第31話 モニカの軌跡 3
どうもモニカです。今、私は猛烈に緊張しています。そして、学院の門の前に一人で立っています。呆然としている私に周りの人が注目して来ますが、それは私の容姿について言っているのでしょう。
特徴的な薄い翠の髪に、長い耳。
誰もがあれは亜人で、エルフだと分かってしまいます。この学院に亜人はいません。私一人です。そう、たった一人なのです。難しい試験よりも、この環境に飛び込む方が緊張しますし、大変そうです。実は先生に「一緒に行くか?」と言われましたが、変に注目を集めてはいけないし……私は自分の足で歩む必要があります。
「……よしっ!!」
自分を鼓舞すると、私は学院の門をくぐって行きました。
「うわぁ……広いなぁ……」
今日はエル先生の授業を受けに来ました。午後からはゼミで先生と、そしてフィーさんの従姉妹のリタさんに会う予定です。学院のシステムは勝手に授業を受けて、勝手に卒論を書けばいいと言うざっくりなシステムです。クラスごとに集まるとかはないので、楽ですが……やはり視線が痛いです。
私は前の席が空いていたので、そこにちょこんと一人で座ります。
うううぅぅ……肩身が狭いです……。
「おいあれって……」
「エルフだろ……?」
「でも白金級の錬金術師でエルゼミらしいぞ」
「マジで……? 亜人が、白金級?」
「あぁ。確かな情報だ」
「へぇ……」
いやぁああああ。聞こえてしまいます。私は種族的に耳がいいので、後ろの席の声までバッチリと聞こえます。他にも私の噂をしている人がほとんどです。
すると、後ろの方からこちらに向かってくる足音がします。
誰だろう……? と思って振り返ると女の子が三人ほどいました。それも私をじっと見ています。いや、睨んでいます。
ううううぅぅぅ。初日からこんなことって……ツラいです……。
「ねぇ、あなたってエルフなの?」
「は、はい……そうです。南の村から来ました」
「ふぅん。で、どうやって取り込んだの?」
「はい? 取り込んだとは?」
「エルフが白金級で、しかもエルゼミに配属なんて出来過ぎでしょ。何やったのってこと、分かる?」
じっ、ときつい視線で見られます。私は説明したい気持ちでいっぱいでした。ちゃんと試験を受けて、合格して……フィーさんの贔屓もあるけど、正式にエルゼミに配属されたのだと。でも、言葉が出ません。震えてしまって、何も言えません。人間社会は思ったよりも大変でした。あの時は覚悟はできていると言ったけど、やっぱり怖いものは怖いです。人間に限らず、同じエルフでも悪意というものは恐ろしいです。
そう私が震えていると、また誰かがやって来ました。
あぁ……私、どうなるんだろう……?
「あら? モニカ、どうしたんですか?」
「あ。アリスさん、おはようございます」
「えぇ。おはよう。ちなみにそこ、私の特等席なの」
「ああああ!! も、申し訳ありません! すぐに退くので!!」
「ふふ。いいのよ。だって隣も空いてるじゃない。一緒に先生の授業を受けましょう?」
「いいんですか?」
「当たり前じゃない。この学院の生徒なんだから。どこかの誰かと違って、私は人種で差別するような器の小さい人間ではないので……ねぇ、そうは思いませんか?」
「「「ひいっ!!」」」
先ほどまで私に詰め寄って来た女の子たちは顔を真っ青にして去って行きました。
「あ、あの……ありがとうございました。アリスさん……」
「あら、いいのよ。ああいう無粋な輩はどうしても存在するけど、あなたを害していいほどの存在じゃないもの。手助けするのは当たり前。それに、偏見は嫌いなのよ、私」
「何から何まで……ありがとうございます」
私がぺこりと頭をさげると、アリスさんは笑ってくれました。
「ふふ。本当にモニカは可愛いわね。素直で謙虚、とても美しいわ。えぇ……とてもね。昼休みは一緒にご飯食べましょ?」
