第64話 陰り
「では、錬金術の技量は生まれつきのものだと?」
「然り! と言いたいところではあるが、実際のところは20歳を過ぎてから技量は伸びた。10代はエルに比べればそこらへんの雑草程度の実力しかなかったの」
「ん? 失礼ですが、今のご年齢は……?」
「今年で45歳じゃ」
ざわ……と室内がざわめき始める。現在はあれから数時間経過し、夜になっている。マリーは史上二人目の碧星級ということで、協会で記者会見を受けていた。
そしてその様子を俺、フィー、レイフはじっと見つめているのだった。と言ってもマリーが何か変なことを言い出すのではないかという心配からなのだが、存外常識もある程度持ち合わせているようでスムーズに会見は進行している。
「ま、見た目は些事じゃ。大切なのは中身じゃよ、中身」
「は……はぁ……」
「すいません、こちらからも質問いいですか?」
「うむ」
そして次の記者が質問を投げかける。
「一人目の碧星級である、エルウィード・ウィリスが持っている記録を大幅に塗り替えたとのことですが実力は自分の方が上だと思いますか?」
「……これも、然り! と言いたいところであるが、実際のところはなんとも言えん。エルに優っている部分もあれば、劣っている部分もある。何を持って上、と定義するかもにもよるが、我はエルよりも上だとは到底思えない。やつは我が認める天才の中の天才じゃからな」
「なるほど……ライバル的な存在ですか?」
「ライバル? 別にそのような意識はないのじゃが……まぁ、奴とはいい関係を築きたいと思っておる。今後の研究のためにもな」
「研究と言えば、マリーさんは何を専攻しているのですか?」
「それは……秘密じゃ……」
という風に会見は進んでいき、約一時間ほどで終了。その様子は王国内にもリアルタイムで中継され、こうしてマリー・ブランという錬金術師が二人目の碧星級になったことは周知の事実となったのだ。
◇
「おおおおおおおおお!!? こんなところに住んでいいのか!!?」
「いいわよ。私の持ち物だし。部屋も空いてるし、一部屋貸してあげるわよ」
「フィー! お前は神か!?」
「いや、そこまで言われると……ちょっと」
「おおおおおおおおお!!」
マリーの住居は俺たちと同じマンションの同じ階になった。幸いまだまだ部屋は空いており、俺、フィー、モニカの三人だけが使っていても他にも部屋は余っている。だからこそ、マリーに一部屋あげようという話になったのだ。もちろん、契約は交わして毎月家賃代は払うらしいが、碧星級になれば研究費が出たり色々と金銭面では困ることはない。研究成果も出ればさらに、金が増える。何も金が一番大切だと言わないが、それでもあるに越したことはない。
ちなみに手続きは全てフィーがやったらしい。
「……おおお!? 部屋が綺麗じゃぞ!?」
「まぁ、使ってないからね」
「おおおお!? ベッドがふかふかじゃぞ!?」
「うん。だから、使ってないからね。それに新しい家具もテキトーに入れておいたし」
「ふおおおおおおおおお!? 神か!?」
「いや、人間だけど……」
と二人でそんなやりとりをして、しばらくしてからやっとマリーのテンションは落ち着いていきてこれからの話をすることになった。
と言ってもレイフは俺の部屋で「眠いから寝る。今後の予定は任せる」と言ってすでに就寝。マリーも「ぐがああー」と大きなイビキを立てて寝ている。まぁ俺とフィーで話すだけも問題はないが。
「それで、フィー。これからどうする?」
「第五迷宮に向かうけど、問題はレーヴァテインでも溶かせない氷ね。もしかすると、ただの氷じゃないのかも」
「……いや、十中八九普通の氷ではないだろうな。間違いなく、錬金術、または魔法が関与している」
「そうよね。でも、それを突破できないことには中にも入れないみたいだし」
