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第72話 Down the Rabbit-Hole



「なぁ、何かおかしくないか?」

「エルってばまた? 何がおかしいの?」



 俺は何か違和感を覚えていた。それは明確な根拠があるものではない。ただの漠然とした不安。俺はこの迷宮を氷の迷宮と思い、そして実際は氷の迷路だと断定した。でも、本当にそれでいいのか? その疑問が頭をよぎる。



 先入観に気をつけろ。



 その言葉がどうしても頭に残っている。



 俺は何か重大な見落としをしているのではないか? そんな想いから出た言葉だった。それにアリアの存在もその考えを助長している。



 なぜ彼女は第五迷宮に存在している? どうして記憶がない? なぜだ? どうして……と考えると、際限ない疑問が頭に生じる。



「杞憂なのか」

「私が言うのもなんですが、気のせいですよ!」

「アリアが言うとなんかムカつくな……」

「ちょ!? 相変わらず、私に対する扱いが雑じゃないですか!?」

「はいはい。それでだが……とうとう、二十層だな」

「そうね。アリアは後ろに下がっていなさい。戦闘になるから」

「は、はい……なんか緊張しますね……」



 現在は十九層の最深部。俺たちは二十層へと続く階段を降りて、扉の眼の前に来ていた。今までの傾向からして、間違いなく何か魔物のがいるだろう。俺はアリアを守ることを念頭に置いて、扉を開けた。



「……妙だな」

「……そうね」


 俺とフィーが覚えた違和感。それはこの部屋には何もいないと言うことだ。



「何もいない? だが先の扉は閉ざされているままだが……」



 瞬間、地面が急に発光するのを近く。だがその時にはもうすでに手遅れだった。


「フィーッ!」

「エルッ!」



 俺は後ろにいるアリアの手をすでに掴んでいたが、今回ばかりはフィーと陣形の関係で少しだけ距離を取っていた。これはこの迷宮に入った時は同じものだ。地面に転移の錬成陣が組み込まれていたのだ。



 そして、俺はフィーと離別するのだった。



 ◇



「うわぁ!!」

「……おっと」



 空中に放り出され、俺はなんとか着地してそのまま降ってくるアリアを受け止める。



「あ、ありがとうございます」

「いや、それよりも……」



 周囲を見渡す。その景色は今まで見て来たものと同様だ。どこまでも果てしなく続く氷の迷路。


 だがこの場所はどこだ? 


 そう思って元素眼ディコーディングサイトを発動。周囲の第一質料プリママテリアが濃すぎて詳細は不明だが、外観だけは理解できた。ここは二十一層だ。つまりは、あの転移はさらに一層下に移動させるものだったらしい。



「……ここは二十一層みたいだな」

「え、下の層に降ろされただけですか?」

「みたいだ。だが、先ほどと違って全く人の気配を感じない。魔物はウジャウジャといるが、人はない。さっきは遠くにレイフとマリーがいるのをなんとなく感じ取っていたが、急に気配が失せた」

「それって……」

「死んだと仮定するは早計だ。死んだ際にはもう少し、第一質料プリママテリアの乱れが生じる。人間が保有している第一質料プリママテリアは莫大だからな。死を感じれば、もっとざわつている感覚があるはずだ」

「そう、ですか。なら、お仲間の方とフィーさんは」

「きっと生きている」



 だがその言葉希望的観測だ。マリーとレイフはともかく、フィーは死んでいる可能性がある。あの転移でどこに跳ばされているかなど、分かりはしない。俺とアリアは偶然何もない空間に降ろされたが、フィーだけは魔物の集団がいる場所に跳ばされているかもしれない。それに即死させられるようなトラップがある可能性もある。



 死。フィーが死んでいる。その可能性を考えれば考えるほど、俺は自分がどうにかなりそうだと思った。フィーはずっと俺といた。学院に入学してから今に至るまで、ずっと一緒だったのだ。だと言うのに、急に死んだと仮定することは俺の心の許容範囲を超えている。



 きっと生きている。大丈夫だ。でも俺にはそんな慰めの言葉を自分にかけることすらできない。どれだけ考えても、死が脳内に浮かぶ。そもそも迷宮とは異質な存在であり、数多くの人間を死に追いやっている。その犠牲にフィーが選ばれたとしても、なんの不思議もないのだ。



