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File 3 初任給です!


「先輩、おはようございます!」



 その日、通信機に仕事が入ったのをチェックした私はいつも先輩がいる人間界を見下ろせる高台へ足取り軽く向かった。

 そこに居た先輩は相変わらず黒い塊になってじっと地上を見ていた。先輩は大体ここにいるので探す手間がないのは楽である。



「へへへー」

「……随分と気が緩んでるな」



 妙に機嫌の良い私を見たシン先輩は酷く訝しげに眉を顰める。しかし仕方無いのだ、今日は特別な日なのだから。



「だって先輩、今日はお給料日ですよ。初任給です!」

「……そういえばそんな日か」

「ちゃんとこの服のお金返しますからね」

「いらんと言っただろう」

「でも」

「それよりも仕事をきっちりこなせ。それでいい」

「……分かりました。頑張ります! そういえば、今日の仕事ってなんでしたっけ?」



 仕事の通知が入ったのは見たが浮かれていて内容まで確認していなかった。通信機を取り出してその画面に目を落とすと、私はそこに書かれていた内容を見て一瞬にして固まった。



「場所は山奥の廃墟になった病院。そこで浮遊霊や地縛霊になった魂の回収だ。……それだけ元気なら今日の仕事もさぞかし捗るだろうな?」

「い、いやいやいやいや……」



 病院ってだけで怖い。それに加えて廃墟と山奥といういらなすぎるオプション付きである。思わず逃げ腰になっていると、先輩は容赦なく私の襟の後ろを引っ掴んでにやりと少しだけ口角を上げた。



「きりきり働け」

「いやああー!」



 初めて見た先輩の笑った顔は、ものっすごい凶悪なものだった。







 □ □ □ □ □







「入るぞ」

「お、シンがわざわざ来るなんてめずら……シュリちゃんはどうしたんだ?」



 仕事が終わり、私は気力やら体力を使い果たして先輩にずるずると引き摺られながら課長の元へと到着した。そんな私を不思議そうに首を傾げて見ている課長の質問に答えなかった先輩は、部屋に入るとそのまま私をぺいっと床へ放る。


 明るい部屋だ。手術台に血がべっとりと付いていることもなく、臓物がはみ出した幽霊が闊歩している訳でもなく、私をどこかへ引きずり込もうとする沢山の子供達もここにはいない。実に平和な課長の部屋である。



「無事に生還した……」

「生きてはいないがな」



 先輩から容赦ない突っ込みが入ったが返答する気力はない。



「まあとにかく給料渡そうか。はい、お前の分」



 課長が先輩に給料の入った封筒を渡すと、無言でそれを受け取った先輩はすぐに踵を返して部屋を出て行こうとする。

 が、その前に課長が先輩を呼び止める方が早かった。



「シン、シュリちゃんがパートナーになってしばらく経ったがどうだ?」

「……」



 課長の問いかけに、先輩は一度私をじろりと鋭い目で見下ろした。何を考えているのか分からないが怖い。



「やかましい。一々騒がしい。一言も二言も余計な言動が多い」

「うぐっ」



 自覚がないとは言わない。さっきも幽霊に遭遇してさんざん騒いだし、思ったことをそのまま口にして反撃を食らうことも多い。

 ……これ別に給料査定に響いたりしないよね? 課長がなんか笑ってるけど。



「ふっ、そうかそうか」

「話がそれだけなら俺は戻る」

「はいはい、お疲れ様」



 ひらひらと手を振る課長を見ることなく先輩は部屋から出て行ってしまった。二人になると、課長はひとまず床に座りっぱなしの私に椅子に座るように促して来る。



「さて、シュリちゃんもお疲れ様。これが君の分の給料だね」

「ありがとうございます……!」

「あいつと一緒に行動するのは骨が折れるだろう。仕事の方はどうだ? 今も何かぐったりしてたけど」

「それが、聞いて下さいよ課長! 先輩ったら酷いんですから!」



 私は思わず目の前の机を叩く。この前も酷かったが今日もかなり酷かった。廃墟になった病院は広いので手分けしてやると言われ、私が怖いと分かっている癖にわざわざいかにもやばそうな霊安室や手術室に一人で置き去りにされたのだ。そして案の定色々と彷徨っていた浮遊霊に悲鳴を上げ続けることとなった。喉が痛い。



