第22話 賢者の石
「うわぁぁぁぁああああん! もういやだよぉおおおお!! お家かえりたぁあああああああああああい!! うわぁあああああああん!!」
「はぁ……はぁ……はぁ……疲れた……」
「そ、そうですね……流石にこれは……ちょっと……」
フィーは泣きじゃくり、俺とモニカは肩で息をしていた。あれからの戦闘は一時間にも及んだ。どうやら卵はまだまだ存在していたようで、際限なく溢れ出してきた。俺は最期の力を振り絞り、巨大蜘蛛の死骸を燃やし尽くした。卵も一つ残らず。この広場には、生物はもう俺たちしかいない。残骸すら存在しないと思っていたが……。
「キィィイイイイイッ!!」
瞬間、殺し切ったと思った巨大蜘蛛が一匹だけ降ってくる。俺たちにこいつを倒すだけの余力はもう、あまり残っていない。俺はそう考え、意を決して腰にある刀を引き抜く。
「……薄羽蜉蝣」
引き抜く刀の銘、それは薄羽蜉蝣。刀身は薄い翠で、周囲が濃くなっている。限りなく薄く一見すればただの紙のようにも見えるほどだ。だがしかし、切れ味は折り紙つき。
「……フッ!!」
残っている魔力で何とか錬金術を構築し、巨大蜘蛛の脚を全て凍らせ、薄羽蜉蝣で一閃。
ぱっくりと脳天が綺麗に縦に裂け、体液が勢いよく溢れ出す。
「ふぅ……切れ味はいいな」
どさっと座り込むと、モニカが死体を炎で燃やし尽くしてくれた。ありがたい。
「やりましたね。それにしても、最後の刀すごいですね? 魔剣の類ですか?」
「いやこれはキュウリだ」
「きゅ、キュウリ?」
そう、この薄羽蜉蝣。実は主な構成材質がキュウリだ。キュウリを錬金術で出来る限り薄く伸ばす。構成要素が欠けないように、慎重に。そこからそのキュウリを刀の形に加工して、最期に研ぐ。それを錬金術で固定して完成。これこそが俺の名刀、薄羽蜉蝣だ。
「我ながら、いい出来だと思っている」
「へ、へぇ……農家出身って噂、本当なんですね」
「あぁ。俺は農家に生き、農家に死ぬ。錬金術を学んでいるのも、農作物の遺伝子改良に適しているからだ。碧星級はついでだな……」
「はぁ……やっぱ、天才ってそういうもんなんですねぇ……」
「何だ? 俺が変人とでも?」
「ははは。まぁ、そうですねぇ……」
「ふふ、言うじゃないか。モニカ」
そうしているとフィーが本気で泣いているのに気がつく。
あーあ。ストレスが限界を超えたか。まぁどのみち、この状態では二層に行くのは厳しい。戻るとするか。
「ぐす……ぐす……うわああああああん……怖かったよぉおおおお……」
「フィー、帰ろう。でも俺はもう魔力がない、転移を頼む」
「……ほ、本当ぉ? もう帰れるのぉ?」
「あぁ。またすぐに来るがな」
「いやだあああああああああああああああああ!! もうやだああああああああああああん!!!」
「どうどう。とりあず戻ろう、な?」
「……うん」
そして俺たちは転移で入り口へと戻って来た。
「フィー。一応、入り口を氷で固めておいてくれ」
「……ぐす。分かった」
鼻をすすりながら、フィーは黙って入り口を凍らせている。
「どうして塞ぐんですか?」
「俺とフィーは村長に現状を報告したら、一旦王国に戻る」
「その……私もついて行っていいですか?」
「……仕事とかないのか?」
「今は幸い、農作物を育てる程度しかないので。数日空けても構いません」
「なら行くか。会長への報告もこの三人でした方がいいしな。フィー、モニカのこと泊めてくれるか?」
「……ぐす。いいよ、モニカわたしたすけてくれた。わたしもモニカたすける」
うん、片言になっている。フィーはまだ村長に報告できそうにないな。俺とモニカだけで行くか。
俺たちはフィーをモニカの家に置いて来ると、二人で村長の所へと向かった。
「……モニカッ!!? まさか、お前も行っていたのか!? 危険だとあれほど……!」
「お父さん、私はもう子どもじゃないよ。ちゃんと戦えるし、こうして帰って来たし」
村長は俺たちの汚れた姿を見て、モニカも迷宮に潜ったと悟った。しかし、モニカには今後も付き合って欲しい。迷宮攻略にはモニカの力が必要だからだ。
「モニカは本当によくやってくれました。いなければ、もっと苦戦していたはずです」
「……エルウィード殿がそう言うのであれば……しかし、くれぐれも娘をよろしくお願いします」
「えぇ。命にかけて守りますよ」
「それで首尾はどうでしたか?」
「実は……」
俺はかいつまんで、第六迷宮のことを話した。第一層には300体ほどの巨大蜘蛛が存在しており、殲滅して来たと。そして地下第二層への階段はすでに発見済み。さらに入り口は入念に封鎖。と言っても完全な状態の俺ならば難なく錬金術をレジストできる。数日中にはまた潜るつもりだ。今は一応、村のことも考えてそうしてると。
そして最大の疑問点。それは蜘蛛には収集癖があること。俺はそのことを村長に聞いてみた。
「巨大蜘蛛にそのような特性が……? 収集癖ですか……それも物品や服など。死体はそのまま栄養を搾り取られただけ、ですか。いえ、存じませんね」
「そうですか。それでは、私たちは一旦現状を協会に通達します。そうですね、また3日後にはこちらに来ます。あの迷宮は必ず攻略します。気になることもあるので」
「……よろしくおねがいします」
村長が頭を下げ、俺も軽く礼をして部屋を後にする。
「さて、すぐにでも王国に戻るか。モニカ、準備は?」
「水浴びしたいですけど、早く行った方がいいみたいですね。行きましょう」
「あぁ」
