第67話 既視感
「ふむ……」
「どうした?」
「エルのやつ、あれを使いおったな」
「あの眼か?」
「うむ」
俺とマリーは別の場所に跳ばされていた。転移の錬成陣には全く気がつかなかったが、エルとマリーのやつはいち早く気がつきこうしてペアで分断することに成功した。
手練れの錬金術師が仲間にいてよかった。この時、俺は自分の人選を心から評価していた。やはり迷宮にはエルやマリーのような存在が必要不可欠である。
とまぁ、そんなことを考えながらマリーと二人で進んでいると急にマリーが立ち止まった思えば先ほどのようなことを口にした。
俺は疑問に思ったことを迷わず尋ねてみることにした。
「あの眼が使われたことが分かるのか?」
「我も似たような知覚能力を持っているからの」
「じゃあ先に進むのに困ることはないのか。さすがだな、マリー」
「ま、安心しとけいレイフよ。このマリーがいる限り、この迷宮で迷うことはあるまい。だが問題は……」
「あっちの二人か?」
「いや、エルがついておる時点で杞憂などない。あの天才は我でもそこが図れないほどの傑物じゃからの。問題はここじゃよ」
トントンと靴で地面を叩く。その動作を見て、俺は得心する。
「迷宮か」
「うむ。どうやら、第五迷宮は氷の迷宮などではなくただの迷路だったみたいじゃの。じゃが迷路というものは厄介じゃ。今後どんなトラップがあるかも分からなんからの。そういう意味じゃ、あの第三迷宮の方が楽かもしれんの」
「まぁそうかもな。それで、さっきのトラップは大丈夫なのか? 俺には知覚系の能力がないから対応は後手になるが……」
「錬金術ならばいくらでも対応できるが、魔法となると……我にもまだ時間がかかる。ま、祈るしかないの。魔法が出てこないことをな」
「……ふぅ。これはまた一筋縄では行かないようだな」
「得てして、迷宮とはそんなもんじゃろう」
「……マリーはどうして協力してくれるんだ?」
「ん? いつも言っておろう。真理探究じゃよ。錬金術師の中には本当にそれを求める奴がいる。ま、ある意味……奇人、変人、ともいうが……狂人というのがしっくりくるかもしれん」
「狂人か。自覚はあるのか」
「ない。だが周囲がそういう目で見ているのは分かる。それに……」
「どうした?」
「エルウィード・ウィリス。あの天才を見ると、我の存在が矮小なものに思えてくる」
「そうか? 同じくらいだと思うけどな。それに年齢を重ねているぶん、お前の方が知識は上だろ」
「うーむ。この感じは同じ錬金術師じゃないと伝わらんからなぁ……とにかく奴は、危うい」
「危うい?」
「うむ。思考や性格的な問題ではない。そのあり方が、錬金術師としての肉体の構成にいささか疑問が残ると言えばいいのかの……」
「的を得ないな」
「ま、ただの杞憂で終われば良い。ほら、先にゆくぞ」
「あぁ」
そうして俺たちはさらに迷宮の奥深くへと進んでいくのだった。
◇
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!? なにあれ!? サソリ!? 蜘蛛!?」
「蠍だろうな……尻尾あるし。おそらく寒冷地方にいる亜種だろう。しかし興味深いな。この温度に適応できるのか。1匹ぐらいサンプルとして持ち帰りたいな」
「そんなこと言ってないで、どうにかしてえええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
現在、俺とフィーは大量の蠍の群れに襲われていた。外殻は青白く、尻尾の先は真っ白に光り輝いている。今までのどの文献でも見たことのない魔物だ。非常に興味深い……と思うが、フィーが流石に慌てているので俺は後ろを振り返ると錬金術を発動。
炎の壁を作り出し、そこで足止めをして……さらにそこから体内にある水分を一気に蒸発させ内部から爆発させていく。
「う……エルってば、結構えげつないことするわね」
「……いや、ちょっと実験をだな」
「実験?」
「固有領域はどの生物にも適応されるのか、ということをだな……」
「固有領域? なにそれ。初耳なんだけど」
「まぁ俺が勝手に作った用語だからな。要するに、生物には固有領域と呼ぶべき特殊な領域が存在するんだ。例えば」
