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第43話 いつか遠い世界


 導かれるようにして俺はひたすら歩いた。だが、なかなか先は見えない。というよりも、ここの構造はおかしい。少なくとも1キロぐらいは歩いたはずだ。だというのに、何の変化もない。


 そう考えていると、俺は何かを見つけた。


「……扉?」


 そう、そこにあったのは大きな扉だった。そして俺は少しだけ躊躇しながらも扉を開けた。


「やぁ……来たんだね」

「……お前は、誰なんだ?」


 その部屋にあったのはシンプルな部屋だった。机と椅子と、そしてすでに注がれているカップ。パッと見てあれは紅茶だろうと思うが、今はそんなことはどうでもいい。この迷宮に人がいる? しかもこんな……どことも分からない場所に……?


 見た目は若い男。短髪だが、その髪は真っ白だった。そしてどことなく、俺に似ている。そう思った。


「座りなよ、エル」

「なぜ名前を……?」

「さぁ、どうしてだろうね」


 俺はこいつをじっと見ながらとりあえず座った。本当は色々と怪しいと思うのだが、本能的に敵意を感じない。だからこそ、会話をしてから考えようと思ったのだ。


「もうそろそろ、来るころだと思ったよ」

「ここはどこなんだ? 迷宮の何層ぐらいなんだ?」

「あぁ……そうか、今の君は第六迷宮を攻略している最中なんだね」

「? 今の君は? まるで今じゃない俺がいるみたいだな」

「そうとも。このウロボロスが輪廻している世界にはあらゆる可能性が眠っている」

「この世界は何度も繰り返していると?」

「いや世界自体は繰り返しはしない。時間とは一方通行的なもので、不可逆的なものだ。ループという発想はいいけど、君は君だよ。ただ、世界には可能性がある。幾つもの可能性がね。そして今の可能性としての君は、第六迷宮を攻略している最中さ」

「ここは……第六迷宮の中じゃないのか?」

「第六迷宮の中だけど、そうであってそうじゃない。でも、今の君にこの言葉は理解できない」

「なら、なぜ俺はこんな場所にいて、お前と会話をしているんだ?」

「そうだね。僕は、君に伝えたかったんだよ」

「何を?」

「この世界のあり方を……さ」

「……何がいいたい」

「君は何のために生きているんだい?」



 急に哲学的な質問をして来る。だが、そんなものは決まっている。俺は農作物のために全てを捧げているのだ。


「もちろん、世界中に俺の作った農作物を広めることだ」

「そう。君の本質はそこだ。君はそれを成し遂げたい。ずっと願っていて、これからも君はその目的のために邁進するだろう。でもね、世界は十年前を境に狂い始めた。僕はそれを止めたい」

「……ピンと来ないな。単刀直入に物事を言え」

「そうだね。まずは迷宮を全て踏破してもらいたい」

「やはり、迷宮に何かあるのか?」

「そうとも。そもそもこの世界の人間は無知すぎる。もっと早くにあの迷宮を攻略すべきだった。でも、迷宮攻略をできる人材など今まで生まれて来なかった。でもやっと来た。それが君だよ。君には大きな才能がある。まぁと言っても、君はあの一族の末裔だからね。当然といえば、当然だけど」



 そう言われて、俺は思い出していた。父さんは俺を孤児院で拾ってきたと言った。だが、正確な出自は分からない。本当の父親も、本当の母親も知らない。そう考えると、俺は誰なんだ?


 今までは農作物のことだけを考えて、そしてあの家族こそが本当の家族だと思っている。今はそれは正しいと思っているが、俺と血の繋がっている人間はどこにいるんだ?



