第61話 対物質コード
「ねぇ、いいのぉ〜? 迷宮、二つも攻略されてるじゃん。それもかなり短期間で」
「……確かに迷宮設立からもう何百年と経ちますが、初めての攻略から続いてすぐに第六迷宮の攻略。状況は芳しくない……と言いたいところですが、すでに目標は達成しつつあります。別に残りの迷宮を攻略されても問題はないですよ」
「ふーん。ま、第七迷宮を攻略されなければ問題ないよね」
「えぇ。そうです」
真っ白な一室。そこで男女が話し合っていた。
女の容姿は真っ白なセミロングの髪に黒い大きなローブを羽織っている。顔立ちも整っている。また男の方は短髪だが、こちらもやはり白髪。と言っても女の方と顔つきは似ていない。血が繋がっているとは思えないが、俺は何か繋がりがある……そう感じていた。
というよりも、これは夢なのだろうか?
俺は確か……海を渡ろうとしていたはず。そこで話し合って早速船に乗ろうとしていたはずだ。だというのに俺の意識は俯瞰的にこの一室を見つめている。
「?」
「どうしたの?」
「いえ……見られている」
「は? だってここは……」
そこで意識はプツリと途切れた。まるで意図的に何かの電源が落とされたかのように。
◇
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「ん? なんだここは……」
次に目が醒めると俺は別の空間にいた。今度は意識だけでなく体もある。しっかりと自分の思い通りに動くが……ここは、現実世界ではない。そんな感覚がなんとなくだがあった。
「やぁ、久しぶりだね」
「お前は……」
さっきと同じような部屋に今度は一人ポツンと椅子に座っている男がいた。こいつのことは知っている。この男は以前第六迷宮攻略時に会ったことがある。だがそのことは誰にも話していない。こんなものはきっとただの夢。白昼夢の類だと思っていたからだ。
「座りなよ」
「……あぁ」
そう促されて俺は席に着く。
「なぁ……ここはどこで、お前は誰なんだ?」
「話もいいけど、きっと無意味さ」
「どういうことだ?」
「つまりはこういうことさ。ここは、×××××××で、僕は×××××××だよ」
「は?」
なんだ。意図的に情報が隠されたというか……肝心な部分だけ切り取られた。そんな感覚があった。
「神はまだ、君に権利を与えていないからね。核心に至る内容は話せないんだ」
「神だと……?」
「真理探究の連中が血眼になって探している神さ。だがしかし、皮肉なことに神に最も近いと自称している連中が、神から一番遠い場所にいるなんて……滑稽だろ?」
「……」
何を言っている。意味がわからない。
とその前に、ここに来るには何か条件があるのだろうか?
そもそも、こいつは本当に信用たりうるのか。
様々な疑問が頭をよぎるが、まずは話だ。こいつと対話をしなければ何も情報を得ることはできない。
「神はいるのか?」
「いるさ」
「それは概念的な存在なのか?」
「いや神はいるよ。この世界を生み出した神が、確かにいる。概念、宗教、それらの考えうる神とは違う。神はね、それらすべてを内包した存在なんだ」
「それでお前たちが神に近いところにいると?」
「まぁね」
「……」
考える。そもそもこいつらと、真理探究という連中は神とやらを求めて対立しているということなのだろうか。
「コードはどうだい?」
「コード理論のことか?」
「そう。生物には二つのコードが流れている」
「二つ? コードは単一的なものだと思っていたが……」
「あぁ。まだその段階なんだ。でも君ならたどり着けるよ」
「なぁ、お前は……」
「おっと時間だ。バイバイ」
「おい、話は!!」
そう声を荒げた瞬間には目の前の光景が薄く白くなっていく。去り際に男はにっこりと微笑んでいた……そんな気がした。
◇
「「「おええええええええええ……」」」
気がつくと俺は船に乗っていた。そうだ。あれから無理を言って船に乗せてもらって、今ここにいるのだ。そして俺以外の三人は見事に船酔いになっていた。
「や、ヤベェ……なぜ今回だけこんなに酔うんだよ……」
「私もちょっとやばいかも……」
「ガハハ!! 鍛錬が足りんぞ!! おええええええええ……」
なんというかまぁ……ひどい光景だ。というよりもこの状況だと戦えるのは俺だけじゃないか? 大丈夫なのか?