「いいんですか?」
「当たり前じゃない。今日は学食に行って、みんなを驚かせてやりましょう」
「……はいっ!」
ちょっとだけ前向きなった私は、それからエル先生の授業を受けました。
「……まずは第一質料の性質を理解することですね。第一質料は空気中に漂っていますが、偏りが存在します。錬金術を使うと、その場にある第一質料も消失します。これは質量保存の法則通りですね。また、自身の体内にある第一質料も使えますが、初めはオススメしません。第一質料が枯渇すれば、体調不良などの様々な症状が出るからです。それから……」
先生は襟にマイクをつけていて、声が教室全体に聞こえるようにして丁寧に話していました。話もあの論文の内容を伝えているようですが、一人で淡々と読んでいるよりもずっと鮮やかな感じがしました。脳に知識が染み渡るというと、大げさかもしれませんが……そんな感じです。
先生は授業もとても上手でした。難しい内容を淡々と話すのではなく、抑揚をつけながら、そして平易なたとえ話も交えながら授業を進めていたのです。
天才といえば、それまでですが、きっと努力もしているのだと思います。本当に、私は先生との出会いに感謝しないといけません。
◇
「モニカ、学食に行きましょう?」
「はいっ!」
授業が終わると、アリスさんがそう言ってくれます。そして私はアリスさんの隣に並んで歩いて行きます。学食はとても大きいらしく、それに美味しいと聞きます。ずっとエルフの村で簡素な食事をして来たので、人の食事には非常に関心があります。
「ここで食券を買うんですよ。オススメはとんかつ定食っ!」
「なら、私もそれで……」
アリスさんと同じものを頼んで、受付のようなところで食券を渡します。
「あら? アリス様、お友達ですか?」
「はいっ! モニカと言ってエルフの子ですよ。可愛いでしょ?」
「あらぁ……すごい別嬪だねぇ……よし、二人にはサービスで大きな豚でとんかつを揚げるからね」
「わーい! ありがとう、おばさん!!」
アリスさんは常連らしく、よくサービスしてもらっているようです。王女様とはもっとお堅いものだと思っていましたが、アリスさんはとても親しみやすくて好きです。
そして私たちは受け取ったトレイを持って移動して、席に着きます。
「なぁ……あれって」
「王女とエルフか……すごい組み合わせだな」
「あのエルフ、白金級らしいぞ」
「うっそ。すごいな……」
ヒソヒソと噂話が聞こえますが、もう気にしません。私は私らしく、エルフとして振る舞うのです。
「はふはふ……ん〜、やっぱり揚げたては美味しい!」
アリスさんが非常に美味しそうに食べるので、私もパクリ。サクサクとした食感の次に、中から肉汁がじゅわぁと溢れてきます。さらにサクサク感を残しながら、豚を噛んでいるとさらに旨味が溢れます。かかっているソースもいいアクセントで非常に美味しいです!!
生まれて初めてこんな美味しいものを食べましたっ!!
「お、美味しい……」
「でしょう? やっぱ揚げ物よねぇ。今度は唐揚げ定食を食べましょうね」
「はふはふ……はいっ!」
二人で仲良く食事をした後は、ゼミの時間です。
「先生のゼミはここ。さて、入りましょうか」
「あれ? アリスさんもエル先生のゼミなんですか? 確か、フィーさんの従姉妹のリタさんだけって……」
「無理やりねじ込んだの。フィーのやつ、私が何度言っても言うこと聞かないから、ちょっと脅してあげたの。昔の恥ずかしい思い出バラすぞーって」
「へ、へぇ……なんだか、かなりの職権乱用な気が……」
「いいの、いいのっ! 権力とか弱みは使ってこそなんだからっ!」
「そう言うものですか?」
「そうよ! それじゃあ、行きましょうっ!」
アリスさんは私の手を引くと、扉を開けました。
こうして、私の錬金術師としての生活が始まったのです。