「一族の末裔とは、何だ?」

「……そうだね。正直、この空間では君に与えられる情報は少ない。これでもかなり無理をしているからね。でも一つだけ伝えるとすれば、君は魔法使いの始祖の末裔さ」

「魔法使い……やはり、魔法はロストテクノロジーの一つで、錬金術と関連性があるんだな?」

「……魔法と錬金術は本質的には同じさ。ただ介入しているプロセスが異なる。錬金術は第一質料プリママテリアを使うけど、魔法が使うのは第零質料アカシックマテリアだよ」

第零質料アカシックマテリア?」

「君たち錬金術師は第一質料プリママテリアこそが、全ての根幹だと思っているようだけど、実際は第零質料アカシックマテリアが世界の根幹。全は一、一は全。それを成しているのは第零質料アカシックマテリアだけさ。魔法使いたちは例外なく、第零質料アカシックマテリアを使う。そしてそれはあらゆる現象を可能とする。この迷宮もまた、魔法の産物だからね」

「……やはりか。俺の予想通りだな……しかし、解せない。魔法については分かった。だが、俺に何ができる? 魔法使いの末裔だから俺は錬金術の適性が高い。理解はできる。でも、迷宮を踏破した先にあるのは何だ?」

「……今は言えない。君はまだその資格がないからね。僕が今こうして君と出会っているのは本当はありえないことなんだ。でも、奴らを出し抜くためにはこうするしかなかった」

「奴ら?」

真理探究者ファナティコスという連中がいてね。奴らの目的と僕たちの目的は異なる。そして互いに牽制しあっているのが現状。君もこれから先の未来に、真理探究者ファナティコスと出会うことになるだろう」

「……思えば、お前は俺の味方なのか? その真理探究者ファナティコスとやらの方がまともだったりしないのか?」

「いや、奴らは狂った世界に生きている。神の存在を証明するためにあらゆる非道を是とする。君たちも知っているはずさ、神秘派という連中のことを」

「神秘派は、真理探究者ファナティコスと関係があると?」

「というよりも、真理探究者ファナティコスの下部組織みたいなものだね。奴らはこの世界に神を下ろして、そしてその証明の先に新たな世界を作ろうとしている。迷宮を攻略されたら奴らは困ることがある。それはこの迷宮にはある秘密があるからだ。それに、君はもう戦っているだろうけど、世界の魔物の異変も真理探究者ファナティコスが人為的に起こしているものだ。人間を実験台にしてね。君は知るよ、この第六迷宮の最深部で……奴らの非道な実験の結果をね」

「……」



 正直言って、俺はあまりにも突飛な話についていけない部分がある。だが、俺はあの転移から訳のわからない人物と出会ってこうして話をしていて、わざわざこいつが嘘をついているとも思えない。信じてみるのは危ういが、実際に迷宮にはもともと何かあると思っていた。今更目的は変わらない。それに俺が魔法使いの末裔だという言葉も気にかかる。それは俺のルーツに一歩近づけるためのものだからだ。


 さらに、第六迷宮の最深部には何かがあるらしい。その真理探究者ファナティコスとやらの何かが。


「なぁ……俺は一体……」

「ごめん。時間みたいだね。もうこの空間を保つことはできない。エル、君は迷宮を全て踏破するんだ。そしてこの迷宮の真実にたどり着いてくれ。真理の先に君はたどり着けるはずさ。信じているよ」

「おい、話は……」

「じゃあね、エルウィード・ウィリス……僕の……」



 男が最後に何かを言いかけて俺の意識は一気に飛んだ。



 ◇



「エルッ!! エルッ!! 大丈夫なのッ!!?」

「先生っ!!」

「え?」


 気がつけば、俺は第二十層に立っていた。あの時と同じままだ。だがどうなっている? 俺は確かにあの変な空間で、男と会話をしていたはずだ。


「エルってば、急にぼーっとしてどうしたの?」

「なぁ……さっきここで錬金術が発動したよね」

「えぇ。でもエルがとっさにレジストしたじゃない。なのに、レジストした途端に1分ぐらいぼーっとしているんだもの。何かあったのかと思って心配したわ」

「1分? モニカも同じか?」

「え? そうですね。先生は1分くらいボーッとしていましたよ」

「そうか……いや、何でもない。先に進もうか」



 俺はそう言って何でもない風を装って歩き始める。でもあの妙に現実感のある空間に、あの会話の内容。ただの白昼夢? それとも俺の妄想なのか?


 だが奴は俺のことを知っていたし、今まであったことも知っていた。そしてこれから起こることも。


 一体、迷宮とは何なんだ? この世界とは何だ?


 俺はそんなことを考えながら、とりあえず迷宮のさらなる先へと進んでいくのだった。


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