「……いたッ! ちょっとなにするのよ!」
俺はフィーの体内に少しだけ電気という現象を発生させるも、それはすぐに消えて無くなる。現象そのものが搔き消えるのだ。
「疑問に思わないか?」
「なにが?」
「つまり生物には、もともと錬金術を無に還す性質があるんだよ。それは体の表面に薄く膜のように貼られていて、それを固有領域と俺は呼ぶことにしたんだ。それに固有領域は内部にも影響を与えている。どこから起因しているのかはまだ不明だが、生物に対して錬金術はそれほど通りが良くない。俺たちの脳は勝手に錬金術が想像通りに発動して、効果が生じていると思い込んでいるが……わずかに誤差がある」
「えぇえぇえええええ……そんなこと分かるの?」
「ま、この眼の副作用的なもんだな。どうにも感覚が鋭くなっているらしい」
「どんどん人間離れしていくわね」
「そうだな。でもいいさ。これでも便利に違いないからな」
人間離れしていく。
その言葉少なからず、俺の胸に突き刺さっていた。何も感じていないふりをするも、やはり俺は自分のルーツが何なのかということが気になり始めていた。おそらく俺はまともな人間ではないのだろう。それはもう自明である。異常なまでの錬金術への適性と、世界でも発現しているものがいないであろう特異能力を複数所持。
これをただ天才だからの一言で纏めることができるほど、俺は鈍いわけではない。
あの白昼夢のような世界で聞いた言葉。
俺は魔法使いの末裔なのである。その言葉はきっと……本当なのかもしれない。
「ねぇ、ここってさっき通らなかった?」
「……みろ、印がしてある」
「ふぅ……私のマッピングが全く通用しないわね。認識阻害がかかっているのかしら?」
「……そうだろうな。これだけ慎重に進んでも、同じ場所に戻ってくるならその可能性が濃厚だ」
「ならレジストしないと先に進めない?」
「そうだけど……」
「眼、使うの?」
「いや使わなくとも……」
俺は視線の先にある、魔物の死骸を見つけた。燃やすのが手間でそのまま置いていたものだ。もしかすると……。
「どうしたの? 別に燃やす必要なくない?」
「いや見てろ……」
「あ!!?」
燃やした瞬間、俺たちの視界には先ほど見えなかった道が見えた。おそらくあの先に三層への階段があるのだろう。
「この迷宮、魔物も含めて壮大な迷路を構成しているようだな」
「まじ?」
「この光景が如実に物語っているな」
「もしかして、やばくない?」
「やばいな」
「ねぇ……すごーく、どうでもいいけど……大切なこと言ってもいい?」
「ん? どうした、体調でも悪いか?」
「その……お花を摘みに……」
「あぁ。俺は先に行って待ってるから」
「ぜ、絶対に戻ってこないでよ!? きたら殺すからね!!!?」
「はいはい」
正直、フィーの痴態はもう呆れるほど見ている。今更何を見ても動じない自信はあるが、それは俺の視点での話だ。フィーはあれでも女だ。色々と思うところがあるのだろう。親しき仲にも礼儀あり、ってやつだ。
そしてしばらく待っていると、フィーのやつが追いついてきた。
「すっきりしたか?」
「もう! バカなこと言わないでよ!!」
と、若干キレ気味に錬金術を発動。と言っても軽く衝撃を加える程度のものだが……それが弾みとなって周囲にある壁が崩れる。この迷宮の構造としては先ほども試したが、氷の壁には錬金術の通りが悪いというか……全体的にレジストされるようになっている。そのため壁をひたすら壊して進むという荒技が使えない。だがフィーの放った錬金術は偶然なのか、壁を破壊したのだ。
でもそれは決して良いことではなかった。
「「……あ」」
声がハモる。そして俺たちの目の前に再び大量の蠍がわらわらと出現する。この光景は俺でも少し気持ちわるいと思ってしまう。ということはフィーのやつは……。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! お家に帰してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」
どこか既視感のある行動をとりながら、俺はフィーの後を追いかけるのだった。




