第30話 天上魔法都市アルカディア
あれから俺とアリスは二人で王城に向かっていた。どうにも自分の部屋以外にも、王城の地下の書庫にはお伽話の本があるらしい。
「なぁ、アリス。いいのか? お前の部屋もそうだけど、地下の書庫まで見せてもらえるとは」
「先生には迷惑かけましたからね。一応、父の許可もありますから大丈夫です」
「そうか、それなら大丈夫か」
怪我の功名というやつだろうか。あのアホに迷惑をかけられたことが、ここに繋がるとは……人生は分からないもんだ。でも、プロトを攫ったのは許さん。絶対にだ。
「そういえば、お伽話なんて探してどうするんですか?」
「言ってなかったか? ざっくりいうと、ちょっと迷宮の謎解きに必要なんだ」
「はぁ……謎解き、ですか」
「そうだ。俺は迷宮の在り方、錬金術の在り方、そして世界の在り方を解き明かしたいと思う」
「え……先生が真理探究に目覚めたんですか? 迷宮で頭打ったとか?」
「は? お前らはいつも勘違いするが、全ては農作物に帰結する。俺のプロジェクトは絶対に達成する。そのために迷宮攻略は必須だ。あそこには、錬金術とはまた別の何かがある。いや、錬金術の原型と呼ぶべきものかもしれない」
「それで、魔法ですか?」
「そういうことだ。伝承を探れば、多少なりとも真実に近づけるかもしれない」
「へぇ……なるほど。迷宮踏破にそんな理由が……でも、先生がいつも通りで安心しました」
「俺の信条は変わらない。今までも、そしてこれからも俺は農家として生きて……死んでいくだけだ」
「……先生はやっぱその感じがいいです。私が好きなったのも、そんな一生懸命な人だったから……」
「は? なんだって?」
「なんでもありませんよー!! 先生のばかー!!」
そう言って走り去っていくアリス。相変わらず賑やかなやつだ。
そして王城。俺はアリスの部屋にやってきていた。広い部屋に大きなベッド。それと本棚と机がいくつか置いてある。どれも高価なものなのだろうが、いたってシンプルな部屋だった。
「えーっと、お伽話系の本は……ここですね」
「助かる」
俺は本棚の上の方から、アリスが指した場所の本を全て机に並べる。
「机借りるぞ」
「どうぞ、どうぞ。私も学院の課題をやっておくので」
アリスがそういうので、俺は自分の世界に没頭する。
魔法。それは超常的な現象で、人の望みを世界に反映したもの。魔法使いたちはこの世界に溢れ、世界は魔法により繁栄していた。そんな話がいくつもあったが、いまいち確信に至らない。どれも子供向けに作られたようで、最後には魔法の記述も無くなってしまう。子どもを楽しませるものだから仕方ないのだが……これは地下の書庫とやらも見る必要があるな。
「アリス、地下に行きたい」
「そう言うと思ってました。ここにあるのは、子ども向けですからね。先生が求めているのは書庫にあるかもしれません」
俺たちは地下にやってきた。と言っても、アリスはもういない。「私は部屋にいるので、終わったら教えてください」と言って去って言ったからだ。あいつも俺が真剣なのを知っていて、茶化したりはしない。非常に空気の読めるやつだ。
とまぁ、アリスのことは今は関係ない。今は伝承を探すべきだ。俺は人差し指に炎を灯す。錬金術で生み出しているが、これぐらいならどうってことはない。そして背表紙を見て探す。
「……これは?」
見つけたのは本当に古そうな本だった。埃をかぶっており、タイトルも見えにくい。それに非常に薄い本だ。
「……魔法都市、アルカディアか」
そう。タイトルは、『魔法都市アルカディア』だった。とりあえず俺は読み込むことにした。
そして、この本の内容はこんな感じだった。
この世界は魔法で満ちていた。あらゆる生き物が魔法を使い、人は魔法で街を作り、魔法で繁栄を迎えた。だがある時、その魔法を手放すものがいた。そしてその連中はカガクという技術を用いて、繁栄を迎えた。魔法とカガク。相反する関係。そしてある時、天災がやってくる。それはこの地球に隕石が墜落するというものらしかった。それを阻止するために、魔法とカガクは一時的に協力をするが、努力むなしく互いの文明は崩壊。だが、魔法使いたちは自分たちを地上ではなく、天へと行くべきだとずっと唱えており、隕石が墜落する前に天上に逃げたらしい。その都市の名前が、天上魔法都市アルカディア。残った魔法使いはそこで幸せに暮らしました……という内容だった。
