第23話 降り注ぐ脅威
「そういえば、エル。気になることって……?」
あれから二日後。俺たちは準備を整えて、馬車に乗り込んでいた。そんな時にフィーがあの時のことを聞いて来る。
「あぁ、そのことか。なぁ、一ヶ月前って何があったか覚えているか?」
「一ヶ月前……?」
「そういえば、一ヶ月前にはうちの村で巨大蜘蛛が目撃されたのもそうですが、第三迷宮攻略のニュースが届いたのもそのあたりです」
「……ご名答だ」
モニカの指摘通り、俺は今回の件が初の迷宮踏破と関係があると考えている。むしろ、そう考えなければおかしい。ここ数百年何もなかった第六迷宮。迷宮の性質は何百年前からも分かっており、迷宮に入りさえしなければ安全なので人々は近づきもしなかった。
だというのに、この異変、異常事態。迷宮から魔物が溢れて来る始末だ。
そんな巨大蜘蛛は魔物のランクとしては危険度B級に分類されている。
魔物の危険度は、S→A→B→C→D→E→Fに分かれている。危険度B級といえば、普通の人間は対処できない。特に、危険度C以上は錬金術師や騎士など特別な技術を有している者にしか相手はできないとされている。
迷宮の魔物は全てがC級以上。つまり、それが外に溢れるということは、一般人にかなりの危険がある。殺されていてもおかしくはない。巨大蜘蛛の流出とはそれほどの異常事態なのだ。会長が俺とフィーを送り込んだのも頷ける。
「迷宮にはもしかしたら、相互に作用している何かがあるのかもしれない」
「なるほど……エルの言う通りかも」
「そう言われると、そうですね」
俺は間違いなく関係があると踏んでいる。迷宮から溢れる巨大蜘蛛に、巨大蜘蛛の通常にはない特性である収集癖。巨大蜘蛛の存在は以前から分かっているのに、収集癖があるとは知られていなかった。つまり、迷宮の巨大蜘蛛は特殊な個体……亜種なのもかしれない。
そんなことを話しながら、俺たちはエルフの村で前回と同じような準備をして早速迷宮へと向かった。
「……さて、入り口の氷を無くすか」
俺はフィーの構築した錬金術を読み取ると、一瞬でそれをレジストする。フィーのやつは敢えて綺麗な状態で氷を錬成していたので、レジストするのは容易だった。
「行こう」
「うん」
「はい」
そうして、俺たちの迷宮探索。二回目が始まった。
「……」
「……」
「……」
三人で慎重に進んで行く。しかし、前回と同じ道を辿るだけなので、今は楽だ。しばらくして、俺たちは例の広場にやってきた。そこには巨大蜘蛛はいない。俺たちが殺し尽くしたからだ。と思っていると、壁の上に一匹の巨大蜘蛛がいることに気がついた。
「あ、あれって……倒しますか?」
「ひぃいいいいいいい。や、やっぱ慣れないわぁあああ……」
「いや様子がおかしいな……ちょっと観察したい」
あの巨大蜘蛛は地下二層から漏れてきたものだろうか。
それにしても挙動がおかしい。うろうろしていると言うか、二層への階段に入るのを躊躇っているようにも感じる。しかし、躊躇う理由なんかあるのか? ここの生態系は完全に把握していないので、一概には言えないが妙な違和感がある。
数分ほど見ていると、巨大蜘蛛がドタドタと階段を降りていった。俺たちはそれの跡を追うことにした。
「追うぞ!」
「はいっ!!」
「……えぇええええぇえ。嫌だなぁああああ」
階段を降りる、長さはそんなになく、あっという間に二層にたどり着いた。そこは細い道などではなく、再び広場だった。でも先ほどの広場よりは規模が小さい。すると、俺たちは先ほどの巨大蜘蛛を見つけた。さらに、そいつを囲むようにして他の巨大蜘蛛がワラワラと寄って来る。瞬間、信じられないものを目にする。
「……なッ!!?」
「ヒッ……」
「うげえええええええええええええッ!? なにあれ、共食い!!?」
そう、フィーの言う通り共食いが行われていた。一層からやってきた巨大蜘蛛は他の巨大蜘蛛に糸で拘束され、生きたまま捕食されている。「キィィィイ!!」と断末魔をあげているが、脚から徐々に食べられ、頭も食べられ、全てが無くなった。
共食い。そんな生態系があるのかと、考えるがどうにもおかしい。あの巨大蜘蛛は彷徨っていて、止む無くここにきて食われた。そんな印象に思える。ただの共食いだと思えない。もちろん、共食いは魔物にはよくあることなので特別驚くことでもないのだが……。
そう状況を整理していると、数十匹の巨大蜘蛛がこちらをじろりと睨む。瞬間、尋常ではない速度で走って来ると同時に糸を吐いて俺たちを拘束しようとしてくる。
「行くぞッ!!」
「「了解ッ!!」」
俺たち三人はそれぞれ氷を錬成していく。吐かれる糸を辿って凍らせていき、巨大蜘蛛の身動きを取れなくする。そしていつも通り、脳天に氷柱を刺そうとするが……。
「何ッ!!? レジストだとッ!!?」
そう、俺の錬金術はレジストされた。巨大蜘蛛の頭の上に錬成陣がくるくると回りながら展開すると、俺の錬成した氷柱はそれによって打ち消されたのだ。
しかし、身動きが取れないのはそのままだ。なので、俺は面倒だが一匹一匹の頭を薄羽蜉蝣で一閃。縦にパックリと割っていき、全てを殺し尽くした後はモニカに燃やしてもらうことにした。モニカは俺たちの中でも一番魔力の総量が大きいので、これぐらいの量は手間ではないらしい。