「正直言って、俺の眼を使えばどうにかなる。今の俺に干渉できない物質はない。氷程度、簡単に消し去ることができるが……」
「その眼って、結局なんなの?」
「それは……」
俺は掻い摘んで説明した。発言した特異能力の固有名は、元素眼。第一質料を可視化することができ、そのため生物に宿るコードにも干渉できるようになる。だからこそ、対物質コードを使用して巨大なクラーケンを一瞬にして第一質料に還すことができたのだ。
「それって、すごいことだけど……やっぱり代償が……」
「今の所、この眼帯を外すと激痛に襲われる。まだ完全に制御下には置けてはいない」
「……ねぇ、大丈夫なの? 私、ものすごい心配なんだけど……」
「まぁ、任せろって。伊達に天才と呼ばれていない、どうにかするさ」
「なら……いいけど」
その後はさらに話を詰めて、今後の予定を立てた。俺はそうして部屋を去ろうとすると、なぜか扉の前にはアリスが立っていた。
「おい、アリス……いつも言っているだろう……って、どうした?」
「……」
震えている。それに様子もおかしい。いつもなら抱きついてきて、軽口の一つでも言ってそうなものだが今日は俺に抱きついたままじっと震えている。こんなアリスを見るのは初めてだった。
「大丈夫か?」
「……」
どうしたものか。俺の部屋にはレイフもいるし、外でも今開いている店はないだろう。ならば……。
「俺の研究室に行くか? 今俺の部屋はレイフがいるから」
「……」
こくりと頷いて、俺はそのまま転移を使用して一気に研究室まで跳んで行くのだった。
「紅茶でいいか?」
「……」
相変わらず、話そうとはしない。じっと下を見つめたままで、暗い顔をしている。震えは止まっているようだが、その表情が晴れることはなかった。
「ほら、紅茶」
トンと机に置くと、おずおずとアリスはそれに手をつけた。
今までの俺のアリスに対する印象は、いたずら好きで明るい王女というものだった。穢れや、暗さなど知らない、底抜けの輝き。俺はアリスが元気ではないところを今まで一度も見たことはなかった。でもそれはきっと、俺の思い込みだったのだろう。アリスという人間は、こういう人間だ。それは偏見であって、全てではない。俺に見せてない面もあるだろうし、こうしてそれが今現実になっている。
俺はとりあえず、何があったのか話を聞いてみることにした。
「どうした? 何があった? 俺に力になれることか?」
「……先生は、私のこと……どう思いますか?」
「大切な生徒だ」
「生徒抜きで考えたら?」
「大切な友人……ともかく、俺にとってお前は大切な人間の一人だ」
「そう……ですか」
ぼっーと窓越しに空を見つめるアリス。
一体何があったのだろうか。
「先生は私が私でなくなっても、大切に思ってくれますか?」
「? どういうことだ?」
「いえ大した意味はありません。でも、誰かに大切に想って欲しい……それだけです」
「それは気持ちに答えろということか?」
「あぁ……気がついていたんですね。でも、そういうことではありません」
俺はアリスの気持ちに気がついていた。いつもふざけて俺に絡んでくるが、それが俺に対する恋慕から来るものだと理解はしていた。俺には恋をした経験などないが、アリスは俺を恋愛感情的な意味で慕ってくれているのだと知っていた。
ふざけている面の中にも、本気の感情を読み取っていたからだ。
でも、それに答えろということではないらしい。
一体何が……?
「先生、また迷宮に行くんですよね?」
「あぁ。今日の夕方に授業も済ませて、課題も大量に出したからな。しばらくは迷宮に篭る予定だ」
「それなら、先生が帰ってきた時に相談させてもらいます……今日はわざわざありがとうございました」
そう言ってアリスは部屋を去って行った。
俺の心に残ったのは、際限のない疑問だけだった。
そして俺は次にアリスに会う時、この瞬間のことを後悔するのだった。でもそれは今の俺には知る由もなかった。




