粋に一緒にいたいという想いだった。



 エルが引退して、農家を継いでしまえばもう会うことあまり無くなってしまう。それが嫌だった。エルと一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。二人でバカなことを話し合って、真面目に研究をして、そして一緒に笑い合っていたい。



 そうしたいと思って、私はエルに錬金術関連の仕事をするように進めた。学院の講師にあるのは願ってもいないことだが、私の胸中は複雑な思いで占められていた。



 私は彼の可能性を奪ったのではないか?

 彼の夢を遠ざけているのではないか?

 私の存在はただ邪魔でしかないんじゃないか?



 そんなことを考えてしまう。どうしても。



 そして転機が訪れた。それは迷宮探索だ。



「なぁ、フィー。モニカ。俺は……人を殺したよ。人間をこの手で。十層の時は知らなかった。三十層の時は違和感を感じた。四十層の時は気がついていた。そして五十層の時は、知っていて……全てを分かっていて殺した。少女の願いは死ぬことだった。だから、殺した。なぁ……俺たちは正しいのか?」



 第六迷宮最深部。私たちは最下層での死闘に勝利した。でも事実は最悪なものだった。ここの十層、三十層、四十層、五十層にいた蜘蛛は全てが元が人間だったのだ。エルはそのことに気がついて後悔していた。嘆いていた。慟哭していた。



 まだ十六歳でしかない彼に背負わせてしまった。



 それを機にして、エルは本格的に迷宮探索に乗り出してしまった。そのことに私は心を打たれた。こうなったのは私のせいだ。エルから夢を奪っているのは自分だ。本当は今すぐにでも農作物の研究をして、本格的に農業を成功させたいのに……。



 全ては私のせいだった。私のせいでエルは……エルは……。



 第五迷宮に来る前だってそうだ。エルはまた何か能力に目覚めた。エルは特別だ。天才だ。でもその能力は本当に必要なのだろうか? 私のあの時のわがままな想いのせいで、エルは遠回りをしている。エルが化け物じみた力を身につけるに連れて、私は自責の念に駆られた。



 いつか私には天罰が下る。



 ここ数日はそんなことを思い始めていた。でもそれはこうして現実となっている。




 ◇




「エル……」


 ボソッと呟く。もう一人になって、1日は経過したと思う。幸い、魔物はそれほど強くはない。私一人でも対処できる。でも、心はどんどん磨耗して行く。果たして、私は自分一人だけ最下層まで進めることができるのだろうか。


 でもこれは報いだ。エルの人生を滅茶苦茶にした報復なのだ。


 ここで死んでしまっても……私はそれを受け入れるだろう。人の人生を滅茶苦茶にするとは万死に値するのだ。


 未来の可能性を奪う。それは死と同等に残酷なものだ。それを行ってしまった罰として私はこうして一人で第五迷宮を彷徨っている。



 体はすでに悲鳴をあげている。疲労困憊で休む必要がある。でも一人となった今は警戒の面でもぐっすりと寝るわけにもいかない。おそらくひどい顔をしているのだろう。髪もボサボサで、体も綺麗とは言えない。濡れたタオルで拭っても違和感は残る。



 でもそれでもいいと思ってしまった。だってこれは報いなのだから。




「……? あぁ……まさかもうこんなところまで来たのね……」



 さらに数日経過。私はフラフラとした足取りで進み続けた。そして気がついた。ちょうどここは三十層の前だ。扉にあるウロボロスのマークでそれに気がついた。きっとこの先には魔物がいるのだろう。一人で戦えるだろうか? 今まではエルがいた。いてくれた。だから安心してて戦えたし、肝心のところはエルがやってくれた。


 未来を奪ったにもかかわらず、頼り切っている。本当に私という人間は性質たちが悪い。



「さてと……行きますか」



 ギィィイイイイイ、と扉を開けるとそこには真っ青な体をした蛇がいた。でも体長は5メートル以上はある。正式名称は知らないが、あの蛇はおそらくかなり高位の魔物なのだろう。



 そうして私一人での死闘が始まった。




「はぁ……はぁ……はぁ……」

「キ、キィイイイイイ……キィ……キ……ィ……」



 終わった。私はその蛇の体を全て焼き尽くした。正確に言えば内部に存在する水分という水分を全て昇華させた。だがエルの言っていた固有領域パーソナルフィールドがかなり分厚い個体で、なかなか錬金術が通らなかった。そのせいもあって、戦闘は六時間にも及んだ。手首に巻いている時計を見ると、ちょうど戦闘を開始してからそれほどの時間が経過していた。



 伊達に白金級プラチナの錬金術師ではないし、それにかつては天才と私も呼ばれていたのだ。本気を出せば一人でもやれるのだ……。



 でも体はすでにボロボロ。至る所は凍傷になっており、なんとかそれを温めて緩和するも内部まで浸透しているようで根本的な改善にはならない。


 それでも私は進む必要がある。どこでエルたちと合流できるかわからない。ならば進むしかない。


 贖罪のためにも、私にできるのはこの歩みを止めないこと。


 それだけが、今の私にできる全てだった。

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