「フィー、どう思う」
「……魔物が錬金術を使うと言った事例は聞いたことないわね。私も仕事柄、色々と錬金術の噂は聞くけど……それでも、これは知らないわ」
「そうだよな。殺すついでに死体を軽く確認したが、錬成痕は俺たちが使っているものと同じだ。何か特殊なものではない。ただただ普通の錬金術だが、どうやら錬金術は人だけのものではないのかもな……」
「……そうね」
よく考えれば、錬金術がどのように生まれたのかはよく分かっていない。ただ始祖という人間が生み出したとしか知らない。
「なぁ、もしかしたら錬金術もまたロストテクノロジーの一種じゃないのか?」
「錬金術がロストテクノロジー? そんな、だって……」
「いや、錬金術というのは俺たち人間が勝手につけた名前だ。そもそも過去には魔法や魔術とも呼ばれていた。そこに法則性を見出し、理論を考え、発展させてきたのが錬金術だ。つまり、過去に錬金術相当のものがあったと考えてもおかしくはない。迷宮の存在もそうだ。これはどうやって作ってある? 地下にこんな大規模な施設。しかも作りはしっかりとしている。崩壊する予兆もない。もしかしたら、ここにいる蜘蛛たちがこの迷宮を生み出したのかもしれない」
「……一理あるわね。なんだか、本当にきな臭くなってきたわね。あぁ、それと……第三迷宮の情報だけど、最下層が何層だったのか分かったわ。来る前に調べてきたの」
「そういうのは早く言えよ……」
「だ、だってここに来るの怖かったし……でも、今は謎の解明の方が気になってるから、ちょっと大丈夫。それでだけど、50層だったらしいわよ」
「50層か……深いな」
「第三迷宮だけがそうなのか、それとも他の迷宮も同じなのか……分からないけど一つの目安になるでしょ?」
「そうだな。目標がある方が進みやすい」
一旦話を終えると、モニカが戻ってきた。
「何か話していましたよね? 分かったことでも?」
「実は……」
俺は今話したことを簡潔に伝えた。
「……なるほど。確かに、エルフの伝承でもそのような話はあります。錬金術、というか魔法はずっと昔にはすごい栄えていたけど、ある時滅びの道を辿ったとか。魔法都市と呼ばれる街もどこかにあったとかなんとか……」
「魔法都市か……今の王国と同じようなものか、それが過去にもあったと……」
カノヴァリア王国はほぼ全てが錬金術によって構成されている。インフラなども錬金術が要だ。今の話を聞くと、現代の魔法都市と言っても過言ではない。
「話はそこまでにして、先に進みましょう。時間もあまりかけたくないし、50層あると仮定するなら、早く進んだ方がいいわ」
「そうだな」
「分かりました」
俺たちはそれから迷宮を進んで行った。そして二層、三層、四層、と順調に突破するが錬金術を使う巨大蜘蛛にはあれ以来会っていない。普通の個体ばかりだ。そうして、9層にたどり着いた時……俺たちは休憩を取ることにした。三人で携帯食料を食べながら、水を飲み、ゆっくりと休む。
「はぁ……疲れたぁ。でも9層とはかなり進みましたね」
「あぁ……今の所は順調だな」
「私もちょっと慣れてきたかも! 今までは嫌悪感しかなかったけど、今はキモイなーぐろいなー、程度にしか思わない! やっぱ私は克服できる女なのよねぇ……ふふん!!」
「ま、正直助かる。全員が万全の状態なら、迷宮踏破も夢じゃない。フィー転移のマーキングはしているよな?」
「もちろん! 一層ごとにしているわ。この階層だと一気に入り口には跳べないけど、経由すれば入り口まで戻れるわ」
「よし……やはり転移が使えるのはでかいな」
そして今後の予定を確認して、今日は10層まで行って戻ることにした。
「10層はここか……広いな」
10層に降りると、そこはかなり開けた場所だった。一層の広場よりも一回りは大きい。そしてさらに、11層への階段がすでに見えている。と思ったら、11層への階段と、俺たちがやってきた9層への階段に扉が降りてくる。
「……え!!? 閉じ込められた!!?」
「だ、大丈夫なんですか!?」
「いや、この程度なら破壊……できない? 錬金術が完全に弾かれる。まさか、転移も……フィーッ!! 転移は使えるか!!?」
「だめ!! 他の層と錬金術のつながりが断たれているわ! 第一質料の経由ができない!」
「……閉じ込められた、か」
すると、天井で何かが蠢いているのを感じる。いつも通りの巨大蜘蛛だと思っていた。そう、思い込んでいた。だがあれは、なんだ? あの個体は……?
「あれは……一体……」
「え、あれって」
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 無理無理無理いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
そう天井にいた巨大蜘蛛は、サイズが10メートルを優に超えるほどの個体だったのだ。
「キ、キィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!」
巨大蜘蛛が鳴く。しかしその音量は通常のものの比ではない。
そのあまりの異質さに俺たちは呆然としてしまう。
こうして完全に閉じ込められた俺たちは、この化け物と戦うことになる。