「で、出たぞおおおおおおおッ!!」
船乗りが声を上げる。そして俺は遠目に魔物の姿を捉える。知っている。書物で読んだことがあるがあれは……クラーケンだ。ダイオウイカの一種とも言われているがクラーケンはそれが魔物化したものだと考えていい。凶暴で人を食うことで成長を遂げる。何も人を食べる必要はないが、なぜか人を好んで襲う習性があると言われている。
しかしここ数百年は目撃情報がなく、絶滅したものと思われていた魔物だ。それがこんな海のど真ん中、それも交易をする際によく使う海路の真ん中に入れば船も止まるのも当然というもの……。
「……なぁ、俺一人でやるがいいか?」
「「「……」」」
もはや返事ができないほどにぐったりとしている三人。まぁ、これは予想外だし仕方ないな。
「……一体だけか」
数百メートル先にはクラーケンが大きな脚を伸ばして暴れている。これ以上近づけば船も危ないだろう。
「行ってきます。船はここで止めておいてください」
「おい、行くってどうやって……って、マジか!!?」
後ろから驚く声が聞こえるが、俺はすでに海の上を駆け出していた。いや厳密に言えば……凍らせた海面の上を走っている。走る先に伸ばすようにして氷のレールを作っていき俺は氷上を駆ける。しかし氷上は摩擦があまりないのでとにかく滑る。俺は自分の相対位置を錬金術で氷上に固定しながら、今の行動を行なっている。以前の俺ならばこんな芸当は不可能。だがあの第六迷宮で自分の体を書換した時からこんなこともできるようになっていた。
ますます人間離れして行くが、今はそんなことはどうでもいい。
今はこいつを始末するだけだ。
「……キィイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
その音を聞いて俺は思った。
「イカって鳴くのか?」
いや、イカは鳴かないだろう。そもそも発声する器官なんてないはずだ。しかし魔物ならば……例外的な事象も理解できるというものだ。
「……まずは凍らせてみるか」
そして周囲を氷漬けにしてみるも……。
「アアアアアアアァァァアアアアアアアアアアア!!!」
瞬間、俺の攻撃はレジストされる。そして自身の真上に巨大な足が叩きつけられようとしていた。
「……くッ!!」
それを横に避けつつ、俺はさらに自分の行動できる範囲を増やすためにとりあえず海面を凍らせて行く。
「……試すか? でも……」
そもそもレジストするのは全ての錬金術に対してか? レジストするにもどの段階でそれは妨害される?
現状を理解して俺が選択したのは、現象錬成だ。
錬金術四大属性は、氷、水、火、電気が存在する。だがしかし、その発動には大きな違いがある。細かくいうと、氷(固体)、水(液体)、火(現象)、電気(現象)が存在する。氷と水は物質なので比較的に容易に錬成できるが、火と電気というものは物質ではない。その二つは物質を使用する事で生じる現象なのだ。そのため物質錬成と異なり、現象錬成は高難度となっている。それは踏むべきプロセスが多いからだ。
その中でも俺が選択したのは電気だ。
電気の発生プロセスは、原子を錬成し、そこから外部からの刺激(熱や光)を加える。すると、一部の電子が原子核から飛び出し、自由電子となる。そしてその自由電子を別の中性の原子に組み込むことで帯電する。この過程を全て錬金術で処理することで電気という現象が錬成されるのだ。
慣れてしまえば簡単なものだが、この理論を全て頭に叩き込み無意識に使えるようになるまでは俺もそれなりに苦労したものだ。
「さぁ……丸焼けになれよ?」
発動。俺は電気という現象を錬成し、それを海面に向けて放つ。すると俺の放った電撃は海面の中を進んでいき……クラーケンに命中する。
「……キィイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
先ほどよりも大きな声で鳴く。それは間違いなく効果的なのを示しているが……俺はその瞬間になぜかあの男の声を思い出していた。
「コードはどうだい?」
「コード理論のことか?」
「そう。生物には二つのコードが流れている」
「二つ? コードは単一的なものだと思っていたが……」
「あぁ。まだその段階なんだ。でも君ならたどり着けるよ」
「なぁ、お前は……」
コード。そうだ、生物には二つのコードが存在してるという。俺は特異能力である、絶対領域を発動。そして相手の第一質料を読み取る。
いやこれでは足りない。今の状態は自分の周囲を察知することも含めて発動している。だが、絶対領域では意味がない。ここで選択するのは読み取ることだ。
「……元素眼」
それは新しく生み出した特異能力。なぜこんなことが急にできるのかは理解できない。だが、なぜかできるという確信があった。それはきっとあの男との会話が起因しているのかもしれない。
そして俺はこのクラーケンという生物の生態を理解する。いや、違う。俺は生物の根幹の在り方を理解した。
「これは……」
名付けるならば、物質コードと対物質コードだ。物質を支えている根幹と、それに反発して存在するコード。
俺は瞬時に理解して、スッと右手を掲げる。
「……キィイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
瞬間、足が消える。厳密に言えば……あれは世界に還ったのだ。物質を第一質料に還元する。そうかこれこそが、二重コード理論。生物に宿るコードを逆転させる。これは生物だけではない。この世に存在する全てを還す技術だ。
「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
ヤバイと思っているのだろうか、俺めがけて全ての足を向けてくるが……完全に理解した。そして俺は脳内でとあるプロセスを走らせる。
《対物質コード:逆転》
《物質=対物質コード》
《物質:逆転=第一質料》
「……」
目の目に広がるのは大量の金色の光。これだけの質量を全て第一質料に還したのだ。まるで雪のように降り注ぐそれを見て、俺は呆然と立ち尽くす。
「エル、今のは一体?」
ふと後ろを振り向くと、三人が俺の後を追ってきたのか後ろにじっと立ち止まっていた。だが三人とも目を見開いて俺の姿を凝視している。
「あ……」
ツーっと眼球から血が滴るのを感じる。
「エルッ!!」
そして俺の意識はそこでプツリと途切れた。
『ほらね。君なら上手くできると思ったよ』
最期にそんな声が……聞こえた気がした。




