第10話 セレーナ・ブリューの憂鬱
どうもセレーナですわ。今、私は一人でぼーっとしていますの。フレッドは先にお風呂に入り、次はエルが入る予定で、今はこうして待機している時間。私はすでに済ませているので、今は綺麗になっていますわ。
そんな私ですが、最近悩みがありますの。以前からずっとなのですが、その……お母様が本気でエルと婚約を結べと……。既成事実を作ればどうにでもなるというのですが、つまりエルとそういうことをしろと……。
でもでも! 私はともかく! エルが異性に興味あるとは思えませんのよ!?
思えば学生時代からエルは本当に失礼なやつでして……。
「おはよー、セレーナ。おい、お前ちょっとだけブラが透けてるぞ? 夏だからって油断するなよ?」
「……え?」
「んじゃ、俺はちょいトイレ行ってくるわ〜」
と、こんな風に挨拶程度に下着のことを言ってくる始末。そこに色欲の目線があればすぐに私は気がつきます。その手の視線には慣れていますので。伊達にプロポーションのいい体はしていません。
でも、エルは全くと言っていいほどその手の視線がありません……。
実際のところ、「あぁ晩飯? カレーだよね?」程度のものでしかないみたいです。私の下着という存在は。なんというか微妙な気分ですの。私としてはエルと恋仲になるのはあまり実感がありません。あっちは微塵も意識していないでしょうし、今は仲のいい友人として付き合うのがいいんじゃないかと……。
まぁでも? 実際のところ、エルから付き合って欲しいと言えば考えないこともありませんけど? エルは見た目だけはちょっとかっこいいですし? 長身なのもそうですが、「俺には農作物のために筋肉も必要だ。農作業は結構大変だからな」と言って鍛えているので体つきもいいですし? 錬金術は規格外で、歴史の中でも最高の天才だとは認めるところですのよ。だって碧星級の錬金術師なんて、普通はありえません。三大貴族の長い歴史の中でも、誰もが白金止まり。でもエルは、碧星級。貴族は遺伝子の関係もあって、皆が錬金術師としての適性が高いのに、農家出身のエルが碧星級って……と思っていましたが、今は尊敬していますわ。
だって、エルは本気なんですもの。入学して出会ってから、彼はずっと本気でした。あの時だって……。
「あらあら、あなたぁ……農作物のために錬金術を学ぶだなんて正気ですの? これだからちょっと錬金術ができると勘違いした農民は……。全く、真理探究のために錬金術を学ぼうとは思わないんですの?」
「……お前の言い分は分かる。三大貴族のブリュー家には真理探究の使命があるのかもしれない。だがな、俺は本気だ。それに俺は現段階で、白金の錬金術師。ましてお前は、銅級だろ? 口を出すなら結果を出してから言えよ。俺よりも上のランクなら一考の余地ありだが、お前にはない。つまり、お前の真理探究とやらは俺の農作物への愛より劣っているということだ。お前の理屈に当てはめるとそうだろ?」
「ぐぬぬぬ!!!!! もう頭にきましたわ!!! 決闘ですのよ!! 決闘!! ブリュー家の名をかけて決闘を申し込みますわッ!!」
と、私は熱くなってしまい決闘を申し込みましたが、惨敗。手も足も出ないとはこの事かと痛感いたしました。結局は、私の貴族の誇りなんてこんなもの……そう思っていると、エルはこう言ってくれたんですのよ?
「すまないな。俺も熱くなりすぎた。それに劣っていると言ったが、あれは訂正する。お前には、お前の熱意がある。それがランクだとか、どうとかは関係ない。真理探究、貴族の義務、貴族には色々とあるのも知っている。それでも俺とお前は同じだよ。目的は違っても、手段は同じだ。錬金術を通じて、成したいことがある。上からの物言いになるかもしれないが、俺はお前の……いや、セレーナの夢をバカにしない」
「……ウィリスさん、いいえ。エル、あなたはこんな私を認めてくれますの? ただの口だけの貴族を……」
「もちろんだ。口だけ? ならその言葉に見合う錬金術師になればいい。虚勢もまた、なりたい自分への道だ。俺はお前を認めるよ」
あの時のことは今でも覚えています。そして私は目の前が開けた気がしましたの。それからエルと、まぁついでにフレッドと、三人でいるようになって……私は成長しました。以前とは考えられないくらい、錬金術も上手くなって……ブリュー家では落ちこぼれと言われていた私が今や王国騎士になりました。今はまだ見習いですけど、昔から考えるとありえないこと……全てはエルのおかげ。彼と出会ったから、今の私がありますの。
だから、そんなエルを私は尊敬しています。
それで……そのような話をお母様にしてから、実はお母様がエルを本気でこの家に迎え入れようとしているんですのよ……何度か顔を見たいというので連れてきたのですが、もう大層気に入ってしまいまして……お母様はエルにご執心。絶対に息子にするのだと、奮起していますの……。はぁ、どうなることやら……。
「セレーナ、ちょっと来なさい」
「ん? 何かありましたか、お母様?」
今はちょうどエルがお風呂に入ったところで、私は庭でぼーっと昔のことを振り返っていました。そんな時、お母様からお声がかかります。
「エル様とフレッドさんは急な用事で帰られたみたいです。あなた、今からもう一度お風呂に入ったら? さっき、もう一度入りたいと入っていたでしょう?」
「えぇ……それはまぁ……」
私はお風呂に入るのが大好きだから、またとない機会です。二人が急に帰ってしまったのは仕方ありませんが、この際いいでしょう。どうせまた会うでしょうし。
「ではお母様、お風呂に入ってまいりますわ」
「えぇ……ごゆっくり」
そうして私は自宅の浴場へと向かいました。
「ふんふんふ〜ん」
お風呂は何度入ってもいいものです。うちの家の浴場は力を入れているので、かなり広いのですのよ? 一人で入るのは勿体ないですが、私は気にはしません。そして、カラカラと戸を開けて入るとそこには湯に浸かっているエルがいました。
そう……エルがいましたの。
「えええええええええ、エル!!? 急用で帰宅したのでは!!!?」
「んあ? それはフレッドだろう? なんか緊急会議があるとかさっき急いで帰ったぞ?」
は、嵌められたんですわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
これはお母様の策略ッ!! と、とりあえずすぐに出ないと!!
