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第45話 ありがとう、優しい人


 あれから先は拍子抜けするほど容易に突破できた。正直、これなら第一層から第十層のほうが大変だった。俺たちは三人はそんなことに特に疑問も抱かずに進んでいった。重大な違和感を見逃しているとも知らずに。


「ねぇエル、このまま最深部まで行っていいんじゃない? 転移も普通にできるみたいだし」

「そうだな……モニカは大丈夫か?」

「はいっ! 大丈夫ですよ!!」


 そうして俺たちは第四十層へと足を踏み入れた。


「とうとう四十層か。フィー、モニカ、準備はいいな?」


 後ろを振り向く。すると、俺の後ろには誰もいなかった。そう、俺が先行して入ったと同時に扉が閉じたのだ。


「転移は……無理か……」


 第十層と同様に第一質料プリママテリアが通らない。これはあの時のように、ここのやつを倒すしか……そう思っていると、奥の暗闇からのそのそと巨大蜘蛛ヒュージスパイダーが現れる。


 そして再び、三十層の個体と同様にじっと、俺をじっと見つめている。



「……くそ、なんだって言うんだ」



 俺は脳内に存在する、とある可能性を捨てる。ダメだ、考えるな、それを考えてしまえば、俺の剣は鈍る。ここはあの戦場と同じだ。命の取り合いをしているんだ。


 そう考えて、俺は薄羽蜉蝣を構える。そうだ、殺す。こいつを切り裂いて……殺せばいい。それだけだ。それだけを考えろ。


 そしてよく見ると、この巨大蜘蛛ヒュージスパイダーは小さい個体だった。一回りくらい小さい。だいたい5メートルちょっとだろうか。だが油断はしない。三十層の時と同様に特殊な個体なのかもしれない。



「キ、キ、キ、キアアアアアアアアッ!!」



 そして奴の移動速度は俺の視覚では捉えることができなかった。



「……なッ!!?」



 だが俺は絶対領域サンクチュアリを発動していたおかげで、なんとかその突進を回避。しかし、絶対領域サンクチュアリがなければ間違いなく今の攻撃を食らっていた。そしてまとも喰らえば……死んでいた。それほどまでに奴の移動は速かったのだ。


 そして俺は視界を捨てた。


 今は眼球からの情報は余計だ。必要なのは絶対領域サンクチュアリによる情報のみだ。この世界をありのままに映し出す俺の能力。


 大丈夫だ。絶対領域サンクチュアリだけで戦闘するのは不慣れだが、やれないことはない。


「……そこかッ!!」


 後方から迫る巨大蜘蛛ヒュージスパイダーに合わせて、薄羽蜉蝣を振るう。すると、脚の一本を切断することに成功。だが、それはすぐに再生していることを感じた。


 どうやらこの個体も一筋縄ではないかないらしい。

 

 続けて、俺はやつを凍らせるために錬金術を発動。巨大蜘蛛ヒュージスパイダーの真下から氷の氷柱が生み出されるが、躱される。だがそれは布石。俺は避けてきた箇所にあらかじめ回り込むと、薄羽蜉蝣を脳天めがけて縦に振るった。


 だが、奴はとっさに体をひねって回避。通常の個体ならば決まっていたが、小さいと言う利点がここまで活きるとは……流石四十層。色々な個体がいるものだな。


 そう考えていると、再びあの時の感覚に襲われる。


 じっと、じっと見ている。俺を見つめている。


 俺は目を開いて、相手を見る。


 奴は立ち止まってまるで俺を吟味するかのように、じっと見つめている。あの瞳には何が写っているのか俺には分からない。だが、三十層の時と同様に普通の個体とは思えなかった。


 何かを伝えようとしている? いやそんな分けがない。あの巨大蜘蛛ヒュージスパイダーは俺の攻撃を見極めようとしているだけだ。そうだろ?


 迷うな。レイフにも言われただろう。迷いは死に繋がるのだと。



「……キ、キ、キ、キアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」



 俺は突進してきた巨大蜘蛛ヒュージスパイダーに合わせて、薄羽蜉蝣を縦に置いていた。そしてそのまま……巨大蜘蛛ヒュージスパイダーは俺の薄羽蜉蝣に飲み込まれるようにして、切断された。



 縦に切断された巨大蜘蛛ヒュージスパイダーはピクリともしない。即死だったのだろう。ただ速いだけの個体か、何て事はなかったな……。




 そうだ。気がついてはいけない。騙せ、自分を騙せ。忘れろ。目を背けろ。真実を……考えるな……俺は、正しいことをしたんだ……。知ってはいけない。気がついてはいけない。目を背けろ……俺は、知らない……。何も、知らないんだ……。そうだろ……? なぁ……俺……。




