第36話 異常魔物戦域アルタート 2
作戦本部にやって来た俺とレイフ。テントの中に入ると、そこにはクラリスと数人の兵士。それに錬金術師も数人いた。俺たちも合わせると十数人だろうか。だがおかしい。流石に人数が少ない気がする。それとも他にもいるのだろうか。
「ようこそ、エル。さて……話をしましょうか」
「待ってくれ、クラリス……人数はこれだけか?」
「えぇ。数時間後の最前線に出るのはここにいるメンバーだけよ」
「……それほどまでに過酷なのか」
「えぇ。本当はもっといたのだけれど、死んでしまったか、負傷していなくなったわ。軍からの援軍は距離的に期待できないしね」
「……そうか」
たった数十人で最前線を維持するのか。集団での白兵戦の経験はないが、これが非常に良くない状況だと理解できる。
「さて、みんなに紹介しましょう。碧星級の錬金術師、エルウィード・ウィリスよ」
「……エルウィード・ウィリスです。集団戦の経験はありませんが、お力になれるように努力します」
「おぉ……!」
「碧星級の錬金術師とはまた、すごい人物が……」
「これで戦力は大幅に強化できるな」
「あぁ。やっと押し返せる」
周囲がざわつき始める。どうやら俺の存在は歓迎されるものだったらしい。
「それで、あなたはどう戦うの? 一応連携も必要だから、教えて欲しいのだけれど」
クラリス、さらに周りの人間も興味深そうに俺を見つめている。しかし、最近は視線にも慣れて来たので普通に話す事ができた。
「錬金術は錬成陣なしで使えます。時間はものにもよりますが、ほぼノータイムです。白兵戦も巨大蜘蛛数百体を相手にしてきたので、慣れはあります。今回は反射陣を使う個体もいるらしいので、この薄羽蜉蝣と身体強化をメインで戦います。あとは状況に応じて、凍らせて身動きを止めようかと」
「……お前、特異能力の類は使えるのか?」
レイフがボソッと言ってくる。
特異能力。それは、Extra Sensory Perception which comes from Alchemyというのが学術的な正式名称だ。だが、一般的には昔からの影響か、特異能力という名前が通っている。
特異能力とは、錬金術から生じる超感覚知覚。基本的に特異能力は五感の延長である。視力が特別いいとか、嗅覚が特別鋭いとか、そんなもの。
ほとんどは先天的なもので、錬金術に対する適性が高いほど特異能力持って生まれる可能性がある。だが俺は後天的な特異能力を有している。
これは自称なのだが、絶対領域と名付けている。これは周囲の第一質料を視覚ではなく、感覚で捉えるものだ。
そもそも人間の視覚とは絶対的なものではない。人間の目には盲点と呼ばれているものがある。これは眼球に通っている視神経がケーブルのように脳につながっており、そのケーブルによって一部分だけ視界が遮られるため、人には一点だけ見えない点が存在する。それを両目で補いながら、人は自分の視界を勝手にでっち上げているだけ。この世界のありのままの姿を視覚で捉えるのはそもそも不可能なのだ。
だがしかし、俺の絶対領域はそれを可能にする。
この世界の根幹である第一質料を知覚できる俺には死角はない。全て感覚で何がどの位置に、そしてどのような形で存在しているか脳が直接認識できる。
「俺は絶対領域と呼んでいるが、周囲の第一質料を把握するものがある。視界に頼らずとも、周囲を把握できる」
「死角はないってか?」
「あぁ、今お前が後ろから手をかざしているのも分かる程度にな」
「……なるほど、便利だな。それ」
レイフは俺を試しているようなので、軽く発動してみた。魔力の燃費が悪いので使うことはあまりないが、いつも通り使える。