そう思ってとに手をかけるとビクともしません。
「え……?」
「いいこと、セレーナ。既成事実よ、既成事実。30分はこの戸を封じておくから、しっかりとやるんですよ」
「お母様あああああああああああああああああああッ!!」
戸は錬金術によって完全に封鎖。お母様は白金の錬金術師で、この戸はおそらく私の力では開きません。エルに頼んでもいいけど……それだと不可解に思われますの……ここは、開き直ってエルと一緒に入るしか……。
「どうしたセレーナ。急に叫んで」
「な! なんでもないですわ! では私は体を洗いますの」
「あぁ……俺は湯につかってるわ〜。あぁ、しみるぅ〜」
こ、この男……私が一緒に入る状況に一ミリも動じていません! 「あぁ一緒に入るの? いいよ? 好きにすれば?」みたいな雰囲気でお湯につかっているなんて! うぅぅぅぅ、どうしてこんな目に……。
私は惨めな気持ちになりながら、体を洗ってからエルとはちょっと遠くのところで湯に浸かります。すると、エルはきょとんとしてこっちを向いてきました。
「どうしたセレーナ? こっちに来いよ。いつも見たいに雑談でもしようぜ」
「ええぇぇ……ま、まぁ分かりましたわ」
私は絶対にタオルを取らないと誓って、エルの方へと近づいていきます。エルも下半身にタオルはしているのでまぁ、大丈夫でしょう……た、多分?
「セレーナの家の風呂はすごいなぁ……こんなに広いし、かなり気持ちいい。これはいつまでも入れるなぁ……」
「そ、そうですか? ま、まぁこのお風呂は当家の自慢ですので、当然ですわ!」
よ、よし何ともない風に話せていますの! これならどうにか……。
「? セレーナ、やけに顔が赤いな。のぼせているのか?」
「え!? こ、これは大丈夫ですのよ!? おほほほほ!!」
とエルがこっちに近づいてきます。ひ、ヒィィィィィィいいいい! 近い! 近いですわ!
チラッと体を見ると腹筋は綺麗に割れていて、肩周りの筋肉も、上腕の筋肉もかなりついています。か、かっこいい……は! そんなことを考えている場合ではないですわ!
「そういえば、騎士団はどうだ? ちゃんとやれているか?」
「え、えぇ。先輩方も優しいので、しっかりとやれています。エルと友人だと言ったらみんな紹介して欲しいって言ってましたわ」
「はははは、それは遠慮しておこうかな。これ以上、変に人脈は増やしたくないしな。まぁ、機会があれば程度で……」
「えぇ。ではそのように伝えておきますわ」
「思えば、セレーナと一緒に風呂に入るほどの仲になるとはなぁ……あの時からは考えられない」
「そ、そうですわね。私もエルと、こ、こんな状況になるとはお、思ってもいませんでしたわ」
なに!? 何なの!? わざと!? わざとですの!!? わざと私を試すような発言をしているんですの!!?
「ふぅ……じゃあ俺は上がるかな。このまま帰るから、じゃあなセレーナ。またこの家に招待してくれ」
「えぇ……お母様も楽しみにしているので、是非に」
ニヤッと笑うと、エルはざばぁと上がってそのままペタペタと歩いて出てきます。
「……はぁあああああああああああああああああ」
長いため息が出ます。はぁ、良かったのか悪かったのか……いやでも、悪くはありませんでしたわ。うん……うん……。
その日の夜、私はエルの筋肉が頭から離れずに悶々と過ごしましたのは内緒ですのよ……。