「エルッ!! 大丈夫なの!!?」

「先生っ!! 大丈夫ですかっ!?」



 すると、扉が開いたのかフィーとモニカが慌てて俺の所に駆けてくる。


「あぁ……終わったよ」


 そして俺はいつも通り、死体を燃やす。そうただ、いつも通り俺は役目を終えた。それだけだ。


「エル? 顔が青いけど……どうしたの? そんなに強かったの?」

「先生、疲れているんですか?」

「いや戦闘自体は呆気なかったよ。ただ速いだけの個体だった。突進に合わせて薄羽蜉蝣を置いて、縦に真っ二つ。三十層よりも楽だったさ。魔力も十分にあるしな」

「すごいですっ! 流石は先生ですねっ!」

「もうエルってば……心配させないでよね」



 気がつくな。

 

 気がつかせるな。


 気丈に振る舞え。俺は天才だ。こんな事は天才ならば余裕でこなせるのだ。


 史上最高の天才錬金術師、エルウィード・ウィリスならば当たり前だろ?


 なぁ……そうだろ、俺?


 俺は協会に迷宮攻略を依頼され、そしてこの世界の異変に気がつき、レイフと約束を交わして……今こうして迷宮攻略をしている。


 これは正しい事なんだ。迷宮攻略は人類のためだ。今のまま、魔物が成長していけば人類は死ぬ。それはあのスコーピオン、そしてここの巨大蜘蛛ヒュージスパイダーがいい例だ。あれが外に普通に出るようになれば、普通の人間は太刀打ちできない。生きたまま食われて終わりだ。世界は弱肉強食。それは自然の摂理で、正しい。


 だから忘れてしまえ。





 さっきの巨大蜘蛛ヒュージスパイダーが『自殺を試みた』と言う事実を、忘れてしまえ……。



 偶然だ。俺の薄羽蜉蝣にわざと当たりに来たなど偶然にすぎない。あまりのスピードに置く場所が狂ったというのに、吸い込まれるようにして薄羽蜉蝣に切断された事実など……ない。あるはずがない。


 それに、仮に自殺だからってどうと言う事はないだろ? 



 俺は障害を取り除いただけだ。ただいつも通り、魔物を殺しただけだ。ただの魔物を。


 なぁ……そうだろ、俺? 



 だから胸を張れよ。今までの研究成果を誇ってきたように、俺は夢のために前に進んでいるんだ。迷宮を攻略すれば、夢に近づく。農作物を世界中に広めると言う夢がさ。


 だから、誇れよ……俺。


 なぁ、笑えよ? なぁ……エルウィード・ウィリス。お前は天才で、正しい存在なんだろ? なぁ……違うのか……?



「それにしても、ここのギミックも不思議よね」

「そうですね……でも、先生が一人で閉じ込められた時は焦りましたよっ!」

「そうよね。でもさすがはエル、一人で突破できるなんて……本当に天才ね」

「そうですっ! 先生は最高の天才錬金術師ですっ!!」

「ははは……それは褒めすぎ。俺はただの農家でしかない。少しだけ錬金術が得意ってだけだ」

「そんな事ないわよ! ね、モニカ」

「はいっ! 先生はすごいですっ!」



 やめてくれ。


 お願いだから、やめてくれ。


 俺はそんな立派な人間じゃない。お前たちと同じ、人間だ。いやそれ以上に、ちっぽけな……とてもちっぽけな人間だ。


 事実から目をそらして、自分を正当化しようとしている……ただの利己的で傲慢な人間だ。逃げ出したい、隠したい、目をそらしたい。俺は知らない。何も知らない。


 目標のためなら全てが正当化される。そんなことを考えている、ただの人間だ。



「さてと、先に進みましょうか。エルもいる事だし、大丈夫よね」

「はいっ! このまま最深部まで行きましょう! 先生がいれば百人力ですっ!!」


 やめてくれ。そんな目で俺を見ないでくれ。羨望の眼差しで俺を見るな。


 俺は……俺は……ただの……。


 そんな矢先、俺は燃えている死体を見た。


「……」


 反応はない。じっと、じっとしていて……ただただ燃えている。なんて事はない光景。今まで何度となく見てきただろう?


 俺はなぜこんなにも、怯えているんだ。震えているんだ。前を向け。進め。俺は正しい。そう、正しいことをしているんだ。だから、怯える必要も、震える必要もない。そうだろ、なぁ……。



「エル、どうしたの?」

「行きましょう! 先生!!」

「あぁ!! このまま最深部まで行こうッ!!」



 今まで以上に大きな声を出して俺は進む。

 

 真実を見ないように、隠すように、背けるようにして、俺は進んでいく。























「……ありがとう、優しい人」




 最期にそんな声が聞こえた気がしたが、それは気のせいだった。


 気がついては、いけないのだ。

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