「……なるほどね。ポテンシャルは十分ってね。研究者としても一流、戦闘も一流なんて流石、碧星級。とりあえず、エルとレイフが前衛であとはカバーカバーで行きましょう。と言ってもまぁ、いつも通りね。エルと他のやつはうまく連携するように。私たちは後衛から援護するわ。回復もそうだけど、魔力切れになったら多少は融通できるから。じゃ、また戦場で会いましょう」
そうして解散になった俺は、一人で別の場所に移動した。
◇
「……こんなところにいたのか」
一人で薄羽蜉蝣のメンテナンスをしていると、後ろにいたのはレイフだった。
「まぁこいつのメンテぐらいしかすることないからな」
「で? 緊張してんのか?」
「……そうかもしれない。俺はただの農家で、魔物と戦闘をし始めたのも迷宮が初めてだ。そうして今、色々な人の命を預かって最前線に出るとなるとな……どうしても、緊張してしまう」
「ま、初陣はそんなもんだ。とりあえずは死ななきゃ負けじゃねえ。それだけは肝に銘じとけ」
「レイフは慣れているようだな」
「あ? まぁ……俺はもともと騎士団から傭兵になって、そして冒険者になったからな。集団戦の経験も、魔物との戦闘経験もお前とは段違いだ」
「流石だな。俺は碧星級として祭り上げられているが、実際はただの16歳の子どもだ。覚悟も気概もない。ただ農作物のことだけを考えて生きればいいと思ってきた。でも、世界は色々な人がいて、皆が交流して生きてる。今は学院で講師もしている。それを思うと、人の重さって奴に気がついて、震えが止まらない。あの野戦病棟のような人がまた出ると思うと、な……」
「は、16歳のガキが一丁前に考えすぎだ」
「……そうか?」
「お前はお前の道を進めばいい。結局人間は自分の決めたことにしか従えないもんだからな。周りに振り回されるのは、やめとけ。今回の戦闘を軽く考えるなとは言わない。だが、気負いすぎるな。俺は戦場で自分の剣が、錬金術が鈍って死んだ奴を何人も見てきた。迷いはあってもいい。だが、それを意識化するな。戦闘の時は目の前のことだけ考えて戦え。おそらく、俺とお前が最大戦力だからな」
「……そんなものか」
「……あぁ、そんなものだ。じゃ、頑張れよエル」
レイフはそう言って去って行った。寡黙で遠慮のない男だと思っていたが、実際は面倒見のいい気さくな奴なのかもしれない。
そうして俺は立ち上がると、フィーとモニカのいる野戦病棟へと向かった。
「エル、どこに行ってたの?」
「ちょっとな。そっちも作戦会議、終わったのか?」
「えぇ。と言っても、することは後方支援だけよ。最前線で戦うあなたと違ってね。でもやれるだけの事はやるわ」
「そっちは任せた。俺はできるだけ前線で削りきる」
フィーとそう話していると、ちょうどモニカもやってくる。
「先生っ! 姿が見えないと思ったけど……大丈夫ですか? 最前線で戦うなんて……」
「あぁ。あの迷宮での経験もあるし、魔物の対応はそれなりに慣れている」
「そうですか……それならいいんですけど……」
モニカは心配そうな顔をしてオレを見つめてくる。
本当はモニカも、そしてフィーも怖いだろう。きっと戦場に出る人間で怖くない人間などいない。あの迷宮の中でも俺は微かな恐怖を感じていた。
それがこうしていざ明確に浮き彫りになると、足が震えてどうにかなってしまいそうだ。
だが、全ては農作物に繋がっている。俺の今の行動は確かな未来に繋がっているのだ。思ってもみない展開だが、これもまた一つの選択なのだろう。ずっと王国に篭って、農作物の研究をすることもできた。碧星級の俺なら、それぐらいの無理は押し通せたはずだ。
でも、それでも俺は外に出た。外に出て、見聞を広めたいと思った。それはきっと、どこかに繋がっているはずだからと信じて……。
そして俺は、遂に初陣を迎えることになる。