「流石にどっかに連れて行かれそうになった時は助けてくれましたけどあのスパルタめ……」

「へえ、シンがそんなことをね」

「しかもあの人滅茶苦茶凶悪に笑うんですよ! 『有意義な仕事だっただろう』って嫌みったらしく」

「はは、それは見たかったなあ」

「笑い事じゃないですって!」

「ごめんごめん、あいつが笑うなんて俺もほぼ見たことないからさ……シンもなんだかんだ君のこと気に入ってるみたいだな」

「あれで気に入られてるんですか!? いびられてしかいませんけど!」

「いや、間違いないって。いつもならパートナー決まっても三日ぐらいで単独行動し始めるから。まあ相手の方が中々持たなかったっていうのもあるけど」

「なんでそんな事故物件私に押しつけたんですか……」

「いやあシュリちゃん結構図太そ……タフに見えたからいけるかなって。実際シンのやつに色々はっきり言えるやつってあんまり居ないし」



 褒められて……いるんだろうか。ちなみにはっきり言っているというか思わず本音が漏れてしまっているだけである。



「それに君も結構あいつの指導に着いていけてるんじゃないか?」

「いけてませんよ! あの人バイクと同じ速度で走るしこっちにもそれを要求して来るんですよ!? あんな人外と同じことするなんて無理です!」

「でもシュリちゃんの魂の回収数は君の同期の中でもダントツだよ。あいつの無茶な教え方も意外と身について来てるんじゃないかな。……ちなみに給料にその辺はちゃんと上乗せしてるから」

「先輩のスパルタが意外な所で生かされてる……」



 そうか、私が回収した魂って他の子よりも多いんだ。ちらりと給料の入った封筒の厚みを確かめてみるが、これが多いのかはよく分からない。そもそも日本円ではないので紙幣の価値も分かっていないのだが。


 

「課長、ちなみに服って一式でどれくらいするんですか?」

「ん? それは色々だけど」

「今着てるこの服と靴……これ、先輩が買ってくれたものなんですけど」

「シンが買った?」

「はい。前のスーツは走りにくいし『そんな服で仕事ができるのか』って言われて」

「ああ……あいつとりあえず足に頼ろうとするというか相手より早く動けばいいと思ってるよな。まあ仕事の成績には表れてるからいいんだけど、意外と脳筋っていうか」

「ものすごく分かります」

「で、その服と靴か。まあ大体シュリちゃんの給料丸々って所じゃないか」

「……はい!?」



 私は思わず自分の着ている服を見下ろした。確かに安っぽいものではないとは思っていたがまさか給料一ヶ月分だとは流石に思いもしなかった。

 先輩はお金を返さなくていいと言っていたが、そんなに高いものを買わせたのなら流石に払った方がいいと思う。

 私がぽつりとそんなことを零すと、課長は「いいよいいよ貰っときなって」と手をひらひらと動かした。



「あいつ給料貰っても殆ど手を付けてないから気にしなくていいよ」

「でも私の給料分って」

「いや、給料渡してる僕がこれを言うのもあれなんだけど、実際死神の給料って少ないんだよ。生きている人間と違って生活費とか必要ないし、はっきり言って無くても活動に支障がないから」

「ああ、確かにそうですよね……」



 服だってそれこそジャージでも着て死んでいたらちょうどいいとばかりにずっとそのままだっただろう。ずっとジャージの死神とか嫌すぎるが。



「だからシュリちゃんも服のことは置いといて頑張った自分へのご褒美でも買うといいよ。これから長い間死神やっていくんだから趣味や楽しみを見つけておくのは大切だからね」

「……はい、そうします」



 僅かに厚みのある封筒を両手で握りしめ、私は課長の言葉に神妙に頷いた。







 □ □ □ □ □







「けど結局、何に使おう……」



 協会本部から外に出た私は、目の前に広がる商店街を前にどうしようかと考え込んでいた。今私の目の前には、給料日だからか多くの死神が行き交い各々楽しそうに買い物をしている。