そうして俺たちはその日の馬車に乗って、王国へと戻って行った。フィーのやつは終始、「蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い。蜘蛛は嫌い」と呟いていた。虚ろな目で、ちょっと怖い。
ガタガタと揺られながら、俺とモニカは色々なことを話していた。農作物のこともそうだが、モニカは俺の錬金術に興味津々だった。ホムンクルスの話をすると、「是非とも会わせてくださいッ!」と言うのでプロトと一号たちに会わせよう。ちょうど今は全員工房にいるからな。ちょうどいい。
そして数時間後、俺たちは無事に王国へと戻って来た。検問で少し手間があったが、エルフはこの王国に来ることが割とあるのですんなりと入国できた。
「はぁ……ここが、カノヴァリア王国。すごいですねぇ……それにしても今日はお祭りかなんかですか? 人がたくさんいますが」
「いや、別にただの平日だ。それにこれは少ない方だな。休日はもっと溢れかえる」
「え!!? これで少ないんですか!!?」
「まぁ、カノヴァリア王国は世界の中でもかなり人口の多い方だし、この中央都市は一番栄えている所だからな。こんなもんさ。さて、協会に行こう」
「はえ〜。凄すぎて首が痛いです」
モニカはずっと上を見上げていた。錬金術協会は確かに結構高い建物だ。そう見てしまうのも無理はない。
ちなみにフィーはずっと俺の袖を掴んでとぼとぼと歩いている。会話をする気は無いらしい。
15分後。俺たちは会長の前にやって来ていた。今はちょうど休憩時間らしく、部屋にいた。タイミングがいい。
「おぉ! 帰って来たのか! それで、どうだったんだい……? 第六迷宮は」
「おそらく攻略は可能です。巨大蜘蛛の数にもよりますが、戦い方は分かりました。次からはもっと効率的にいけると思うので、おそらくかなり進めるかと」
「……おぉ! 流石だね、エルくん。それで、そちらのお嬢さんは?」
「モニカ・ダン。村長の娘ですよ」
「……初めまして。今回はお二人の迷宮攻略のお手伝いをさせてもらっています」
「ほぅ……手伝えるほどの実力があると?」
会長が疑問を呈するので、俺はその疑問を払拭する。
「はい。モニカは白金級相当の錬金術を使えます」
「なるほど……亜人類にしては珍しいね」
そう、錬金術の適性は人類の方が圧倒的に高い。亜人類の中で錬金術が得意という種族はほとんど存在しない。だが何事にも例外がある。それがモニカだ。
それから俺は馬車で作ったレポートを提出した。
最後に会長はフィーが妙にやつれているのを見て、彼女にある提案をした。
「フィー。辛いのなら、他の人間を派遣するが?」
「……いえ、やります。まだ怖いけど、エルとモニカには私が必要なので……はい……まだ怖いですけど……はい……いい大人なので、頑張ります……はい……」
「そ、そうか。エルくん、モニカくん、フィーを頼んだよ。どうにも疲れているらしい」
「「はい」」
自宅。やっと戻って来ました。そして、フィーの家のドアを開けた途端、こいつは叫び始めた。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 帰って来たあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「……お、おう。じゃあ俺は自分の部屋でシャワーを浴びるから、また来るよ」
「うん! モニカと私は一緒に入るよね!」
「え!? 一緒に入るんですか!?」
「当たり前じゃ無い! 時間短縮にもなるし!」
そして再集合。俺たちは晩御飯を食べながら、次の攻略に向けて話し合いをしていた。
「さて、次の攻略だが……地下二層だな。おそらく、巨大蜘蛛との戦いはこれから数百単位は当たり前になる。俺はこれを持っていこうと思う」
「それは……エルいいの? 研究に使うって……」
「いいよ。今回の迷宮攻略には欠かせない。エルフの村のためにも、それに気になることもあるしな」
「……なんですか、その白くて小さい石は?」
モニカがそういうので、俺は答える。この石の名前を。
「賢者の石だ」
「け、賢者の石って……あの!?」
「そうだ。研究で偶然作り出せた。だがこれは不完全な白い方。別名、エリキサだな。霊薬の一種で魔力の補充ができる。これがあれば、特異錬金術の使用回数は跳ね上がる」
「……そんなものまで作っているなんて……すごいですね、エルさん」
賢者の石。それは錬金術師の最大の目標の一つでもある。黄金変成、不老不死、人間の霊性の完成、宇宙の完成、全てを可能にする、などと言われている代物。これもまたロストテクノロジーの一つ。過去には完全な賢者の石が存在していたというのは文献で明らかになっている。そしてその種類は白と赤がある。白は不完全なもので、赤は完全なもの。白の方は俺でも時間と金と労力をかければ、再び作ることができるかもしれない物だ。だが、赤い賢者の石は無理だ。つまり、完全な賢者の石の作成は不可能。これは人類がたどり着けない神の領域の一種である。
「それにしても、フィー。大丈夫なのか? 無理なら……」
「頑張る……怖いけど、私がいないと困るでしょ?」
「まぁな。ビビって逃げていたが、お前の力は絶対に必要だ。転移を使えるのも重要だしな」
「だよね。また発狂するかもしれないけど……いや、発狂するけど、発狂しながら戦うよ……」
「そ、そうか。ならいいんだが……」
俺たちは話をそこで切り上げて、眠りについた。