「ふむ……」
俺はノートを広げて、この内容をざっと書き込む。魔法に、カガクか……聞き慣れない言葉だ。カガクとはなんだろうか? 魔法と対抗できるほどの技術体系であったのは間違いないが、どうにも分からん。一見すれば、絵空事。ただの空想でフィクションだ。本にもこれはフィクションと前書きがある。だがどうにも気になった。直感的なものだが、やはり魔法とは錬金術と通じるものがあるのだと思った。
それから伝承系の本は全て探ったが、先ほど以上の情報はなかった。迷宮の記述も特になかった。迷宮についてはありふれたもので、謎の地下施設である、程度しか書いていない。まぁ、だからこそ現代までずっと謎だと言われてきたのだろう。
でも、第三迷宮は攻略され、俺たちも第六迷宮を順調に攻略中だ。
もしかしたら、今は歴史の転換期なのかもしれない。俺が錬金術の在り方を変え、そして迷宮がこの世界の在り方を変える。そんな風になるかもしれない。俺がその中心にいるのはただの勘違いかもしれないが、間違いなく歴史は進み始めた。迷宮攻略を皮切りに。
農作物もこれを機会に大きな成長を遂げるかもな……ふふふ……。
そして俺はアリスにお礼を言って、帰ることにした。
「先生、またいつでも来てくださいね。お待ちしております」
「今日は助かった。ありがとう」
アリスは珍しく、その後も何もして来なかった。丁寧にお辞儀をして、俺を見送ってくれたのだ。
たまにはこんなアリスもいいな。いや、いつもそうだといいのだが……。
そんなことを考えながら、俺は自宅に向かうのだった。
◇
「エル、ちょっと話があるんだけど……いい?」
「構わないが……」
自宅の扉を開けようとすると、ちょうどフィーとばったり出会った。最近はフィーの部屋で晩御飯をよく食べているので、別に構わないが……妙に真剣な雰囲気を感じる。
リビングのテーブルへ向かうと、モニカがいた。妙に緊張している様子だ。そして三人で席に着くと、フィーが話し始める。
「エル、モニカが今日試験を受けて合格したの。ついでにその試験は協会のランク試験も兼ねていて、かなりの高難度だったけど、クリアしたわ。それで、モニカはこれから協会所属の白金級の錬金術師よ。それと同時に、あなたの二人目のゼミ生になるけど、いい?」
「……モニカが?」
俺は何も知らなかった。ただいつかは王国に行って、錬金術を学びたいと言っていたが、こんなにも急にとは……。
しかし、モニカにも思うところがあったのかもしれない。俺とフィーと出会って、錬金術に対するモチベーションが上がったのならいいことだ。それにモニカは筋がいい。俺は教えてもいいとずっと思っていた。迷宮でも適宜、アドバイスをしていたしな。
「……そうか。正式な協会所属の錬金術師……しかも、白金級。亜人だと初めてじゃないか?」
「この国では初めてね。他にもいるけど、ここ数年だとモニカだけかも。しかも18歳という若さ。また注目を集めるわね。それで、エルはいいの?」
モニカがじっと緊張した目で見てくる。
真剣なのがわかる。彼女はこれから大変だろう。異国の地で、しかも人種も違う。人間と亜人は近いと言っても、やはり別の文明と文化で生きている。色々と戸惑うこともあるだろうし、辛いこともあるだろう。亜人はこの国には一割もいないからな。それでも、モニカは試験を受けてパスして……そして入学しようというのだ。俺がそれを拒否するわけがない。頑張っているやつは誰でも応援したいからだ。
「分かった。リタには俺から紹介しておこう。モニカ、ようこそ学院へ。俺が責任を持って、君を立派な錬金術師にしよう。俺もまだまだ教師としては未熟だが、よろしく頼む」
「こ! こちらこそ、よろしくお願いします!! その……先生?」
「先生か。そうだな、悪くない響きだ」
「はいっ! 先生!!」
こうして俺のゼミに新しく、モニカが増えたのだった。