 別にすぐ無理に使う必要はないのだが、せっかくの初任給なのだから何かしら使ってみたいという欲がある。初任給といえば普通は両親にプレゼントを贈るかもしれないが、言うまでもなく私にはもう不可能だ。……今更どうしようもないことだが、そもそも死ぬとかものすごい親不孝なことしてるな。



「じゃあやっぱり先輩に、かなあ……」



 服の代わりに何かお礼を。うん、それがいいような気がして来た。普段から色々と酷い目に遭わされている気がするが一応いつも助けてくれるし、まあお世話になっているのも確かなのだ。


 ……しかしシン先輩って何が欲しいんだろう。あの人が欲しそうなものがまったく思い当たらない。周りの死神は何を買っているのだろうかとぐるりと視線を巡らせるが、服を見ている人がいれば雑貨に夢中の人もいる。食べ物の良い匂いに釣られて列を作る人も……。

 ……あ、食べ物。



「そうだ、給料が入ったら絶対買うって思ってたんだった!」



 以前目の前で一人食べられた記憶を思い出し、私は色々と並ぶ屋台に目移りしながら食べたいものを探した。







 □ □ □ □ □







「いたいた、先輩!」



 仕事前と同じ、いつもの高台に腰を下ろし黄昏れるように人間界を見下ろしていた先輩を見つけて声を掛ける。あの黒いローブは明るい内ならば遠目からでも見つけやすい。夕暮れの中で一際影を伸ばす背中に近付くと、先輩は僅かに頭を動かしてフードの中から鋭い視線をこちらに向けた。



「何の用――」

「先輩、これ食べませんか?」



 先輩の威圧感に怯む前に、先手必勝とばかりに私は持っていた袋の中から透明な容器を取り出した。



「おにぎりです! やっぱり日本人なんで最初に食べるのはこれがいいなって」



 屋台には沢山の種類の食べ物があったが、最終的に選んだのはおにぎりだった。研修期間と仕事を含めると約四ヶ月ぶりの食事だ、どうしても米が食べたくて仕方がなかった。



「梅干しとおかかと鮭と昆布です。好きなの二つ選んで下さいね」

「……」

「先輩?」

「無駄遣い」

「は?」

「無駄遣いだと言っている。余計なことをする」



 いつものように淡々と冷めた口調。無駄遣いって、せっかく先輩の分まで買ってきたのに何なんだその言い方!

 いらっとして思わずフードに隠された顔を睨み付ける。が、そうしてフードの奥を覗き込んだ途端、私は一瞬にして怒りそうになった口を止めてしまった。

 先ほどよりもよく見えるその表情は酷く呆れたもので――ほんの少しだけ、笑っていた。それは私をいびる時のような意地悪な笑いではなく、どこか仕方ないな、とでも言いたげなもので。


 その表情にちょっと……ホントに少しだけ、存在しないはずの心臓が跳ねたような気がした。



「新人のただでさえ少ない給料をわざわざ俺に使う必要などない。そのくらいの金は持っている」

「それは知ってますけど……でも私も、他の同期の子よりは多いんですから!」

「どうせ誤差の範囲だ、大した金額の差じゃない。だからこそ好きに使えばいいものを」

「好きに使ってますが?」

「……はあ」



 それ以上の問答が面倒になったのか、先輩はため息ひとつ零すと「物好きな」とぽつりと呟いて私の差し出す梅おにぎりを手に取った。

 そのまま無言で食べ始めた先輩の隣に座って私もひとつ食べ始める。久しぶりに食べる鮭おにぎりを頬張ると思わず表情が崩れるほど感動してしまった。ごく普通の、それこそ生前なら何の意識もせずに食べていたそれが今は滅茶苦茶美味しく感じる。



「おいしい……」

「ああ」



 独り言に相槌を返されるがそれすらも嬉しい。やっぱり無駄だとかなんだかんだ言って先輩もおにぎり好きなんですね。人外の疑いあるけど日本人だからね。何だかそれだけで異様に親近感を覚えてしまった。



「先輩って何のおにぎりが好きですか」

「塩」

「塩おにぎりもシンプルで美味しいですよね」

「生前は具が入ったものなんてあまり食べなかったからな」

「ああ、そういえば100歳越えのおじいちゃ、あたっ!」

「……だから一言多いと言っているんだお前は」



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