「……エルさん?」

「すまない。なんでもないんだ」



 震える。人間の気配を感じないとはこんなにも恐ろしいことなのか。なまじ能力があるだけに、否応無しに事実が突きつけられる。この迷宮には人間はいない。それが今の俺の感じ取れる結論だった。



 誰もいない。今まで感じていた気配がまるでない。存在しているのは魔物だけ。それが今わかる全てだった。



「大丈夫、大丈夫ですよ……」

「あぁ……そうだよな」



 アリアがぎゅっと手を握ってくる。その暖かさを感じて、俺は少しだけ落ち着いて来た。そうだ。今は先に進もう。皆が生きているのなら、絶対に最下層を目指しているはずだ。ならば取るべき道は一つだけ。



「進もう」

「えぇ……」



 そうして俺とアリアは先に進むのだった。



 ◇



「はぁ……はぁ……はぁ……大分歩きましたね」

「そうだな。休憩するか」

「すいません、私に合わせてもらってしまって」

「いや構わない」


 現在は二十五層。と言ってもスムーズに進んだわけではない。魔物との遭遇戦に、迷路による無駄な足取り。それは肉体的意味だけでなく、精神的にも確実に俺たちを蝕み始めていた。



 仮にこの迷宮を作った人間がいるとするならば、俺は最大の賛辞を送りたい。



 ここは最低最悪の迷宮だと。まるで人間の精神を削りに削って、そして追ってくるようなデザインだ。分散させて、迷路に迷わせ、雑魚の魔物との遭遇戦が幾度となく繰り返される。これを悪夢と呼ばずになんと呼ぶのか。始めは第六迷宮に比べれば大したことがないと思っていた。あちらにいた蜘蛛たちの方がよっぽど強い魔物だったし、戦闘はどれも熾烈を極めた。だが、ここにいる魔物は雑魚ばかりだ。それほど消費することなく、進むことができる。



 でも問題なのはその数と配置だ。まるで誰かが意図的に配置したかのような場所に魔物の集団が固まっており、毎回その数は百匹近いものである。



 流石の俺も精神にかなりきていた。じわじわとヤスリで体を少しずつ削られていくような感覚。流石にまだ絶望はしていないが、徐々に気分が下がってきているのは間違いなかった。



「エルさん、大丈夫ですか」

「問題ない。錬金術の精度なら維持している。どんな魔物に襲われても大丈夫だ」

「いやそうじゃなくて、そのフィーさんがいなくなって……その……」

「なんだ? 病んでいるとでも?」

「その……まぁ端的に言えば、気落ちしているのではないかと思って……」

「そうだな。正直に言うと、かなり参っている。精神的な意味ではかなりの疲労だ」

「そう……ですよね。ごめんなさい」

「どうして謝る?」

「だって私がいなかったもっと楽に……それに、あの時私がいたから……私を優先したから、フィーさんが」

「気づいていたのか」

「はい……」



 あの転移の瞬間。距離の関係もあったが、アリアを完全に見捨てることを念頭に置けば、フィーの手に触れることができた。でも俺は1秒にも満たない意識の中で、判断を下した。アリアを一人にすれば、彼女は確実に死ぬ。一方、フィーは一人でも何とかなる。その判断を下したからこそ、今のような現状になっている。アリアはそのことに気がついていないと思っていたが、バレているとは……。



「合理的な判断だ。お前は一人だと死ぬ。最善の選択だった」

「合理的……そうですよね。でも本当は……」

「言うな。言わないでくれ」



 合理的にはそうだ。でも、感情的には? フィーとは長年の付き合いだ。アリアにもそのことを話している。でもアリアはそれなりにフランクに話せる仲だが、まだ出会ったばかりだ。



 フィーかアリア、どちらを選ぶのか。その選択肢を突きつけられた時、俺が選ぶのはフィーだろう。でも今、隣にフィーはいない。



 理性と感情の狭間で、俺はもがき苦しんでいた。


 でもそのことを明確な言葉として言語化してしなうと大切な何かが失われる……そんな気がした。


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